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[ルポ]「私たちはアメリカの奴隷ではない」 沖縄に響いた叫び

ハンギョレ新聞 6月20日(月)6時56分配信

4月、米海兵隊出身の軍務員 沖縄女性に性的暴行し殺害 「軍隊が命を奪う社会にしたのは誰だ」 米海兵隊撤収、SOFA改正を要求

 「バラク・オバマさん、私たちは奴隷ではありません。アメリカ市民と同じ人間です」
 「ウチナンチュ(沖縄語で沖縄人という意味)と真剣に向き合い謝ってください」

 はっきりした声で演説を続けた学生代表の玉城愛さん(21)は、ついに泣いてしまった。集会に駆け付けた6万5000人余りの沖縄の人が、彼女に向けて暖かい拍手を送った。
 「泣くな!」「大丈夫だ!」

 慰労の叫びに励まされ、玉城愛さんは発言を続けた。「同世代の女性がまた殺されました。被害者は私になったかもしれません、私の友達だったかもしれません。生きることの尊厳が軍隊によって否定され、命を奪うことが正当化される社会にいったい誰がしたのですか?」

 19日午後2時、殺人的な炎天にもかかわらず数万人の沖縄の人が米海兵隊出身の軍務員シンザト・フランクリン(32)に殺害された島袋里奈さん(20)を追慕するため、那覇市中心部の奥武山公園に集まった。地元紙の琉球新報と沖縄タイムズは号外を出し市民に配布し、今回の県民大会を準備した「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」は「米海兵隊は撤退を」と書かれたプラカードを配った。

 島袋さんは4月28日午後8時頃、一緒に暮らすボーイフレンドに「散歩に行ってくる」というメッセージを残した後に連絡が途絶えた。沖縄県警はその後、携帯電話の位置情報が最後に確認された地域を特定し、そこを行き来した300台余りの車を1台ずつ聞き込みを通じて捜す粘り強い捜査で、シンザト容疑者を特定して逮捕した。

 韓国で米軍犯罪が大きな社会問題に浮上した契機が1992年のユン・クミさん殺害事件だとすれば、沖縄では1995年9月に発生した米軍兵士3人が少女に性的暴行をした事件が導火線になった。この事件から1カ月後、沖縄では8万5000人が参加する県民大会が開かれ、米国に抗議した。その後、沖縄では、沖縄戦の最大の悲劇の「集団自決」事件を否定した教科書検定(2007年)▽普天間基地の県外移転(2010年)▽オスプレイ配備反対(2012年)など重要な事件が起きるたびに県民大会が開かれ、沖縄人の尊厳を確認してきた。

 この日の県民大会の要求事項は、遺族に対する米国政府の謝罪と完全な補償▽沖縄米海兵隊の撤収と米軍基地の大幅整理と縮小▽日米駐屯軍地位協定(SOFA)の根本的な改正だった。

 沖縄は2000年代中盤に始まったアジア太平洋地域の米軍再編計画の核心輪役割を果たしている。アフガニスタン(2001年)、イラク(2003年)戦争などで財政難に直面したジョージ・ブッシュ政権が、海外に散在する米軍部隊を効率化する作業を始めた。米国は韓国では漢江(ハンガン)北側の米第2師団などを平沢(ピョンテク)に集中させる連合土地管理計画(LPP)と、龍山(ヨンサン)基地の移転を進め、沖縄では2006年5月「再編実施のための米日ロードマップ」を通じて沖縄の海兵隊兵力を大幅にグアムに移転し、普天間基地などをなくす代わりに島の北東部の辺野古海岸に新基地を作るという計画を出す。韓国は米軍基地の拡張に反対する平沢の農民に対して軍隊まで動員する暴力的なやり方で韓米合意内容を履行したが、日本は沖縄での反対に直面し10年以上にわたり辺野古移転計画を推進できずにいる。

 沖縄人は、米軍が中国と北朝鮮の挑発を抑制する「抑止力」になるという主張に正面から反論している。実際、米日政府は2012年4月の安保協力委員会(2+2会議)で沖縄に駐留する海兵隊1万8000人のうち9000人をグアム、オーストラリア、フィリピン、ハワイに循環配置するという計画を出す。このように再編されれば、沖縄には今後2000人規模の第31海兵遠征隊(MEU)だけが残ることになる。

 沖縄タイムズの論説委員を務めたフリージャーナリストの屋良朝博氏は17日、ハンギョレとのインタビューに応じ、「現在、米海兵隊を乗せる強襲揚陸艦は長崎県の佐世保に、実戦部隊は沖縄にそれぞれ分かれている。佐世保という始発駅から出発し、沖縄で兵士と装備をのせて、アジア・太平洋地域に投入される状況なので、必ずしも沖縄に海兵隊を置かなければならない軍事的な理由はない」と話した。米ハーバード大のジョセフ・ナイ教授らも、中国の弾道ミサイル能力が強化された状況で、沖縄に兵力が集中していれば米軍の脆弱性が高まるという見解を出している。このような状況でも、沖縄に新基地を作らなければならないのかというのが沖縄の人たちの主張だ。

 県民大会が開かれる2日前の17日午後、名護市の屋内運動場では沖縄女性の死を追悼する市民集会が開かれた。この席で犠牲者の両親は「いつ癒えるか分からない悲しみと、どうしようもない怒りで心がさけてしまいそうです。娘が最後の犠牲者になり、子供を失い悲しむ両親も私たちが最後になることを願います」というメッセージを残した。

 「私たちは奴隷ではない」という沖縄の人の叫びは、米日両国政府の鼓膜に届くだろうか。

名護・恩納村・那覇/キル・ユンヒョン特派員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:6月20日(月)7時2分

ハンギョレ新聞