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橋本マナミ、“愛人キャラ”への葛藤も今では「私のホーム」と生涯愛人宣言

dmenu映画 6月23日(木)20時0分配信

“愛人にしたい女性No.1”。実に背徳的なキャッチフレーズをまとってブレイクしたのが、タレントの橋本マナミ。橋本のイロモノぶりはバラエティ番組やイベントなどで大いにウケたが、今では朝ドラ出演やW主演映画が控えるなど女優としても活躍中だ。だが“愛人キャラ”イメージはあまりにも強烈で、それが足かせになる事もある。しかし橋本は「愛人は私のホーム。やめません」と高らかに生涯愛人宣言する。そのココロは?

13歳の時に、オーディションをきっかけに芸能界入り。松雪泰子に憧れ、女優を夢見たが現実は甘くはなかった。「芝居も出来ないし、歌も歌えない、人とも喋れない。でも胸だけはあったので、16歳の時にグラビアにさせようという事になった。当時は優香さんなどの明るい女の子のグラビアがブーム。それに便乗してみたものの、おばさん感が凄すぎて、違和感ばかりでした。そこから仕事は減る一方。同い年の子たちが売れていく姿を見るのは悔しかった」と苦節時代を振り返る。

忘れられないのは、帰省した際に交わした会話。「田舎に帰って“仕事は何をやっているの?”と周りから聞かれるのが一番きつかった。“東京で女優として、舞台や2時間ドラマに出演している”と答えるものの、さすがに“2時間ドラマで死体役”とは言えませんでした」と苦笑い。

年齢に反して大人びた外見が凶と出た。高校生の段階で、制服を着れば“おばさんのコスプレ”、20代に突入すると“誰の愛人なの?”。無意識に醸し出される愛人オーラは、若き日の橋本を苦しめる。「当時はその愛人イメージがコンプレックスで、無理にキャピキャピしたり、変に若作りをしたり。大人びた外見に内面がついて行かず、葛藤がありました」と打ち明ける。

芸能界の仕事を辞めようと思った事は何度もあるが、それを引き留めたのは19歳の時のNHK大河ドラマ「武蔵 MUSASHI」への出演。「その衝撃と経験が忘れられず、またここに戻るんだ!という気持ち一つで、仕事のない暇な時は日舞を習ったり、着付けを覚えたり、根拠のない自信だけを頼りにやっていた気がする」とオーラは愛人だが気持ちは一途だった。

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最終更新:6月23日(木)20時0分

dmenu映画

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。