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「天井から1か月つるされた」、難民キャンプにISからの逃亡者が殺到 イラク

The Telegraph 6/24(金) 11:00配信

【記者:Josie Ensor】

 イラク北部の村、ナスル(Nasr)に住んでいたアミラ・マルワン(Amira Marwan)さん(34、仮名)一家は、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」の構成員らが金曜日の礼拝に出かけるのを待って、村を逃げ出した。

 イスラム教の断食月「ラマダン(Ramadan)」前夜、構成員らが初めて全員で礼拝に参加した。マルワンさん家族は、逃亡の機会は当面、ここしかないと踏んでいた。

 マルワンさんは子どもたちを連れ、ISが地雷をしかけた不毛の砂漠を12マイル(約19キロ)にわたって逃げた。

 マルワンさんはテレグラフ(Telegraph)に対し「ここでゆっくりと死に向かうか、少なくとも生きようと努力するかだ、と考えた」と話した。

 未亡人のマルワンさんは、息子1人、娘2人と共に、ナスルでIS支配の下、2年近く暮らしてきた。ISは彼女に、逃亡を試みれば、構成員の一人と結婚させると言っていたという。

 マルワンさんは、これが単なる脅しでないことは分かっていた。周囲には実際にそういう目に遭った友人がおり、もっとひどい事態になった人々もいた。

 一家は11日に、マフムール(Makhmour)のデバガ(Debaga)難民キャンプから来たボランティアに救助された。ボランティアのメンバーによると、クルド人治安部隊ペシュメルガ(Peshmerga)がISをモスル(Mosul)にある支配地域の中心まで後退させるための作戦を開始する中で、数百人の避難民を目撃したという。

 マルワンさんによると、ISは村の住民にイスラム暦を強制し、携帯電話やインターネットの使用を禁じた。

 最初の1年もひどいものだったが、2年目はさらに悲惨だったという。

 マルワンさんは「住民の反乱を恐れて、ダーイシュ(Daesh、ISのアラビア語名の略称)は厳しくなる一方だった。広場で人に生きたまま火をつけたり、逃亡を試みた人の喉を切り裂いたりしていた」と振り返った。「最後には、食べ物は落ち葉で焼いた豆だけになった」という。

 アフメッド・イブラヒム(Ahmed Ibrahim)さんは、紫に染まり、ひどいあざの残った手首を見せてくれた。ISに監禁され、1か月にわたり天井から手錠でつるされていたという。

 監禁時は目隠しをされ、何度も模擬処刑が行われた。ISの構成員らは、弾を込めていない銃をイブラヒムさんの頭にあて、引き金を引いた。

 イブラヒムさんは「彼らはわれわれから全てを奪い、屈服させることで構成員にさせようとしていた」と話す。「われわれに対してこの試みは成功しなかったが、服従してしまう人もいた」という。
 
 ISはイラク第2の都市モスルで、イブラヒムさんを含む多数派のスンニ派アラブ人の間でくすぶる反政府感情を利用してきた。

 シーア派が主導するイラク政府に対し、スンニ派の多くは利益を得られていないと感じていた。

 ヌーリ・カメル・マリキ(Nouri Kamel al-Maliki)前首相の在任時には多くの抗議運動が発生。マリキ政権はこうした運動を暴力的に弾圧したため、2014年夏にISがモスルに侵攻してきた際、スンニ派住民の多くがISに加わった。

 週末にデバガ難民キャンプに到着した800人は、尋問を受けてISと無関係だと確認されるまで、他の難民からは隔離される。ISに共感しているとみなされた場合は、連れ出され、拘束される。

 ある18歳の少年はテレグラフに対し、短期間だけISの下で働いていたことを認めた。孤児で、他に行き場がなかったという。「ロケット弾や、弾薬の運び役をさせられた」という少年は、「何も与えられず、ただこき使われるだけだった」と話す。ISは少年に軍事訓練を施そうとしたが、逃亡してきたという。

 2日前にナスルから逃げてきたムハンマド・ファティ(Mohammed Fathi)君(13)は、ボウル一杯のコメとトマト・ソースという数か月ぶりのまともな食事を取りながら「逃げてきた時は、7歳の子どもに戻ったみたいだった」と語った。ムハンマド君は今、ナスルに取り残された500人の住民の安否を気に掛けている。その中には、恐怖のあまり逃げ出せない、彼の姉も含まれている。

 ムハンマド君は「ISは、逃げた人の親族を殺している。姉にこれから起こることが心配だ」と顔を曇らせた。【翻訳編集】AFPBB News

最終更新:6/24(金) 11:00

The Telegraph

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