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新宿区おとめ山公園は、江戸時代きっての「ホタルの名所」

SUUMOジャーナル 6月24日(金)7時30分配信

例年、新宿区下落合のおとめ山公園で「ホタル観賞会の夕べ」が開催される。このあたりの蛍は、江戸時代には「落合蛍」として知られ、江戸時代から蛍の名所だった。自然が豊かだったからだが、その理由は「おとめ山」の地名にも表れている。それは……

連載【江戸の知恵に学ぶ街と暮らし】
落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。

■今の新宿区「おとめ山公園」周辺は、江戸時代きっての蛍の名所

四季の移ろいを大切にした江戸っ子たちは、初夏には蛍狩りを楽しんだ。平安時代から蛍狩りを楽しむ風習があったが、上流社会に限らず庶民の間にも広まったのは江戸時代からだ。

江戸時代の蛍狩りの名所としては、谷中の蛍沢や王子の音無川などが知られていたが、特に、神田上水と妙正寺川の清流が落ち合うことが名の由来といわれている「落合」の蛍は、大きくてひときわ明るかったようだ。

【画像1】新宿区下落合の「おとめ山公園」(写真/PIXTA)

「江戸名所図会」の「落合蛍」の絵(画像2、今の新宿区高田馬場3丁目から下落合のあたりか?)を見ると、江戸時代は川が流れ自然豊かな場所だったことが分かる。絵には、田んぼの畦(あぜ)や小川の岸辺で蛍を追う、町人と思われる姿がたくさん描かれている。草葉にとまる蛍はこぼれる露のようであり、飛ぶ蛍の姿は夜空の星のようで、日が暮れると夕涼みをかねて人が集まり、時間を忘れて楽しんだといった説明も書かれている。

江戸時代の蛍狩りのやり方は、団扇(うちわ)に長い柄を取りつけたり、笹竹を持ったり、たまに網を使って蛍を捕まえ、蚊帳(かや)などの端切れや竹細工の虫かごに入れて楽しんだという。

今も蛍狩りが楽しめる「おとめ山公園」は、落合崖線(がいせん)に残された斜面緑地にあるが、江戸時代にはこの周辺一帯が、将軍家の鷹狩りや猪狩りなどの狩猟場だった。つまり狩猟場となるほど自然が豊かだったということだが、庶民は立入禁止とされていた。そのため「おとめ山(御留山、御禁止山)」と呼ばれたことが、今の公園の名前に残っている。

【画像2】「江戸名所図会」落合蛍(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)

■落合の蛍狩りが鍵を握る、「怪談 乳房榎(ちぶさのえのき)」

「江戸名所図会」の中央奥に見えるのが「田嶋橋」だ。このあたりに蛍狩りに来て、殺されたことに起因する怪談がある。落語家の三遊亭圓朝が創作した「怪談 乳房榎(ちぶさのえのき)」だ。歌舞伎にもなり、最近でも何度も興行されている。

長い話ではあるが、簡単にあらすじを紹介しよう。
絵師の菱川重信(ひしかわしげのぶ)には、若く美しい妻がいて、夫妻の間には真与太郎(まよたろう)という赤ん坊もいる。一方、以前から重信の妻に横恋慕していた浪人の磯貝浪江(いそがいなみえ)は、重信の弟子となる。

折しも、高田にある南蔵院(なんぞういん)が重信に天井絵を依頼する。正直者の下男の正介(しょうすけ)を伴って、重信が泊まり込みで絵を描くことになるが、その隙に一計を案じた浪江が妻をものにしてしまう。重信を邪魔に思う浪江は、さらに一計を案じて下男の正介に殺人の手伝いをさせることにする。

息抜きに蛍狩りでもと、正介が重信を落合村の田嶋橋まで連れ出すと、そこで浪江が重信を殺してしまう。実は、天井絵はあと少しで完成する段階だったが、正介が寺に着くと蛍狩りから戻った重信が絵を描き上げたという。つまり、絵に心が残る重信が幽霊になって、天井絵を完成させたのだ。

重信を殺して邪魔者がいなくなったが、気になるのは子どもの真与太郎と、浪江は正介に子どもを滝に捨てて殺させようとする。しかし、幽霊として現れた重信に諭されて改心した正介が、こっそり真与太郎を育てることになる。困ったのは母乳だが、乳房の形をしたコブのある大木の榎からしたたる雫を乳代わりにして、真与太郎を育てることができた。

後に真与太郎は、父の敵の浪江を見事に討ち果たし、めでたしめでたしとなる。

【画像3】画像2の中央奥に描かれているのが「田嶋橋」。「江戸名所図会」落合蛍から一部抜粋(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)

【画像4】「江戸自慢三十六興 落合ほたる」広重、豊国(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)

今もJR高田馬場駅からほど近い場所に、神田川にかかる「田島橋」はある。ただし、橋はコンクリート造りとなり、近くに大学もできて大勢の若者が行き交う場所となっている。こうした今の街並みからは想像できないが、江戸の落合は、月明かりや足元を照らす提灯だけが頼りで今よりずっと暗いはずだから、大量の蛍が飛び回って光る姿は、本当に美しかっただろう。

おとめ山公園の「ホタル鑑賞会」は、今年は7月16日(土)、7月17日(日)午後7時~午後9時で開催される(17日は午後8時30分まで)。詳しくはサイトを見てほしい。

●参考
・ホタル鑑賞会の夕べと夜のおとめ山公園

●参考資料
・「江戸の暮らしの春夏秋冬」歴史の謎を探る会編/河出書房新社
・「ヴィジュアル百科 江戸事情 第一巻生活編」NHKデータ情報部編/雄山閣出版
・「歌舞伎ハンドブック改訂版」藤田洋編/三省堂
・「落語ハンドブック改訂版」山本進編/三省堂
・新宿区のホームページ「おとめ山公園」
・板橋区のホームページ「怪談 乳房榎」

山本久美子

最終更新:6月24日(金)7時30分

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