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『スーパーロボット大戦』シリーズを支え続けたスタッフたちが、制作の裏側を語るインタビュー【完全版】

ファミ通.com 6月25日(土)12時1分配信

●スタッフ陣が語る『スパロボ』25周年
 週刊ファミ通2016年6月23日号(2016年6月9日発売)にて25ページにわたって掲載された『スーパーロボット大戦』(以下、『スパロボ』)シリーズ25周年記念特集。同特集では、25周年を迎えた『スパロボ』の歴史を振り返りつつ、シリーズの最新作の情報を紹介した。それら特集内容の中でも異彩を放ったのが、『スパロボ』を支えてきたスタッフ陣へのインタビューだ。誌面では、おなじみのプロデューサー・寺田貴信氏を始め、近年の携帯ゲーム機の『スパロボ』でプロデューサーを務める宇田歩氏、そして『スパロボ』を宣伝の面から支え続けた広報W氏へインタビューを敢行。その内容を誌面に載せきれなかった部分も含め、全文掲載する。歴史ある作品の制作の裏側を、ぜひ目撃してほしい。

■B.B.スタジオ プロデューサー
寺田貴信氏(文中は、寺田/写真右)
ファンに愛され続けている『スパロボ』シリーズプロデューサー。初期の作品から担当している。

■B.B.スタジオ プロデューサー
宇田 歩氏(文中は、宇田/写真左)
おもに携帯ゲーム機の『スパロボ』シリーズを担当。ロボアニメ以外では特撮も守備範囲。

■バンダイナムコエンターテインメント 宣伝担当
広報W氏(文中は、広報W/写真中央)
おもに『スパロボ』シリーズのプロモーションを担当してきた、古参スタッフのひとり。


■ひとりの『スパロボ』ファンが優秀なプロデューサーに!
――寺田さんの初期のお話は、いろいろな場で何度も聞かれていると思いますので(笑)、まずは宇田さんと広報Wさんが『スパロボ』に関わるようになった時期を教えてください。

宇田 スタッフとして関わり出したのは『OG2』や『第3次α』あたりからになりますね。その前にも、スタッフクレジットには出ていませんが、開発終盤の『MX』のテストプレイなどといったこともやっていました。

広報W 僕は『コンプリートボックス』からになります。入社したのは1999年で、1年目は営業に配属されていました。2年目から宣伝担当としてプロモーション活動をしています。ブログも、寺田さんが多忙でなかなか書けないタイミングなどには、私が広報Wとして書いています。

――広報Wさんは、これまでも顔出しをされていませんが、何か理由があるのですか?

広報W 昔は『スパロボ』関連で露出をするのは寺田さんだけにしようという方針がありまして。その名残のままずっと来ていますので、今回も顔出しはなしの方向でいこうかと(笑)。

――なるほど(笑)。宇田さんはまだお若いので、『スパロボ』をプレイヤーとして遊ばれていた世代だと思うのですが?

宇田 そうなんです。初期の作品のころはまだ小学生でした。今年で33歳になります。

寺田 最初に遊んだ『スパロボ』は?

宇田 第1作から遊んでいます。ハードがゲームボーイだったので、価格が安いということもあって、親に買ってもらいやすかったんですよ。その後は少しあいだが空いて『EX』をプレイしたりしていましたね。

――そのころから、ゲーム会社に入ろうと思っていたのでしょうか?

宇田 あくまで夢のひとつ、といった漠然としたものでした。当時はよく小学生が作るようなボードゲーム的なものを自作して遊んでいたくらいで満足していましたし。ただ、何かしらクリエイティブな仕事をしたいとは思っていましたね。現実的に考え始めたのは、中学3年のころぐらいからだと思います。

寺田 『スパロボ』を作りたくて入社してプロデューサーになった、初めての人ですね。当時は『スパロボ』に詳しい人は採用しない、みたいな風潮があったはずです…… って、これ言っていいのかな?(笑)

宇田 確かに面接時は『スパロボ』ではなく別タイトルの話から切り込んだ覚えがあります。

広報W 僕も就職活動のときは、『スパロボ』の話題には触れていなかった気がしますね。当時『スパロボ』に関しては、定期的に出る人気シリーズだなというくらいの認識で、入社後に『スパロボF』を「勉強のためにやっておけ」と渡されてプレイしたのが初めてだったくらいです。それでいざ遊んでみたら、すごくおもしろくて熱中しましたが(笑)。

――ある意味、正解ルートだったと(笑)。宇田さんは『スパロボ』をプレイしながら、「こうだったらいいのに」など、自分なりのアイデアなどを持たれてはいましたか?

宇田 もちろんないわけはないですよね。ただ、開発側になって初めて、やりたくてもできないことがあるんだなと気づきました(笑)。プレイするのと作るのとでは、やはりぜんぜん違うな、と痛感しましたね。

――寺田さんにとって、宇田さんとはどんな印象の人物なんでしょう?

寺田 人間データベース的な感じでしょうか(笑)。何かあるたびに、とても細かい資料を用意してくれるんですよ。しかも、資料の中に「余計だと思いますが」と前置きしつつ、何かしらのトリビアが用意されているんです。読んでみると、確かに余計なんだけどおもしろい情報で(笑)。おそらくウチのプロデューサー陣で『スパロボ』にいちばん詳しいのは宇田です。わからないことは調べる前に彼に聞く、みたいなことが多いですね。あと、僕がすでに業界にいるころのゲームについて、当時まだユーザーだった宇田の、“ユーザー視点の話”を聞けるというのは、大きいですね。

――ユーザー側の視点を持ちつつ、開発もしている貴重なプロデューサーなんですね。

寺田 そうですね。100の仕事をしろというと120の仕事をしてくれる人物です。いろいろと助けられています。

――かなり高評価の宇田さんですが、実際に『スパロボ』を作ってみてどうですか?

宇田 やはり25年も続いている作品ですので、たくさんのプレイヤーがいらっしゃって、それぞれに思い描く『スパロボ』が違うと思うんです。そんなプレイヤーの皆さんの要望や、こだわりのポイントをどれだけ自分が押さえられているか、つねにプレッシャーとして感じながら、鋭意開発していますね。

――ユーザーからは、けっこうきびしい意見も来るのではないですか?

宇田 そうですね。「やはりそこは気になるよな」という指摘もあれば、自分が意識していないところを指摘されることもありますね。そういったものに関しては、自分にはなかった視点として、以降意識するようにしています。

――寺田さんには、宇田さんのユーザー視点的な指摘から得た発見はありますか?

寺田 ええ。『OG』にファイター・ロアを出したのは、『ザ・グレイトバトル』を子どものころに遊んでいた彼がプッシュしてくれたからでもあります。10歳以上の年齢差があるので、世代的な考えかたの違いも参考になりますね。

■まさかの実写CMはどのようにして作られたのか!?
―― 宣伝的にチャレンジしたことや、おもしろかったことなどはありますか?

広報W 私の出番ですね!(笑)。毎回、新しいお客さんにも遊んでほしいという考えはありました。いままで『スパロボ』を知らなかった人に興味を持ってもらうためのチャレンジとして、実写CMなどを作ったりもしましたね。もちろん基本的なゲーム画面で作る王道なCMも作ってはいますが。実写CMではタレントさんに出てもらったりもしたので、非常に印象深いです。ほかにも、全国各地の街頭ビジョンで同時にPVを公開するという試みも行いましたね。同じ時間を共有するという体験を皆さんと分かち合えたのは、いい経験でした。それと自分自身、『スパロボ』を知らないところから入り、遊んでみたらおもしろかったという新しい発見がありましたので、そのときの楽しい気持ちをプロモーションに活かせたらいいなと思っています。実際ロボットアニメなどにも詳しくなかった自分でも『スパロボ』は楽しめたんですよね。その「遊んでみたら楽しい!」という感覚を、少しでも多くのユーザーさんに味わっていただきたいと考えながらプロモーションをしています。

――寺田さんは、宣伝サイドからの企画で思い出深いものはありますか?

寺田 プレイステーション2の『OG』が出たときに、早朝の秋葉原を走るというCMを撮影したのは印象深いです。その後も企画がいくつか上がっては消滅したのですが、僕がスカイダイビングをするというCM案もありましたね。僕、高所恐怖症なんですけど……(笑)。「秋葉原を走る以上のインパクトを!」みたいなノリで出てきた案だったのですが、会社からNGが出まして(笑)。

広報W 「万が一、何かあったらどうするんだ!」と怒られて、泣く泣く中止に(笑)。

寺田 あとは、チェーンソーで彫った、木彫りのサイバスターを展示する企画も覚えています。昔はまだネットで動画をアップするような時代ではなかったので、テレビCMに重きを置いていましたし、つねにどんなネタを仕込むか、という話をしていましたね。そんな中で生まれたのが『MX』の実写CMなのですが、あんなことをやったのは、後にも先にも、あのCMだけだと思います(笑)。

――架空の体操選手のヤツですね!

広報W スヴァロボ・ドヴァイスキーですね。

――そうでした(笑)。懐かしいです。実況者が「MX!」と連呼する変わったCMでしたね。

広報W 異色ではありましたが、CMとしてはタイトルを連呼する王道の手法なんですよ(笑)。

寺田 あのCM、僕が解説していますからね。編集当日にそれを聞かされ、いきなりやらされましたけど(笑)。

広報W 『MX』のCMはほかにも印象的なことが多くて、当時「体育館を借りてCM撮影をするので、よろしければ朝に集まってください」といった告知を行ったら、平日にも関わらずファンの皆さんがいっぱい集まってくれたのは本当にうれしかったです。おかげさまでいいCMができました。

――なぜ、あそこまで振り切ったCMができあがったんでしょう?

寺田 CMのディレクターさんのやり口で、いつも本命となる案と、その場を和ますためのネタ的な案を用意されるんです。でも、そのときは、なぜかネタ的なほうが「これ意外とおもしろいんじゃないの!?」と盛り上がってしまって。みんな疲れていたんですかね(笑)。

一同 (笑)。

寺田 ただ、みんな自制心がどこかにあって。一応、会社の上層部に判断を仰ごうと。僕たちもさすがに、上が許してはくれないだろうと思っていたのですが、通ってしまって。

――(笑)。予想外の出来事が重なって、あのCMが完成したということですね。ほかにも『スパロボ』といえば、『第4次』の歌が流れるCMが記憶に残っている人も多いと思います。

寺田 「この星の明日のためのスクランブルだ」という歌ですね。あれもいまだに人気があって。当時は『スパロボ』のプロデューサーがふたりしかおらず、宣伝チームもなかったので、自分たちの権限で好きにCMを作っていましたね。その代わり、誰も助けてくれないのでたいへんでしたけど(笑)。

――逆に、寺田さんからスタッフに無茶ぶりをしたことはあるんですか?

宇田 ちょっとゲームからは離れた話になってしまうのですが、、『サンライズラヂオ』(1996年10月~2016年4月まで放送されていたラジオ番組。寺田氏も出演していた)のイベントでいきなり「売り子をやれ」と言われたことならありましたね。

寺田 ラジオの公開録音で北海道に行ったときのことですね。宇田が北海道の出身なので連れていったんです。そこでCDを売ることになったのですが、人手が足りなかったため、急遽売り子をやってもらって。そのときの写真はいまだに持っています(笑)。

宇田 北海道出身とひと言で言っても、僕の出身は函館で、そのときに連れていかれたのは札幌でしたからね。札幌と函館だとすごく遠いので、案内しようにも地元ではないので詳しくなくて、何もできなかったことを覚えています(笑)。

■変わりゆく環境の中で感じる想いとは
――20周年からあっという間に5年が経ちました。この5年間を振り返ってみて、どのような感想をお持ちですか?

寺田 この5年で市場を始め、いろいろ変わりましたね。『スパロボ』もいまの系統のままいくのか、それともジャンルを変えていくべきか思案したりもしました。とはいえ、長く続いてきたタイトルなので、まったく別物にしてしまうのもどうかなと。家庭用ゲーム機の『スパロボ』がどういう展開になっていくかは、いまのところ未知数ですね。『スパロボOG ムーン・デュエラーズ』(以下、『OGMD』)と『スパロボV』(以下、『V』)から海外、とくに東南アジア方面にも展開するようになりましたし、いままでのように国内だけではなく、国外でのリリースも考えていきたいです。

宇田 ゲームユーザーの皆さんがゲームを遊ぶ時間単位が、スマホの普及などもあり、細かく区切られるようになった5年間だと思います。ふと生まれた短い時間で遊びを楽しもうというスタンスの方が増えたというか。それに合わせて、好まれるジャンルも変化が現れていると思います。

寺田 『スパロボ』は、プレイに時間のかかるゲームなので、昨今のユーザーさんのスタイルに合わせて抜本的に変えていきたい部分もあります。ただ、25年もシリーズを続けていると、ユーザーさんの世代も分裂しているため、それをひとつにまとめるのはなかなか難しいんです。「『スパロボ』の核になる要素とは?」と考えたときに、ひとつじゃないうえに、その核になる要素が人によって違ったりもしますので。個人的には、世代ごとに、もっと気軽に遊べる『スパロボ』をやりたいとも思っています。将来的にそれがいまの形式のシミュレーションRPGで続いているのか、アクションゲームやほかのジャンルなのかはまだわかりません。ただ、いわゆる『スパロボ』の魅力は、“いろいろなロボットが力を合わせて戦う”という部分なので、仮にジャンルが変われど、そこは残したいですが。この5年は目まぐるしく環境が変わり、我々も大きな変化を迫られている時代だと感じています。

――宣伝的な5年間はどうでしたか?

広報W 売るのがたいへんな時代だというのを痛感しています。制作の段階から、売ることもしっかり考えて、どうやって魅力を伝えるかを開発側とも綿密に相談しながら、スピード感を持って宣伝していかないといけないな、と改めて思いました。

――つぎの節目の30周年に向かって進んでいきたい思いは?

寺田 まず、『スーパーロボット大戦X-Ω』のさらなる展開と、『V』の完成が当面の目標ですね。その後についてはいろいろと考えている最中ですが、『スパロボ』の遊びかたやプレイ時間を見直していかなければならないと思っています。あとは、ロボットアニメというコンテンツを、ゲームというジャンルから盛り上げていきたいですね。

――最後に、今後の『スパロボ』の注目してもらいたい部分や意気込みをお聞かせください。

広報W 関わっている時間が長く、楽しい面や苦労した面も含め、愛着があるシリーズです。今後もいろいろなプロモーションを行っていきます。ゲームの発売を楽しみにしてもらいつつ、プロモーション展開も楽しんでもらえるような仕掛けをしたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。

宇田 入社する前のいちユーザー時代から、いろいろなゲームをプレイしてきましたが、『スパロボ』がいちばん楽しくて肌に合うなと感じていました。そうした初心というか、ユーザー視点を忘れないように心掛けていきたいです。プレイヤーの皆さんが、ときに気楽に、ときにじっくり楽しんでもらえるゲーム作りを目指しつつ、『スパロボ』シリーズが皆さんから愛されるよう、がんばります。

寺田 まもなく発売となる『OGMD』、そして新たに発表された『V』をよろしくお願いします。『V』では新しい試みをしていますが、基本的にはこれまでの『スパロボ』のDNAを継承した最新作になっていますので、ぜひたくさんのゲームユーザーさんにプレイしてほしいですね。激動するゲーム市場の中で『スパロボ』も生き残るためにがんばっていかなければならないと思っています。その結果、30周年が迎えられるならうれしいですね。

最終更新:6月25日(土)12時1分

ファミ通.com

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。