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赤穂浪士 堀部安兵衛の印籠見つかる 新発田・清水園で展示へ

北陸新幹線で行こう! 北陸・信越観光ナビ 6月25日(土)11時34分配信

 新発田出身の赤穂浪士、堀部安兵衛が所持していたとされる印籠が見つかり、29日から新発田市の清水園で一般公開される。数々の文献に登場しながら、長く所在が確認できなかった。清水園は「実際に見て、安兵衛に思いをはせてほしい」としている。

 印籠は木製で、縦8センチ、横7センチ。4段に分割して薬を入れる造りになっている。帯から下げる留め具として、木で作ったほら貝の飾りが付いている。

 新発田藩で酒造業を営んでいた相馬家12代目の子孫、東京都練馬区の故相馬格(いたる)さんの自宅に、木箱に入った状態であった。妻が5月半ば、遺品などを整理していて見つけた。

 安兵衛から相馬家に、印籠が渡った経緯は不明だ。しかし、安兵衛が剣豪の名をはせた「高田馬場の決闘」のあらましなどを記した明治時代の書籍「敵討高田馬場」には、「新発田の酒造家・相馬善右衛門が、安兵衛所持の印籠を持っており、その木箱の材料には長徳寺の安兵衛『手植えの松』が使われている」という内容の記述が見られる。

 安兵衛の顕彰団体「武庸会」の記録にも、印籠は登場する。1913(大正2)年2月に開かれた発会式で「元禄時代の珍品遺物を陳列せり」とあり、その一つに「武庸所持の印籠(相馬氏)」を記載。27(昭和2)年に武庸会が制作した絵はがきには、浅野家の陣がさやほら貝とともに写真が載っている。

 今回出てきた印籠は、絵はがきの印籠に酷似している。清水園を管理する北方文化博物館(新潟市江南区)の学芸員(65)は「念願の発見。質が高い漆塗りが施され、古さを感じさせない。安兵衛の家柄の良さが分かる一品だと思う」と話す。

 相馬家はほかに、新発田藩主の溝口家から拝受したされる江戸時代の絵師狩野探幽の掛け軸など、約100点の管理を清水園に委託。一部は印籠と同事に展示される予定だ。

最終更新:6月25日(土)11時34分

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