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「再雇用の賃下げ違法」判決 「若い世代の負担増につながる」倉重弁護士が懸念

弁護士ドットコム 6月25日(土)10時43分配信

業務の内容や責任が同じなのに賃金を下げることは労働契約法に反するーー。定年後に嘱託社員として再雇用されたトラック運転手の男性3人が、定年前と同じ業務なのに賃金を下げられたのは不当だとして会社を訴えていた裁判で、東京地裁は5月中旬は男性3人の主張を認める判決を言い渡した。

判決文などによると、男性3人は横浜市の運送会社で正社員として勤務していた。2014年に60歳の定年を迎えた後、1年契約の嘱託社員として再雇用された。業務内容は定年前と同じだったが、嘱託社員の賃金規定が適用され、年収が約3割減った。東京地裁は、男性に正社員と同じ賃金を支払うよう、会社に命じた。

今回の判決について、「画期的な判決」だと評価する声がある一方、「企業側にとって、定年後再雇用するメリットが何もなくなってしまう」と疑問視する声もある。今回の判決についてどう考えればいいのか、企業側の労働法務を多く扱う倉重公太朗弁護士に話を聞いた。

●正社員の身分保障が強い制度の中で、「職務給」的な発想の判決に違和感

――今回の判決についてどう考えているのか?

今回の判決は、「仕事の内容や職務の価値で賃金を決定する」、いわゆる「職務給」的な考え方を前提にした判断だと思います。

つまり、これまで日本の賃金は、「どんなスキルがあるのか」、「なんの仕事をしているのか」という職務給的な発想は殆どありませんでした。終身雇用が保障され、年功序列で、解雇するのは難しくて、給料は毎年上がるけど下げるのは難しい。強い拘束のある「メンバーシップ型雇用」でした。「年次を重ねれば、能力は上がっていく」という仮定で考えられてきた制度です。

もし、今回の判決のように職務給的な考え方をつきつめていくならば、「仕事が一緒なら賃金も一緒」という同一労働同一賃金のような議論になってきます。しかし、これは職務給的な考えが普及している欧米の考え方ですので、この議論をするのであれば、雇用の規制のあり方も考える必要があります。いわゆる正社員の雇用保障が強いまま、一部の賃金の話だけ職務給的な文脈で語るから無理が出てくるのだと思います。

企業の利益に限界がある以上、人件費にも限界があるわけです。つまり、人件費には総枠があるということですね。当たり前の話ですが、そうした中で、「60歳以上の賃金は増やしなさい」というと、当然どこかにしわ寄せがいくことになります。現役社員(の賃金)を下げるのか、これから入社する新入社員の賃金を下げるのか、それとも手当を下げるのか。賃金体系の見直しを迫られることになります。人件費の枠だけ無限定に増やせというのは不可能な話ですから。

仮に今回の判決を前提とすると、企業側は生涯賃金で調整を図ろうとする。つまり、子育て世代や若年時代の賃金を減らして、高年齢者に回すということになる可能性があります。少なくとも「これからは入社する人」の賃金を弄ることは適法ですから。しかし、そうやって若い人に負担を押しつけること、果たしてそれは社会全体として、歓迎すべき動向なのでしょうか。

今の状況は、雇用にまつわる種々の問題の一部を「おかしい」といって、無理やりやりくりした結果、そのしわ寄せが、しわ寄せがいきやすいところにいっているという状況です。今回の判決は、そうした状況の中で、日本型雇用の限界が垣間見えた判決ではないかと感じています。労働法制を根本から考え直す必要があると考えています。

●雇用の固定化が「ブラック企業」を生みだしている

――なぜ、労働法制の根本を考えなおす必要なあるのか?

もっとも根幹にあるのは、「解雇権濫用法理」(客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない解雇は、権利を濫用したものとして無効とする法理)でしょう。この法理は、確立した当時の時代背景(日本全体が右肩上がりの成長を続けていた高度成長期で終身雇用・年功序列が当然だった)であれば有用だったのでしょう。しかし、終身雇用制が事実上崩壊している現在では、むしろ雇用が硬直化するという負の側面があります。

最大の問題点は、雇用が流動化せず、「嫌なら辞める」ことができないことです。転職市場が活性化していないため、新卒で入った企業に長く居続けないと「我慢ができない奴だ」などというイメージを抱かれがちであることから、仮に最初の企業がいわゆる「ブラック企業」であったとしても、簡単に辞めることができないという問題点があります。

つまり、ブラック企業の温床として利用されていると思います。雇用が流動化し、「嫌なら辞める」ことが当たり前の世の中になれば、新卒で入った企業がブラックだったとしても、労働条件の良いところに転職すれば良いだけの話ですので、労働者にのみ過酷な負担を強いるブラック企業など、そもそも存在できないでしょう。

――雇用の流動化は、労働者にとって不利ではないのか?

私はそうは思いません。特に中小企業の労働者などは、現在よりも保護されるのではないかと考えています。たしかに、大企業であれば、コンプライアンスなどの観点から解雇にも抑制的です。「正直、今の会社にはミスマッチではないか」と思っているような人でも、解雇まではなかなか踏み切りません。

しかし、中小零細企業の現実はそんなことはない。労働法制に反した解雇は、わりと行われていると思います。労働局のあっせん事例などを見ると、1ヶ月分の給与とか、10万円とか、かなり低い和解額で解決していたりするケースも少なくありません。

今、解雇紛争について、もう少し柔軟かつ公平に解決する制度を厚労省も検討しているようです。現時点では、ドラスティックな改革案が出てくる可能性は極めて低いですが、仮に、解雇の金銭解決制度のようなものが導入されたとすれば、これまで悪条件で解雇されていた労働者は、むしろ多くの解決金を、裁判に頼らず手軽に貰えることになれば、今よりもむしろ保護されることになると思います。

わざわざ弁護士に頼んで、労働審判や裁判を起こして、半年、1年と戦って、ようやく半年分、10ヶ月分の賃金相当額を解決金としてもらう。こうした紛争解決のシステムが、現に今も多く行われています。これを制度でしっかり決めて、解雇時点で同様の金銭がもらえるとなれば、無用の争いはかなり減るのではないでしょうか。

●解雇規制が緩和されても、解雇が乱発されるような事態にはならない

――経営者によって、解雇が乱発されるような事態は生じないのか?

諸外国の例をみると、インドネシア、シンガポール、タイなど東南アジアの労働法制でも、解雇規制は金銭で解決できる仕組みになっています。ではそれで、経営者はバンバン解雇しているかというと、そんなことはありません。いい人・熟練した人にやめてもらっては困るからです。むしろ労働者の側に選択肢があります。よりよい労働条件を提示してくれる企業に、フットワーク軽く転職していくという状況が生まれています。

労働組合が強く、鉄道とか飛行機などのインフラ企業ですらストライキをよくすることで有名なイタリアも、そうした方向に舵を切りました。今年から解雇の金銭解決制度を導入したのです。この点は今後実地調査の必要がありますが、報道ベースでは、イタリアでは正社員の数も増えているといいます。金銭解決しやすいのであれば、わざわざ非正規でやとう必要はないからです。

日本では、解雇規制議論についてとても一元的なイメージが蔓延していると感じます。解雇の規制を緩和すると、経営者が好き勝手解雇するようになり、身分保障が危ない、と。でも、日本の労働力は今後間違いなく足りなくなっていきます。そうすると、企業としては、辞めてもらってはこまる、人が採れないという状況になってくるでしょう。

成長産業が移りゆく中で、ミスマッチ人材は、むしろベンチャー企業や成長産業で活躍してほしい。そういう意味での可能性は、まだまだ日本にもかなり残されていると思います。大企業の中で窓際族をやっている場合じゃありません。日本の成長戦略のためにも、労働者の経済的な保護を行いつつ、同時に活発的な労働市場をいかに作っていくかが大事だと思います。雇用が流動化して、そうした状況が生まれてくれば、今回の判決もけっしておかしなものではなかったと言える日が来るのではないでしょうか。



【取材協力弁護士】
倉重 公太朗(くらしげ・こうたろう)弁護士
慶應義塾大学経済学部卒業。第一東京弁護士会所属、第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会( JSHRM)執行役員、経営法曹会議会員、日本CSR普及協会労働専門委員。労働法専門弁護士。労働審判・仮処分・労働訴訟の係争案件対応、団体交渉(組合・労働委員会対応)、労災対応(行政・被災者対応)を得意分野とする。企業内セミナー、経営者向けセミナー、社会保険労務士向けセミナーを多数開催し、著作は20冊を超える。代表作は「企業労働法実務入門」(日本リーダーズ協会)

事務所名:安西法律事務所

弁護士ドットコムニュース編集部

最終更新:6月26日(日)9時8分

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