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「もう一人の」優勝請負人 楽天・梨田昌孝監督

ベースボールキング 6月26日(日)10時0分配信

 プロ野球界における優勝請負人と言えば、現在ソフトバンク監督の工藤公康の名前がまず挙がるだろう。選手時代には西武、ダイエー(現ソフトバンク)、巨人、行く先々でチームを優勝に導いた。ソフトバンクの監督に就任した昨年も、就任1年目にして見事リーグ優勝、日本一を果たしている。

 しかし、もう1人、「優勝」の2文字に縁のある野球人が、現在監督を務めていることを忘れてはならない。それは、楽天の梨田昌孝監督だ。

 梨田は、近鉄一筋17年の選手生活で3度のリーグ優勝を経験した。有田修三との併用により、シーズン全試合出場こそ果たしていないが、両腕をくねくねと動かす独特の「コンニャク打法」で親しまれた打撃と、強肩を武器に近鉄の主力捕手として活躍し、1979年から81年まで3年連続ベストナインにも輝いた。88年に現役引退、93年に近鉄でコーチに就任すると、二軍監督を経て00年に近鉄の一軍監督に就任。就任1年目は、最下位に終わったが、翌01年には、球団史上4度目の優勝に導いた。02年は2位、03年は3位。そして、04年シーズン途中に、近鉄は、オリックスとの球団合併が決定し、この年は5位に終わったことで、梨田は、「近鉄最後の監督」となった。

 球団合併後は、フロントや監督に就任した仰木彬によりヘッドコーチとして慰留を提案されるも、「選手やスタッフの進路が未確定なうちに自分だけ残ることは避けたい」という理由により辞退し、ユニフォームを脱いだ。翌05年より野球解説者などを務めたのち、08年に日本ハムの監督に就任。06年、07年とパ・リーグ連覇中のチームの監督として臨んだ就任1年目は、3位に終わったが、2年目の09年にパ・リーグ優勝。11年シーズン終了時点での退任まで、4シーズンで優勝は2年目の一度きりではあったが、梨田は日本ハム史上初、その4シーズン全てで勝ち越した。日本ハム監督退任後は、再び野球解説者を務めたが、16年より、楽天の監督に就任。日本ハムで監督就任した際の状況とは真逆の、2年連続最下位のチームの立て直しを任される形となった。

 男前だが、ダジャレ好きで、親しみのある梨田監督。これまで選手としても、監督としても、所属した全てで優勝を果たしている。近鉄時代も、日本ハム時代も、優勝を果たしたのは就任2年目。今季はここまで68試合を戦い、28勝38敗の5位。「優勝請負人」工藤公康率いる首位のソフトバンクとの差は、すでに18.5ゲーム差あり、鷹の背中はまだまだ見えない。しかし、オコエ瑠偉や、茂木栄五郎など、成長著しい若手も育ち、視界は決して悪くはない。梨田は、楽天をどこまで引き上げることができるのであろうか。その手腕に注目したい。

BASEBALL KING

最終更新:6月26日(日)12時9分

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