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沖縄の伝説のウミンチュが勇退 漁師歴85年と素潜り名人

沖縄タイムス 6/27(月) 13:48配信

 【中城】ウミンチュ(海人)歴85年の中城村南浜区の安里昌加さん(92)と、68年の村浜区の謝名堂昌盛さん(84)のベテラン漁師がこのほど引退した。2人とも漁法は違えど、数々の修羅場をくぐってきた、若手漁師にとっては「生きた伝説」だ。また、ともに下戸で砂糖たっぷりのコーヒーが大好きという共通点がある。24日、村浜漁民集落センターであった佐敷中城漁業協同組合中城支所の定期総会では、これまでの功績で宮城明信支所長から「感謝状」が贈られた。
 安里さんは物心ついた7歳ごろから漁師だった父親山戸さんの手伝いをするようになり、漁師になった。村浜漁港から東の沖合約500メートルの範囲で水深約150センチ前後の浅瀬が安里さんの漁場。地元の漁師が「アンボシ」と呼ぶ小型定置網漁だ。
 「私はウミンチュだが魚は食べない」という安里さん。さらに意外なのは、「ウミンチュだが全然泳げないよ」の言葉だ。「だって手こぎサバニで行き網を下ろし引揚げるだけさ。泳げないウミンチュだよ」とちゃめっ気たっぷりに笑う。
 妻テル子さんを43年前に亡くし、漁業をしながら男手1つで3男3女を育て上げた。いまは3女宮城清美さん(48)家族と幸せに暮らす毎日だが、「だれか1人後を継いでくれないかな」とすこし寂しそうな言葉も口にした。
 謝名堂さんは地元では知らぬ人はいない「素潜り」のスーパースターだ。16歳のとき二つ年上の兄昌竹さん(86)と共に漁を行う「兄弟船」だった。やがて独立し、沖合で素潜りでナマコ、アカジンなどの高級魚を専門に獲る漁師になった。20代のころサメに襲われ頭から額、顎の部分に大きな傷を負った。格闘しサメを撃退した。頬や顎の傷跡がいまでも生々しく残っている。
 衛星利用測位システム(GPS)などがなかった時代、山と山、自分の位置を結ぶ「山立て」という航海術で県内離島の漁場を回ってきた。慶良間で獲った魚は那覇の公設市場に運び売りさばいた。
 赤銅色で頑強に鍛えられた体は村の陸上競技大会では常に800、1500メートル走のトップランナーで村代表で地区大会出場の常連だった。
 謝名堂さんは長男昌信さん(60)が後を継いだ。「兄弟船」から「親子船」に舵を切った。引退した2人は「漁に出たくてしょうがない」との気持ちを抑えきれず、午前の一杯のコーヒー後、安里さんは孫と南浜の海岸に、謝名堂さんは漁港で海を眺める日課という。
 漁師の饒波正晴さん(45)=北浜区=と長嶺敏則さん=南上原=は「2人から多くの経験を学んでいる。伝説の人にするには早すぎる。もっと多くのことを教えてほしい」と話した。(翁長良勝通信員)

最終更新:6/27(月) 17:00

沖縄タイムス

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