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昨年は父が銃自殺 壮絶人生のチャンピオンがメジャーを辞退した理由

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO) 6月29日(水)11時50分配信

彼にとってはメジャートーナメントの切符よりも、はるかに大切なものがあった。前週の米国男子ツアー「クイッケンローンズ・ナショナル」でツアー初勝利を飾り、今週の「WGCブリヂストン招待」に出場するビリー・ハーレーIII。34歳の人生は、ゴルファーとしてのキャリアよりも、コースの外での歴史のほうがずっと濃密だ。

【画像】最終日の18番フェアウエーでハーレーの肩を抱くエルス

初優勝を果たしたコングレッショナルCCがあるワシントンD.C.エリアは、ヴァージニア州の出身のハーレーにとっては、馴染みの深い土地。高校時代は当地の優秀な選手として名高かったが、卒業後は海軍士官学校に進学した。ゴルフを続けながら2004年に卒業し、06年にプロ転向したが、その後も09年まで米国の海軍に所属。イージス艦に乗って中東へ出向いたこともある。

米ツアーのレギュラーメンバーとしてプレーを開始したのは12年。その後の成績は泣かず飛ばずで、昨シーズンまでのトップ10入りは3年間で7回だけ。苦しいキャリアが続く中、人生最悪の事件が、昨年の「クイッケンローンズナショナル」期間中(2015年は8月開催)に起こった。若い頃はゴルフ場でアシスタントプロとして腕をならした父が行方不明となり、数日後に遺体で発見された。死因は銃による自殺とされた。

「本当につらい1年だった」と振り返ったハーレー。すべての悲しみが消えるわけではないが、キャリアで最高の瞬間はそれから10カ月後に訪れた。絶望を感じたあのときと同じトーナメントでツアー優勝。最終日、同組でプレーしたアーニー・エルス(南アフリカ)は18番ホールで優しく彼に「お父さんはきっと天国で君を誇らしく思っている」と告げたという。

父を亡くし、家族の絆を深めてきたハーレーは歓喜から数日後、ひとつの選択を下した。同大会で上位4位に入って資格を得た7月の「全英オープン」の出場辞退を決めた。

メジャー第3戦の土曜日には、妹メーガンの結婚式が予定されていた。「僕にとっても、家族にとっても大事なことなんだ。妹と彼女の新しい夫をサポートしたい」。この日、ファイヤーストーンCCでの練習ラウンド中に告げた電話の向こうでは、妹が泣いていたという。

「実に簡単な決断だったよ」。2週後、彼は亡き父の代わって、新婦とバージンロードを歩いているかもしれない。(オハイオ州アクロン/桂川洋一)

最終更新:6月29日(水)12時11分

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)