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人材育成における3つのジレンマー「優先順位」「配分」「同質性」にどう向き合うか

ZUU online 6/29(水) 20:00配信

■本稿の目的~日本の大企業で人材育成がうまくいかないのはなぜか

日本の大企業は、新卒一括採用における競争力も高く、採用時点では企業が求める人材を相対的に確保しやすいはずである。また、日本の大企業においては、効果的・継続的な人材育成を可能にし、従業員のモチベーションや企業に対する帰属意識の向上等につながるとされる長期雇用が根付いている。

にもかかわらず、こうした日本の大企業において、人材育成が決してうまくいっていない現状をどう受け止めれば良いのだろうか。

厚生労働省「能力開発基本調査」で人材育成に関する問題の有無をたずねた結果を、従業員数1000人以上の企業についてみると、「問題がある」割合は2009年度の63.0%からさらに上昇し、2014年度には72.9%を占めている。

東証一部上場企業を対象として2013年にリクルートワークス研究所が実施した調査をみても、「特に重要な人事課題」(複数回答、3つまで)として「次世代リーダーの育成」(44.5%)、「グローバル人材の育成」(36.6%)が上位2位にあげられており、とりわけ次代の経営を担うリーダー人材、グローバルな事業展開の核となる人材といった、いわゆる幹部候補の育成が多くの企業で課題とされている。このように、日本の大企業においては人材育成に問題があり、とりわけ幹部育成がうまくいっていない。

本稿(*1)では、日本の大企業において、なぜ人材育成がうまくいっていないのかについて改めて考えてみたい。人材育成に問題があるとされながら長年その問題が解決されない背景には、人材育成の重要性を理解しながらも解決に向けて踏み出せない、何らかの「ジレンマ」を企業が抱えている可能性が高い。

人材育成がうまくいっていない理由として、既存研究のなかでもさまざまな要因があげられているが、本稿では、これらの中で筆者が特に重要だと考える要因を「3つのジレンマ」として整理し、対応の方向について考えてみたい。

なお、本稿では人材育成について考察するが、内容によって幹部育成に焦点を当てる。ここでいう幹部育成とは、次世代リーダーやグローバル人材といった幹部候補の育成を指し、経営幹部手前の段階だけでなく、新卒入社から経営幹部に至るまでの選抜・育成のプロセス全体を視野に入れる。

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(*1)本稿での考察にあたっては、日本人材マネジメント協会(JSHRM)「人事の役割」リサーチプロジェクト(2013年後半~)での議論が大いに参考になった。記してメンバーおよび関係者の皆様に謝意を表したい。また、筆者の考察にヒントをくださった匿名の実務家の方々にも、この場を借りてお礼申し上げたい。なお、本稿における主張は筆者の見解であり、本稿に誤りがあればその責はすべて筆者に帰する。
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■人材育成における3つのジレンマ

日本の大企業では、厳しい採用選考を経て新卒で入社してから、20~30年程度の長期的なタームで人材育成がなされるケースが多い。こうした大企業で人材育成がうまくいっていない理由として、筆者は、企業が人材育成において「3つのジレンマ」を抱えていると考えている。

本稿では、これらのジレンマを「優先順位のジレンマ」「配分のジレンマ」「同質性のジレンマ」と命名することとする。以下、これらのジレンマの内容と、筆者が考える対応の方向性について、順番に述べることとしたい。

◆優先順位のジレンマ~当面の課題を優先せざるを得ず、人材育成が先延ばしになる

(1)人材育成優先×当面の課題優先

ここでいう「優先順位のジレンマ」とは、企業や職場の上司が人材育成の重要性を理解しているものの、業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処、といった「当面の課題」を優先せざるを得ず、結果として育成が先延ばしになってしまう一方、「育成優先」を決断しなかったことによって、中長期にわたって甚大な損害を被ることになるというジレンマである。

人材育成に必要な成長機会は、OJT(仕事を通じた教育訓練)と、Off-JT(仕事以外の研修等を通じた教育訓練)から構成される。OJTにおいては、上司の育成への関わりが成長機会の量・質に大きな影響を与える。しかしながら、前述した厚生労働省「能力開発基本調査」で、人材育成に「問題がある」という大企業があげた具体的な問題点(複数回答)をみると、「指導する人材が不足している」(51.2%)、「人材育成を行う時間がない」(50.9%)が上位2位にあげられている。

「指導する人材が不足している」という結果からは、グローバルな視点や多様な人材のマネジメント能力等が、特に幹部候補に対してより強く求められるようになってきた一方で、その上司がそういう視点・能力等を十分に備えていないという状況が透けて見える。

「人材育成を行う時間がない」については、1990年代以降に進められた上司のプレイングマネジャー化の弊害、コンプライアンスに代表されるリスクマネジメント業務負担の増大が背景にあると考えられる。つまり、幹部候補の育成に必要な能力を持つ上司を育成できていない、上司が育成以外の業務で忙しいといった課題が、OJTによる成長機会の量と質の低下につながっている。

また、Off-JTによる成長機会についても、コスト削減の候補に真っ先にあげられやすい領域であり、量・質ともに低下している懸念が大きい。前述の人材育成に関する具体的な問題点に関する調査結果をみても、「育成を行うための金銭的余裕がない」(13.9%)が5位にあげられている。このような企業では、Off-JTの機会が抑制され、内容も不十分なものになることが危惧される。

このような現状に陥っているのは、業績やリスクマネジメントといった当面の課題が優先順位の高いものとして位置づけられ、これらの当面の課題に上司のパワーや予算等が重点的に配分されるという構造が続いてきた結果だと考えられる。

業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処等、当面の課題は放置できないし、課題が深刻であるほど、その解決のためにより大きな力を割かざるを得ない。

一方で、人材育成については、すぐに対応しなかったからといってにわかに甚大な損害を被るわけではなく、逆にすぐに対応したからといってにわかに効果が実感できるわけでもない。こうした構造が、企業や職場の上司を「人材育成優先」から遠ざけ、「当面の課題優先」に走らせてしまう。

(2)優先順位のジレンマへの対応~「当面の課題優先」からの脱却に向けて

「優先順位のジレンマ」から脱却するのは実際には容易ではないが、少なくとも当面の課題に対処しつつ、人材育成に上司のパワーや予算等を極力配分できるような仕掛けを、企業のなかに作っていく必要がある。

まず必要なのは、育成の効果をできる限り「見える化」することである。「当面の課題優先」という声に抗弁するためには、研修受講の効果測定のみならず、育成政策の変更によってたとえばグローバル人材や幹部候補の人材プールが何人増加したか等を定量的に追跡していく必要がある。

少なからぬ大企業で検討・導入され始めたタレントマネジメント(人材を競争力の源泉と位置づけ、採用から配置、育成、キャリア形成といった一連のプロセスを効果的・戦略的に管理・支援する仕組み)も、育成の効果の「見える化」と通じるものだと考えられる。

次に、当面の課題に対する対処の体制を見直し、上司の負担を軽減することによって、上司が育成に時間を振り向けられるようにする必要がある。具体的には、上司の評価基準における業績と育成のバランスを見直し、業務改革や要員の補強によって、コンプライアンス等のリスクマネジメント業務の負担軽減を図る必要があろう。

上司の評価基準において育成のウェイトを高めることは、前述の育成の効果の「見える化」とセットで検討する必要がある。要員の補強は現実的には難しい面もあろうが、たとえば定年後継続雇用されている元管理職等に、コンプライアンス等のリスクマネジメント業務を配分することも考えられる。

また、上司が限られた時間のなかで効果的な人材育成を行えるように、上司に対する教育を強化していくことも重要である。女性活躍推進の一環として、管理職教育を強化する動きが一部の企業でみられるが、これも効果的な人材育成に向けた有効な取組の一つだといえよう。

◆配分のジレンマ~早期選抜は大きなリスクをともなうがゆえに、早期選抜に踏み切れない

(1)選抜者に手厚く×全体に薄く

ここでいう「配分のジレンマ」とは、幹部候補を早めに選抜したほうが、育成資源を効果的に配分できるとわかっていながら、候補に選抜されなかった者のモチベーションの低下、選抜者の流出(転職等)といったリスクを懸念するあまり、早期選抜に踏み切れず、全体に広く薄く育成資源を配分する(結局、育成資源を効果的に配分できない)というジレンマである。

人材育成に必要な成長機会は、OJT、Off-JTともに供給制約がある。特に経済環境が悪化すると、(1)事業の拡大や新規事業の創出が難しくなり、(2)組織のスリム化で管理職ポストも削減され、(3)研修予算等も削減されるなど、同じ企業のなかで挑戦的な仕事経験を積める成長機会が、量・質ともにより制約され、固定化される面が大きい。このため、人材育成のなかでも特に幹部育成において、成長機会を幹部候補にどう配分するかがとりわけ重要な論点となる。

かつて正社員に占める大卒比率がさほど高くなかった時代には、学歴が幹部候補選抜の一つのメルクマールになっていた。多くの大企業においては、同じホワイトカラーの男性正社員のなかでも、大卒が暗黙のうちに幹部候補として位置づけられるのに比べて、高卒については、昇進スピードが遅く、配分される成長機会も限定されてきた(*2)。

しかしながら、1980年代に入り、男性正社員に占める大卒比率が顕著に上昇するとともに、幹部候補の比率も大きく膨らんできた。従業員数1000人以上の企業で、男性正社員の大卒比率をみると、1987年度には31.7%だったのが、2012年度には50.6%まで上昇している。

また、1986年の男女雇用機会均等法の施行にともない、女性の大卒正社員も幹部候補のカテゴリーに含まれるケースが増えてきた。1000人以上の企業の女性正社員についてみると、大卒比率の上昇は男性以上に顕著であり、1987年度の7.1%から2012年には40.4%まで上昇している。

このように、正社員における大卒比率が増加するなか、大卒間の賃金原資の配分は成果主義の導入等によって見直されたが、人材育成においては、企業が選抜教育に舵を切った形跡がほとんどみられない。

2001年度には、「労働者全体の能力レベルを高める教育訓練」を重視する企業が、「重視」「重視に近い」をあわせて56.6%と過半数を占めていた。この割合は、2008年度に40.3%まで下がったものの再び盛り返し、2014年度でも59.6%にのぼっている。従業員数1000人以上では「労働者全体の能力レベルを高める教育訓練」重視(あわせて66.6%)の傾向がより強く、「選抜した労働者の能力レベルを高める教育訓練」重視はあわせて33.4%にとどまっている(*3)。

OFF-JTについても、日本の大企業の幹部候補は、ある程度平等に配分されることに慣れてしまっているためか、外資系グローバル企業の幹部候補と同じグローバル研修を受講する場合も、選抜されたという自負や、次の競争に向けて研修からより多くのことを学びとろうとする貪欲さが、相対的に希薄だという研修講師等の声が少なくない。

(2)配分のジレンマへの対応~「全体に薄く」からの脱却に向けて

幹部候補選抜のプロセスを、日本の大企業と外資系グローバル企業とで比較した。

日本の大企業においては、大卒の男性正社員の大部分が、新卒一括採用の段階では幹部候補として位置付けられる傾向が依然としてみられる(*4)。また、その後入社5年程度を目処に第2段階の緩やかな選抜が、入社10年程度を目処に第3段階の絞り込みが行われ、経営幹部に登用されていくイメージが強い(*5)。

この場合、第1段階や第2段階においては、誰が第3段階で選抜されるかがまだはっきりしないため、成長機会をはじめとする育成資源の戦略的な配分を大胆に行うことはできない。このため、大卒正社員に広く薄く成長機会が配分される(社員の側からみると、多くの人にチャンスが与えられる)ことになる。

一方、外資系グローバル企業では、インターンシップ(学生等の就業体験)での仕事ぶりや、中途採用に至るまでの他社での実績等を拠り所に、幹部候補は入社時点である程度絞り込まれる。育成資源の投資対象が明確なので、第1段階から戦略的な配分が可能となる(一方で、選抜から外れた人材はチャンスを失う)。こうした企業では、幹部候補に対して、20代で特定の地域のトップを任されるというような、良質な成長機会が提供されるケースもある。

グローバル競争下に置かれる日本の大企業が、競争優位性の高い経営幹部を育成していくためには、育成資源の戦略的な配分という観点から、幹部候補の選抜プロセス(どのタイミングで、どの程度の育成資源を配分するか)を見直す必要がある。ただし、筆者は、既存の外資系グローバル企業の選抜プロセスをそのまま導入するのは現実的ではないし、むしろ危険だと考えている。

新卒一括採用を前提とする限り、幹部候補選抜のための最低限の見極め期間は必要である。そういう見極め期間を設定せずに、新卒入社の段階で幹部候補のための社員区分を設けると、人材と社員区分が結果としてミスマッチになる懸念が大きい。ただし、その企業でのインターンシップやアルバイト経験等を応募条件とし、その間の仕事ぶりを選考の参考にするという方式で、新卒入社の段階から幹部候補の社員区分を設けることは考えられる。

また、初期段階での幹部候補の絞り込みについては、激しい競争や格差に慣れていない日本の若手人材を、幹部候補として極端な少数に絞り込むと、期待や負担の大きさに耐えきれない懸念もある。だとすると、日本の大企業においては、現状よりはスピード・量の両面で幹部候補の絞り込みを強化する必要がある一方で、外資系のグローバル企業に比べれば若干緩やかな、両者の中間的な幹部候補の選抜プロセスを模索する必要があると考えられる。

さらに、労働移動が制約的である日本企業においては、選抜されなかった人材への配慮も、より重要となる。外資系のグローバル企業よりも若干緩やかな選抜プロセスを選択するのであれば、初期キャリアにおいて幹部候補から漏れた人材を、次の選抜のタイミングで引き上げられる可能性は高まる。もちろん、初期キャリアで選抜から漏れた場合には、その後に提供される成長機会の量・質において幹部候補よりも不利になるので、逆転が難しいことは確かである。

他方、成長機会は提供されるだけでなく、社員自らが開拓し、創り出すべきものでもある。選抜の有無によって生じる、提供される成長機会の差を、社員自らが成長機会を開拓・創出して埋めることができれば、次の選抜での逆転につながる可能性は高まる。

具体的な成長機会としては、たとえば1~2年の海外就労経験、ビジネススクールでのMBA修得等があげられよう。こうした成長機会を自ら開拓・創出できた社員に対して、一定の基準のもとで休職制度や短時間勤務制度等を適用し、場合によっては費用の一部を補助することで、次の選抜に向けた挑戦を企業が支援することも考えられる。

なお、選抜のタイミング設定は、一律的な年齢や勤続年数によらず、企業での稼働年数(休業等を除く)によることが望ましい。一律的な年齢や勤続年数によるタイミング設定は、たとえば出産・育児等の理由で稼働年数が他より短い社員を、幹部候補から排除することにつながるためである。

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(*4)労働政策研究・研修機構(2015)の「人材マネジメントのあり方に関する調査」によると、将来の管理職や経営幹部の育成を目的にした「早期選抜」を実施している企業は15.4%である。さらに、実施企業のなかで対象者の選定時期をみると、「採用時点」が9.7%、「入社から5年未満」が22.7%、「入社から5年以上10年未満」が31.2%、「入社から10年以上」が28.6%となっている。
(*5)リクルートワークス研究所(2013)の「Works人材マネジメント調査2013」によると、若手間で昇給・昇格に差がつき始めるのは入社後平均5.09年、管理職と専門職に分かれるのは入社後平均12.96年となっている。
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◆同質性のジレンマ~多様な人材を育成・活用しようとしても、多数派(同質性の高い集団)に埋没してしまう

(1)人材の多様化×同質性堅持

「同質性のジレンマ」とは、国内の生産年齢人口の減少や、ビジネスモデルの高度化の要請等を背景として、多様な人材の育成・活用が求められていることがわかっていながら、既に多数派である同質性の高い集団のなかから、多数派の支持を得られる幹部候補を選抜してしまう(結果として多様な人材も、多様な人材をマネジメントできる上司もうまく育たない)というジレンマである。

日本の大企業においては、長期雇用が結果として同質性の高い集団形成につながった面が大きい。新卒一括採用という共通のプロセスを経た、大卒の男性正社員を中心とする幹部候補はもともと同質性が高いが、多数派による選抜プロセスを通じて、多数派と考えや行動を異にする個性的な人材が排除され、さらに強固な同質性の高い集団になっていくケースも少なくない。

昨今、幹部候補に女性の大卒等が参入するなかで、日本の大企業における幹部候補の構成は以前に比べれば多様化しているが、それでも外資系グローバル企業の幹部候補に比べれば、相対的に同質性が高いといえるだろう。

こうした同質性の高い集団形成は、阿吽の呼吸によるコミュニケーションを可能にし、「仲間」意識の形成に寄与する。このような特徴は、かつては日本企業を成長に導く原動力の一つとなった。しかしながら、グローバル競争にさらされ、多様な人材の育成・活用が必然となってきている昨今においては、このような特徴が、人材育成に対してむしろマイナスに作用する面が大きい。

阿吽の呼吸によるコミュニケーションが可能だということは、説明・説得しなくても察してもらえるということであり、たとえば幹部候補がこういう環境下に置かれると、説明・交渉能力や、「仲間(同質性の高い集団メンバー)」でない人材(多様な人材)に対するマネジメント能力の向上が阻害される。

「仲間」意識の形成は、チームワークにつながる一方で、「仲間」の不利益になることをしなくなる、「仲間」といると安心してしまう、という弊害ももたらす。こうした環境下に置かれた幹部候補は、危機意識が希薄になり、グローバル企業との厳しい競争に対する耐性が低下することが危惧される。

人材マネジメントにおいては、無意識のうちに「仲間」を過大評価し、「仲間」でない人材(多様な人材)を過小評価するようになる危険性も出てくる。これらは、「仲間」でない人材(多様な人材)の育成・活躍を阻害することから、幹部候補から多様な人材が排除され、幹部候補の同質性が凝縮されていくサイクルの構築につながる恐れもある。

同質性の高い集団形成は、「仲間」が不利益になるような組織や事業の改廃を躊躇させ、組織に硬直性をもたらす面もある。日本の大企業が多くの経営課題を抱えているということは、裏を返せば、それらを解決するための挑戦的な仕事経験・成長機会が潜在的に存在することを意味する。

しかしながら、そうした成長機会がなかなか創出されない背景には、課題解決にともなう組織・事業の改廃によって窮地に追い込まれる「仲間」がいるがゆえに、改廃を避けようとする力が働き、結果として課題解決にも成長機会の創出にもつながらないという悪循環が存在している可能性がある。

(2)同質性のジレンマへの対応~「同質性堅持」からの脱却に向けて

過度に同質性の高い集団形成を避けるためには、まずは新卒一括採用の段階で、幹部候補となり得る多様な人材を採用し、危機意識や競争への耐性を持たせながら育成していく必要がある。

集団のなかでの危機意識や競争への耐性を向上させるためには、幹部候補のなかで多様な人材をマイノリティにしないことが重要である。また、幹部候補やその上司が多様な人材をうまくマネジメントできるようになるための成長機会を、OJT、Off-JTの双方の面から提供することも必要不可欠であろう。

多様な人材によって構成される幹部候補も、同じ企業で長期に雇用されることによって同質化していく懸念はある。また、幹部候補に求められる能力の変化が大きい場合には、内部育成だけでは対処が難しくなる場合もあろう。こうした問題に対処するために、途中で外部から新しい人材を幹部候補やその上司として迎え入れることが必要なケースも出てくるだろう。

幹部候補は、採用、育成、異動・配置、昇格・降格、任用・登用といった一連の人材マネジメントを通じて選抜・育成される。日本の大企業の人事部は、このような人材マネジメントに大きな権限を持っている。

人事部と現場の権限関係をみると、「完全に人事部が決定する」「人事部の意向がより重視される」をあわせた「人事重視計」は、「昇格・降格の基準・条件の決定」(86.7%)、「任用・登用の基準・条件の決定」(76.5%)、「新卒採用者の募集・採用」(70.4%)、「能力開発計画(Off-JT)」(53.1%)が特に高く、過半数を占めている。

「部門をまたぐ異動や配置」(35.7%)、「任用・登用の決定」(34.7%)、「中途採用者の募集・採用」(32.7%)、「個別人材の昇格・降格の決定」(30.6%)についても、「人事重視計」が3割以上にのぼる。

日本の大企業の人事部は、このような権限を持っているがゆえに、集権的な「社内統制型」の「強い人事」であるといわれてきた。このような人事部による、同質性の高い集団統制においては、「前例」と「調整」が重視されてきたとも指摘されている(*6)。

それゆえに、人事部には、多数派である同質性の高い集団のなかでも、特にこれまでの経緯や社内の事情に配慮ができる手堅い人材が配属されるようになる。人事部に配属される人材の選出にも人事部の意向が反映されるため、人事部は伝統的にこうした手堅い人材によって構成される部門となる傾向がある。

業界によっては、人事部の権限が現場に大きく委譲されつつあるが、そういう企業でも、同質性の高い集団からの登用が多数を占める管理職が、幹部候補の絞り込みに関与することになる。

つまり、生え抜きの幹部候補は、人事部が採用し、人事部や管理職が昇格・降格や任用・登用に肯定的な評価をした人材に絞られていく。逆に、同質性の高い集団のなかでも多数派と考えや行動を異にする個性的な人材や、同質性の高い集団とは異なる集団に属する多様な人材は、多数派の支持を得られないとみなされがちであることから、選抜プロセスのなかで淘汰されていく可能性が高い。だとすると、人事部や管理職が、同質性の高い集団形成に協力し、むしろ結果として幹部候補の同質性を高めている懸念がある。

ここまで考えると、「同質性堅持」から脱却するためには、まずは人事部こそが、多様かつ柔軟にならなければならないという結論に帰着する。

人事部は「同質性堅持」の事態に陥っている現状を認識し、人事部のなかでも特に採用、育成、異動・配置、昇格・降格、任用・登用に関与するセクションに、多様な人材を配置すべきである(*7)。

また、新卒一括採用や幹部候補の選抜等において、男性の正社員のなかでも個性的な人材、それ以外のカテゴリーの多様な人材を意識的に混在させられるよう、タイプ別に人数枠を設けることも有益だろう。一方、人事部と管理職が同質性の凝縮に協力し続ける限り、効果的な幹部育成も阻害され続ける懸念が大きい。

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(*6)日本型人事の特徴について、詳しくは松浦・泉田(2015)を参照されたい。
(*7)日本人材マネジメント協会(JSHRM)「人事の役割」リサーチプロジェクトと産労総合研究所が共同で実施した調査(2014年 人事のあり方に関する調査)で、従業員数1000人以上の企業における人事部の人員構成(筆者がローデータを個別に集計した結果)をみると、女性のスタッフは「3割以上5割未満」(44.2%)が最も多いものの、外国籍スタッフ、中途採用スタッフ、海外駐在経験のあるスタッフは「いない」(各76.7%、30.2%、48.8%)が最も大きな割合を占めている。この調査の対象は、産労総合研究所が会員企業から任意に抽出した3000件およびJSHRM会員320件。有効回答は193件で、うち従業員数1000人以上は43件である。
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■まとめ~3つのジレンマからの脱却に向けて

本稿では、人材育成における課題を、「優先順位」「配分」「同質性」という3つのジレンマとして整理し、対応の方向について考えてきた。

このうち、「優先順位のジレンマ」と「同質性のジレンマ」については、進むべき方向はある程度見えている(「優先順位のジレンマ」は人材育成優先へ、「同質性のジレンマ」は人材の多様化へ)ものの、実行するのが難しいという段階にあると考えられる。

人材育成の重要性を理解しているものの、業績の維持・向上、企業全体にかかわるリスクや目の前のトラブルへの対処、といった「当面の課題」を優先せざるを得ないという「優先順位のジレンマ」に対しては、(1)育成の効果の「見える化」、(2)上司の評価基準における業績と育成のバランスを見直し、(3)業務改革や要員(定年後継続雇用の元管理職等)の補強による上司の負担(コンプライアンス等のリスクマネジメント業務等)軽減、が必要となる。

「同質性のジレンマ」においては、多様な人材の育成・活用が求められていることがわかっていながら、既に多数派である同質性の高い集団のなかに埋没させてしまい、結果として多様な人材も、多様な人材をマネジメントできる上司もうまく育てられない。この「同質性のジレンマ」に対しては、幹部候補のなかで多様な人材をマイノリティにせず、集団のなかで危機意識や競争への耐性を持たせながら幹部育成を図ることが重要となる。

また、幹部候補の選抜・育成プロセスに大きく関わる人事部や管理職が、無意識に幹部候補の同質性を高めてしまわないように、(1)人事部や管理職に多様な人材を混在させる、(2)新卒一括採用や幹部候補の選抜等において多様な人材の人数枠を設ける、等の取組が求められる。

一方、「配分のジレンマ」は、早期選抜が育成資源の効果的配分につながるとわかっていながら、選抜されなかった者のモチベーションの低下、選抜者の流出(転職等)といったリスクを懸念するあまり、全体に広く薄く育成資源を配分するというジレンマである。この「配分のジレンマ」については、どちらの方向に進むべきか、筆者自身も迷うところがあり、企業においてもより難しい決断を迫られると推測される。

大卒の増加にともなって膨らんだ幹部候補の、ある程度の絞り込みは必要だが、(1)新卒一括採用をメインとしている、(2)労働移動が制約的である、という日本の特徴を踏まえると、外資系のグローバル企業よりは若干緩やかな、幹部候補の選抜プロセスを模索する必要があるだろう。選抜をある程度緩やかにしておくことによって、第1段階では選抜されなかった社員が、その後の努力によって次の選抜で逆転登用される可能性も高まる。

人材育成が重要であることは自明であるが、人材育成の課題をいざ解決しようとすると、どちらの方向に進んでも何らかの不都合が生じるという悩ましいジレンマが立ちふさがっている。

しかしながら、だからといっていつまでもジレンマに陥っているわけにもいかない。各企業のなかで、さらには企業の枠組みを超えて、議論を尽くし、試行錯誤し、ジレンマから脱却するしかない。こうした議論や試行錯誤に向けて、本稿が少しでも参考になれば幸いである。

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山内麻里(2013)『雇用システムの多様化と国際的収斂~グローバル化への変容プロセス』慶応義塾大学出版会。
労働政策研究・研修機構(2015)『「人材マネジメントのあり方に関する調査」および「職業キャリア形成に関する調査」結果~就労意欲や定着率を高める人材育成とはどのようなものか』調査シリーズNo.128。
リクルートワークス研究所(2013)『Works人材マネジメント調査2013 調査報告書【基本分析編】』
リクルートワークス研究所(2009)『Works人材マネジメント調査2009 調査報告書【基本分析編】』
渡部昭彦(2014)『日本の人事は社風で決まる~出世と左遷を決める暗黙知の正体』ダイヤモンド社。

松浦 民恵(まつうら たみえ)
ニッセイ基礎研究所 生活研究部 主任研究員

最終更新:6/29(水) 20:00

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