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【連載】中島卓偉の勝手に城マニア 第48回「春日山城(新潟県)卓偉が行ったことある回数 1回」

BARKS 6月30日(木)10時47分配信

最強の戦国武将10人に入る上杉謙信公の城、春日山城の登場だ。謙信公にリスペクトと感謝を届けつつこの城を熱く語りたい。いや「リスペクト」じゃなくどっちかと言えば「マジリスペクト」でお送りしたい。

◆【連載】中島卓偉の勝手に城マニア・チャンネル

どうしても謙信公の存在がでかすぎるがゆえに、城の凄さが後回しになってしまう春日山城だ。卓偉の存在がでかすぎる為に普及活動をしないファンと似た感じだと私のファンに伝えたい。確かにこれといった建物は残っていないし、土塁が主だし、春日山神社も明治になってからの建築、戦の必勝祈願などで謙信公が祈りを捧げた毘沙門堂も昭和になってからの復元だ。ここはやっぱり城マニアである私が春日山城の凄さをしっかりとわかりやすく説明しないとなかなか伝わりにくいのが現状。マニアにはその堀切の凄さや土塁のスケール、城そのものの作りにグッジョ~ブ!(感動)出来るわけだが、土を見て何言ってんの?になりかねない。くぼみを(空堀)見て何騒いでんの?になりかねない。だが何度も言うが石垣や堀、天守や櫓だけが城じゃないのである。マニアックな部分があるからポップな部分がウケる、要はバランスさね。だが春日山城、決してマニアックじゃない。ただ石垣や建造物がないとわかりづらいのも事実、そこをTAKUI NAKAJIMAがナビを買って出ようと思うわけである。

観光した後に謙信公グッズ買って春日山城に行った気になられても困るのである。しまいには謙信さんって川中島の戦いの有名な銅像の馬に乗って斬り付けてる方?あれ?軍配持ってそれをかわしてる方?どっちでもいいか!的な。

どっちでもよくねえわ!謙信公もいろんな絵でその風貌が残っているが、川中島の戦いで言うなら馬に乗って斬り付けてるお方である。軍配を持ったもう一人のお方は武田信玄公である。頼む!これくらい頼む!こないだもライブでYOU REALY GOT MEをカバーしたら「ヴェンへイレンのカバー良かったです」と言われる勘違い。オリジナルはTHE KINKSだから!メタルじゃねえから!ブリティッシュロックだから!そっちのカバーむしろ知らねえし。頼む!これくらい頼む!

戦が半端なく強く、知的で、かなりの酒豪で、生涯結婚はせず(おかげで謙信公は女性だったんじゃね?説もあります)とにかく誠実な方であった。子供を持たなかったことで養子を取ったりはしていたが、結局上杉家も謙信公が亡くなった後は跡取り問題で揉めに揉めてしまう。卓偉のライブに欠かせない友達のベーシスト鈴木賢二くんはモテるのでありとあらゆる女子の乳を揉めに揉めてしまう。久しぶりの、たまに来る、下ネタ、か!戦国時代に限らずよくあることかもしれないが、やはり才能があり過ぎる人、存在が絶対的な人というのは大概そういうことが起きている気がする。謙信公が長生きしていたら、また時代は変わっていただろう。上杉謙信、武田信玄、織田信長、これらの人達が死んだタイミングというのが見事に歴史が動いているのである。ただ謙信公が卓偉と違うのは生きてる間に世間から天才と言われたことだ。卓偉は才能がいちいち天才過ぎて誰もその凄さに気付かない。もうこのまま誰にも気付かれず死んでやろうと思う。

ちなみにあの信長公は謙信公に狩野永徳に書かせた屏風を贈って機嫌を取っていたこともある。信長公のイメージでは考えられない行動と気遣いだ。信長公でも怖れる謙信公だったのである。事実「手取り川の戦い」で織田軍は上杉軍にコテンパンにやられているのだ。謙信公かっけえ~。信長公が天下統一の目前まで行けたのは、いいタイミングで謙信公と信玄公が亡くなったからということが非常にでかいのである。信長公の死のタイミングを上手く利用したのが関白殿下秀吉さんであり、秀吉さんの死を待ってから天下を取ったのが家康公である。そう考えると非常に面白い。

そんな春日山城、築城は1500年代初期とされる。上杉家の城とはいえ、実は細かいデータが残っておらず、春日山城絵図や平面図などが書かれて残ってはいるものの、わりかし歴史が新しいものが多く、後付けに近い形で現在まで継承されてきたところがある。そして何より、戦国時代のど真ん中で機能していた城だけに、城内に娯楽感はなく、常に戦に備えた作りになっていた。よって、屋敷の後もあるにはあるが、御殿とまではいかず、発掘調査をした結果、瓦も落ちていないことがわかっている。謙信公はこの春日山城で生まれている。卓偉はお袋の実家である山口県周防大島にある大島病院で生まれている。天才を輩出した病院として有名になるかは卓偉が売れるかどうかにかかっている。いや、このまま誰にも評価されずに死んでやろうと思う。


もっとも1600年代に差し掛かる頃には城の麓に住居を移したことからも決して住みやすい城ではなかったことが言えるだろう。規模はかなりでかいが、砦に近い城と言えるのかもしれない。謙信公がもし長生きして、この城を今後どう発展さえようと考えていたかは非常に興味ある。1607年、徳川幕府になった後、当時治めていた堀氏は戦のない時代に山城では機能性がないという理由で春日山城を自ら出て廃城としている。その後は港に近い場所に総石垣で福島城を築城、だが福島城は明治維新の頃に街の発展の為に壊され、今はほとんど残っていない。あしからず。

春日山城の山は非常にでかく(標高189m)どの方角にも曲輪が伸びている。大手道もしっかり残っているが、どの道からでも大手と言えるほど、そのスケールは半端ない。今でもどの道から登ってもどの場所にも辿り着けるようになっている。これは本当に素晴らしい。搦手もあるが、ここが搦手、ここが大手とはっきり言い切れない感じがたまらない。まさに何処を切っても金太郎飴。どのアルバムやシングルを聴いても全曲歌が上手過ぎる、TAKUI NAKAJIMAと同じである。でもこのまま死んでやろうと思う。


春日山城、険しい山城にも関わらず、何故か雰囲気が明るい。RADIO HEADのアルバムはどれを聴いても暗い。とにかく良い気を感じるのだ。本丸からの日本海の景色、城下町の眺めも最高だ。新潟県だけに簡単に田中角栄になった気分になれる。どこを見ても暗い雰囲気がない。それはこの城が攻められて廃城になったわけじゃないということもあるのだろうが、いい運気すら感じるそんな城なのである。もちろん草木がちゃんと整備されていることも素晴らしい。見学場所の説明もちゃんとされている。日本の城でここまでいい運気を感じる城は春日山城だけだ。

私が個人的に一番好きな場所は城下町から見て本丸の裏、大井戸の曲輪から鐘楼、景勝屋敷跡に降りていくここら辺の作り、グルーヴ、ディティール、堀切&空堀の感じ、これ最高である。堀切でありながら堀の中は道になっている。また堀から見上げた土塁の急斜面、両サイドにこれだけ急斜な土塁が立ちはだかると角度がおもくそコマネチ!だ。このVの字の角度を何に例えよう?いや、まさにコマネチだ!コマネチのVラインだ!ロシア!今後ドーピング問題どうすんだ!?もうリオ始まんぞ!そりゃ角栄さんも「まぁ~その~」って言うわ。

私は思うのだが、この3つの曲輪が続いているのに対して、橋が架けられていたんじゃないかと推測したい。大井戸の曲輪から鐘楼へ橋が1つ。鐘楼から景勝さんの屋敷へまた橋が1つ。橋でこの曲輪が繋がっていたんではないかと思うわけである。というのも景勝さんが本丸へ行くのに、このコマネチをわざわざアップダウンして移動してたかな?と思うわけだ。よく見ると曲輪の突き出た部分が橋を架けれるのりしろになっている気がしてならない。橋が架かっていたとするなら、この堀切&空堀、それと忘れちゃいけないコマネチVラインはよっぽど軍事的に意味を発揮したと考える。

城の至るところに土塁と堀切が存在する春日山城。見学する道のりは色々あるが、先に伝えた通り、どこからでも本丸に行き尽くし、どの道を通ってもいくつかの仕掛けに出くわす。千貫門跡の曲輪にある二重の空堀も素晴らしい。堀を行き過ぎると城の真ん中にある崖に落ちる仕組みだ。まるで「風雲たけし城」のようではないか。行き過ぎるとストロング金剛が出て来そうだ。この崖こそ天然の空堀と言えるだろう。曲輪のひとつひとつの面積がコンパクトなのもいい。かといって狭いわけじゃないとこが更にいい。柿崎和泉守屋敷と大手の方から登ってくるとわかるが、平たい畑も当時は屋敷跡とされているが、これらくらいで後の曲輪は面積がコンパクトなのである。いくつ曲輪を超えても本丸に辿り着かない感じが戦力を失わさせる。ちなみに春日山神社の場所も曲輪と屋敷の跡である。謙信公の銅像のはす向かいにある蕎麦屋とお土産屋の場所も立派な曲輪の跡である。


城の麓まで整備されていたことがわかっているので山城ではあるが平城としての機能もあり、ひっくるめてかなり壮大な山城だったと言える。まさに日本最大の山城の名を欲しいままに、そんな最高で最強な山城、春日山城なのである。

春日山城に来城出来たのはこれまたtvk「MUTOMA」の城コーナーの撮影であった。そういうこともありこの熱が冷めやらぬうちにこの感動を早いとこコラムに書いておきたかったのである。今回はこのコーナー始まって以来初のテレビ的なことを撮影した。地域密着でこの辺りではお子様にもに大人気の

「越後上越 上杉おもてなし武将隊」

の皆様と遭遇することが出来たのである。皆さんはガチで鎧をまとい、現代の戦国武将であり、納得のいかないことがあればすぐ刀を抜く。喋り口調も当時のままである。

スタッフが「テレビ神奈川なんですけれどもぉ」と言えば
「北条の街からよう来たのう」と返し、
私が「僕は出身は福岡なんですよ」と言えば
「黒田の方々は元気かの?」と返す。さすがである。
スタッフが「信玄公も大好きで~」と言えば
「何?貴様!武田の刺客と申すか!ただではおかぬ!」とすぐ刀を抜くというガチ具合。
だが私が「でも信玄公とは実は密会までして実は仲良かったんじゃないんすか?」と聞けば、
「それを城内で大きい声で話してはならぬぞ?ハハハ~って御主、かなり歴史を知っておるな?」と返す現代の謙信公。
お婆さん達の集団が通れば「奥方殿、またいつでも待っておるぞ?」という色気溢れるトークを投げ掛ける場面も。さすがである。現代の謙信公は熟女好きかもしれない。

とにかく歴史好きにはたまらないパフォーマンスである。剣さばきも凄まじい。主に土日は春日山城にいらっしゃり、1日何度か皆さんでパフォーマンスを見せてくれるとのこと。我々は平日にお邪魔したにも関わらず、しっかりとしたパフォーマンスを特別に披露していただけた。感謝である。そのまま私も無茶振りで参加させてもらい、一緒に出陣前の気合い入れで「エイ!エイ!オー!」
を3回叫ばしてもらった。謙信公様から「御主よく通る大きな声をしておるな」と言ってもらえた。ナイスコラボ、マジリスペクトである。

帰りは謙信公の銅像の下にある駐車場からミニバンに乗って皆さんで帰られるとこを目撃したので、「皆さんも車には乗られるんですね」と聞いたところ
「何を申す、これは鉄の馬じゃハハハ~!」と言いながら山を下りて行かれた。そういえばパフォーマンス前にスピーカーから音を出すにあたって、iPadを使われていた。謙信公iPad使いこなせるねや。

おもてなし武将隊の皆様は春日山城内に限らずどんなイベントにも登場されるということなので是非これをご覧になっている方々もお会いしてみてほしいと思う、心暖かい素晴らしい人達である。ちなみにTwitter(@uesugibusyotai)もやられている。フォローもしていただけた。謙信公Twitterもやんねや。

ただ見学するだけでなく、越後上越 上杉おもてなし武将隊の皆様にお会い出来たことでとても楽しいロケになったことを心から感謝したい。放送は来月になる。(2016年7月6日放送予定)

余談だが春日山城からちょっと移動すれば高田城もある。これまた城内は桜の名所である。伊達政宗公を始め、たくさんの武将達が集まって協力し合い徳川の(松平)為に作った城である。現在も水堀が残っている。本丸には三重櫓が復元されている。私の父は幼少期に高田に預けられていた時期があり、その頃の写真を見ると全部背景が真っ白の雪である。当時は曾じいさんがこの辺りで単身赴任しており、親戚も近くに住んでいたこともあったそうで、そんなこともあり親父は東京の拝島からこの高田に預けられていたそうな。ってなわけでこの周辺にはとても縁も感じる。自分にとって非常にいい気を感じれる新潟県なのである。雪が降る寒い時期は見学が大変なので、是非この夏、もしくは秋に来城されることをお勧めしたい。

もうひとつ余談だが、この撮影はMUTOMAのディレクター兼カメラマンの天才フィクサー菊谷氏、私のマネージャーの砂田、そして私の3人で行っていたのだが、ロケが終わった途端にアメリカ大統領について熱く語り出し、ドナルド・トランプ氏の話題で持ちきりに。新潟を出る間もずっとトランプ氏の話題、その後は長野県に移動し1泊であったのだが、夜立ち寄った焼き鳥屋でもひたすらトランプ氏の話題。特にこだわりだすと止まらない砂田の口から「トランプは~」「でもトランプは~」「多分トランプは~」一体何回トランプって言うんだよと菊谷さんとツッコミを入れていたのだが、隣りの席に座っていた女性の小声の発言を僕は聴き逃さなかった、

「ったくこいつら何回トランプって言ってんだよ……」

砂田だけが連呼していたと思っていた矢先、菊谷さんも私も「こいつら」の一言で砂田と同類にされてしまった瞬間だった。ロケ中ずっと黙っていた砂田がある時「トランプ」という話題からこれは自分の出番だとここぞとばかりにイニシアチブを握った。興味がないことには一切口を出さない男である、そんな砂田こそロケ中ずっと思っていただろう。

「このおっさん二人、土を見ながら何騒いでんだよ」

同じくその隣りのテーブルに座っていた上司らしきおっさんはテレビに映る男子バレーボール、オリンピック予選の試合を見ながらこう言った。

「トスってさ、何でトスって言うようになったか知ってるか?佐賀県にさ、鳥栖って街があるんだけど、そこでああいうボールの上げ方を始めたからトスって言うんだよ」

平社員3人「マジですか!!!???」

上司「嘘だよ、ガハハハ~!」

久しぶりに殺意を覚えた瞬間だった。

春日山城、また訪れたい……。

最終更新:6月30日(木)10時47分

BARKS