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離脱派の前ロンドン市長 実はEU通

ニュースソクラ 6/29(水) 11:50配信

とうとう響き始めた「裸の王様」EUの叫び

 よく昔から「人は見かけによらぬ」という。

 英国の国民投票の、EU離脱陣営の旗頭となった前ロンドン市長で、次期英首相最有力候補のボリス・ジョンソン英下院議員は意外や意外、英国政界きってのEU通なのだ。

 ボリスはEU(当時は欧州共同体ECと呼称)に中堅幹部職を得た父親スタンレー・ジョンソンに伴い、1973年、英国からベルギー首都ブリュッセルに引っ越した。そしてEC職員の子弟のためにつくられた初等学校であるヨーロピアン・スクールに入学、欧州統合の雰囲気にどっぷり浸かり育った。

 同じ保守党ながら、上品な立ち居振る舞いのキャメロン英首相に対して、最大のライバルとなったボリス・ジョンソンは、話しぶりはべらんめえ調、服装もノーネクタイのことが多いなど対照的だ。

 ところがボリスもキャメロン首相同様に英国名門のパブリック・スクール「イートン校」を経て、オーックスフォード大学で学んだ文句無しの秀才なのである。

 さらにボリスは1990年代にロンドン・タイム紙、後に同じく保守系のデーリー・テレグラフ紙特派員としてブリュッセルに駐在しEUを長年取材、帰国後に政界入りした。EUを表裏から熟知したボリスは、ブリュッセルのEU官僚にとって手強い相手なのだ。

 EUは「ボリスの父親スタンレーが活躍し、彼がヨーロピアン・スクールで学んだ当時とはすっかり別物になってしまった」と、最古参のEC関係者が頻りに嘆く。年寄りの「昔はよかった」という単なる懐古だけではなさそうだ。足掛け38年間、EUウオッチをする筆者も、最近は目に余ると思うことが多い。

 例えば、数千人とも二万人ともいわれる、EUの首都に利権をめぐって群がり蠢くロビイスト、コンサルタント、下請け業者。そう使うわけでもないのに増殖を続けるEU関連のビルや会議場。1979年に鳴り物入りで始まったものの、実施毎に投票率が減っていくEUの欧州議会直接投票。

 ところがEU当局や加盟諸国は、1992年2月調印のマーストリヒト条約の受け入れを拒んだデンマークの国民投票結果を認めず、強引に翌年、再度、同国に国民投票を実施させた。

 その後も各国でEU批判の動きが高まる度に、手を変え品を変え、封じてきた。だが今回、英国の離脱支持の劇的な国民投票の結果、もはやごまかしは効かなくなった。

 「王様は裸だ」という叫び声に、ようやく欧州の有権者が同調し始めたのだ。皮肉にも英国離脱の国民投票結果は、様変わりしたEUが発足当初の勢いを挽回する最後のチャンスになるだろう。それを最も期待しているのは案外、離脱旗振りのボリス・ジョンソン自身かも知れない。

 さて、英国や日本を含むEU内外への影響であるが、国民投票で離脱が支持されても、英国が即刻、EUを去るわけではない。英国政府、そして英国議会によるプロセスが待っており、正式に「離婚」を決意しても、2年間の移行期間中には様々な交渉が控えている。

 24日朝の時点ではEU首脳たちも珍しく狼狽え、支離滅裂なことを言っているけれども、心配はない。冷戦終結後の緩やかな欧州の非EU諸国との協力受け皿として、1990年代から欧州経済地域(EEA)が存在するからだ。

 「離婚」成立後も、恐らくEEAを基に貿易・金融・輸送など多くの分野で、実質的に今とそう変わらない状況が無理ない形で続いていくことになる。東京で株暴落の速報が流れたが、大騒ぎの報道の嵐の後、「なんだ、つまらない。そんな程度か」ということで収まる。

■谷口 長世(国際ジャーナリスト、在ブリュッセル)
毎日新聞ブリュッセル支局長を経て1998年、独立。ブリュッセル在住、安全保障&国際問題を中心に月刊「世界」など内外の雑誌に多数寄稿。著書に「アンネ・フランク 心の旅路」(講談社)、「NATO 変貌する安全保障」「サイバー時代の戦争」(共に岩波新書)。現在、世界第2の規模の外国特派員組織・国際記者連盟(ベルギー)財務兼副会長。

最終更新:6/29(水) 11:50

ニュースソクラ