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英国のEU離脱(Brexit)は英国の保険会社にどのような影響を与えるのか-財務面・監督規制への影響を中心に-

ZUU online 6/30(木) 13:50配信

■はじめに

英国の国民投票でEU(欧州連合)からの離脱の決定が行われたことは、驚きをもって迎えられた。現在、これに対して、残留派からの引き続きの反対意見や離脱に投票した人からの後悔の意見等も報道される等、各種の反応が紹介されている。

さらには、国民投票の結果が法的拘束力を有しないこともあり、議会の解散で民意を問うべきとの意見も出ている等、英国が本当にこのままEUを離脱するのかという点についても、極めて不透明な様相を呈してきている。

一方で、こうした状況を踏まえつつも、英国がEUを離脱するとした場合の、その後の各種のケースを想定して、その影響についての幅広い分析等も行われてきている。ただし、離脱後の英国とEUの関係がどのような形になるのかについては、今後の英国とEUの交渉内容によっているため、こうした分析も、現段階では不確定要素が多い状況となっている。

今回のレポートでは、こうした状況下で、英国の保険業界に焦点を当てて、今回の国民投票の結果を受けての英国の保険会社の反応及び実際に英国がEUを離脱した場合に英国の保険会社が受ける影響等について、報告する。

■英国の保険会社への影響-財務面への影響-

英国のEU離脱が、英国の保険会社に与える影響としては、各種方面からの要素が考えられるが、まずは現在明らかに影響を受けているものとして、財務面への影響が考えられる。

1|市場の混乱・低迷による自己資本比率への影響

国民投票におけるEU離脱決定の発表を受けて、株式市場や為替市場がネガティブに反応している。これにより、保険会社の資産の価額が直接的な影響を受け、保険会社の自己資本比率であるソルベンシーⅡ比率に大きな影響を与えるのではないか、と懸念されている。

具体的には、FTSE100インデックスが大きく下落しており、英ポンドも他の通貨に対して、大きく下落している。一方で、英国国債の格付けは、S&Pが最上級のAAAからAAに2段階引き下げるとともに、FitchがAA+からAAに1段階引き下げ、Moody'sは現在Aa1 の格付けとしているが、3社とも今後の格付け見通しをネガティブに引き下げる等、格下げが行われている。

ただし、これにも関わらず、英国国債の利回りは、リスク回避の動きの中でさらに低下しており、保険会社にとっては、収益面と資産のリスク評価という2つの面で、マイナスの影響を受ける形になっている。

これらの結果、英国国内を中心に営業することで、ポンド建の債務をポンド建資産に一致させる方針で、英国の投資への高いエクスポジャーを有している、英国の国内生命保険会社が相対的に最も大きな影響を受けることが想定される。

一方で、AvivaやPrudentialのように英国外での事業のウェイトが高い会社の場合には、分散効果で影響の程度も比較的少ないと想定される。これらの会社の場合、英ポンドの下落は、英ポンド換算による表面上の業績数値にはプラスに働くことにもなる。

ただし、いずれにしても、今回の株式・債券市場の動きについては、現時点においては、保険会社が日常的に行っているストレステストに比べて、それほど極端ではなく、ソルベンシーに重大な影響を与えるには至らない、と考えられているようである。もちろん、今後さらなるドラスチックな市場の動き等が見られる場合には、会社によっては懸念が発生してくる可能性も否定できないもの、と考えられる。

2|会社の格付けへの影響

1|のような英国国債の格付けが引き下げられてきている状況下で、保険会社の格付けも引き下げられる可能性も出てくる。

短期的な市場のボラティリティによる資産価格の下落等による自己資本比率の低下については、格付けに直結するものではないと考えられるが、英国の位置付けの低下や英国の保険会社の事業を巡る環境の悪化等の英国における資産の長期的な下落要因に基づく自己資本比率の低下については、格付けの引き下げ理由になっていくものと思われる。

3|販売への影響

1|の状況を踏まえて、英国の国内景気の低迷も想定されることになることから、当然に保険会社の英国内での販売にもマイナスの影響を与えることになる。さらには、次に述べるパスポート権の取扱いによっては、英国外のEU加盟国での販売にもマイナスの影響を与えることになる。

この結果として、中長期的には、保険会社の業績に大きな影響が出てくる可能性も否定できないことになる。

■英国の保険会社への影響-パスポート権喪失による影響-

1|パスポート権とは

EUの法律によれば、加盟国における保険会社は、各個別の国のライセンスを取得しなくても、ブロック全体で、業務を実施し、サービスを販売することができる権利が与えられている。これを「パスポート権(passporting rights)」と呼んでいる。

なお、この概念は、保険会社だけでなく、金融サービス全般に共通しているものである。

2|EU離脱によるパスポート権の喪失

パスポート権を保持するためには、英国がEEA(欧州経済領域)加盟国(*1)である必要がある。その加盟権を保持しない場合、英国の保険会社は、パスポート権を失うことになり、EUで事業を行うためには、(英国以外の)EUに子会社を設立することが求められることになる。

この影響は、特にこれを広範囲に使用しているLloyd's(ロイズ)、ロンドン市場及び損害保険市場にとって大きなものとなることが想定されている。パスポート権の喪失は、保険会社が、ビジネス拠点の再構築を余儀なくされることにつながる。新たな保険会社の設立と業務の移転に伴う一時的な費用だけでなく、こうした会社の継続的な運営経費も追加負担として加わってくることになる。

ただし、英国の保険会社の中には、Avivaのように、既にEUの子会社を有しているケースもあり、その場合にはこうした負担は軽減されることになる。さらには、Prudentialのように大陸欧州での事業の位置付けが相対的に低い会社もあり、その影響度合いは各社区々になってくる。

なお、この問題は、英国の保険会社に限定される話ではない。現在、米国や日本を含むアジアの保険会社は、英国に欧州本部を置いているケースや、英国を大陸欧州へのゲートウェイとして位置付けているケースが多い。この場合、これらの会社も本部を別のEUの加盟国に移転することを検討する必要がでてくることになる。これは、英国にとって、労働機会の損失を生むことになる。

ただし、保険業界においても、他の金融業界と同様に、金融センターとしてのロンドンの位置付けは特別である。会計・法律等の専門知識を有する人材が豊富に揃っており、英語を母国語としている国としての強みもある。従って、ロンドンは引き続き高い位置付けを保持できる可能性も高いかもしれない。

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(*1)EU加盟国にアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーを加えた国々
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■英国の保険会社への影響-監督規制への影響-

EU(*2)においては、この2016年1月から、新たな保険監督規制であるソルベンシーII制度がスタートしている。英国がEUから離脱した場合、英国の保険会社に対する規制が今後どのような形になっていくのかも気になるところである。

1|EU同等性評価

EU において事業展開する保険会社は、何らかの形で、ソルベンシーIIの影響を受けることになる。具体的には、現在、EU域外の国(第三国)の保険監督制度に対して、ソルベンシーIIとの同等性評価が行われてきている。具体的には、「再保険」、「グループ・ソルベンシー評価」、「グループ監督」の3つの監督分野について、同等性評価が実施されてきている。

これら3つの各監督分野において、ある第三国の保険監督制度がソルベンシーIIと同等と認められた場合には、その第三国での規制に従う保険会社が、EUの規制に従う保険会社と(同等と認められた監督分野において)同等に取り扱われることになる。

従って、英国がEUを離脱した場合、英国の保険監督制度はこれらの同等性評価の対象となることになる。

英国の保険会社の立場からは、同等性評価が得られない場合、英国とEUの2重の監督規制を受けることにもなりかねないため、同等性評価の結果は大きな意味を持つことになる。先に述べたパスポート権の問題と併せて、もしこれが得られないのであれば、少なくともEUにおける事業の本部を英国からEU内の他の国に移転する等の何らかの対応策が必要になってくることになる。

2|EU同等性評価を得るための選択肢

現時点においては、英国の規制はEUのソルベンシーII指令に対応したものとなっており、英国の法令等に組み込まれている。今後、英国がEUから離脱した場合でも、同等性のステイタスを維持していくためには、EUから離脱した後に行われる各種のソルベンシーII規制の変更に対して、英国も何らかの対応を行っていく必要がでてくる。

これらを踏まえた上で、現時点で英国が採りうる選択肢としては、以下の方式が考えられている。これは、保険の規制だけに関係するものでなく、一般的な通商関係にも対応しているものである。

(1)ノルウェー方式

ノルウェーは、EU加盟国ではないが、EEA加盟国として、EUの単一市場に参加できるように、ソルベンシーIIの規定も適用している。EIOPA(欧州保険年金監督局)においては、アイスランド、リヒテンシュタインと同じく、EU非加盟のEEA加盟国として、オブザーバー会員となっている。

このように、EUの法律や規則を遵守することが求められるが、一方でEIOPAの会員ではないことから、その意思決定には参加できない(*3)。

例えば、技術的準備金の評価におけるリスクフリーレートの補外に関して、EU加盟国のスウェーデンには、「UFR(終局フォワードレート)に20年で収束する」という特別な取扱いが認められているのに対して、同様な市場を有しているノルウェーにはそのような特別な取扱いが認められておらず、原則通りUFRに60年で収束する」という形になっている(*4)。

この両者の取扱いの差異は、ノルウェーがあくまでもEIOPAのオブザーバー会員であるという事実と全く無関係とはいえないものと思われる。

このように、保険監督の規制に関する限りにおいては、英国がノルウェー方式を採用することのメリットはかなり低いものと思われる。

(2)スイス方式

スイスは、EEAに加盟していない5。保険監督に関しては、独自のソルベンシー規制であるSST(Swiss Solvency Test)を有している。スイスの保険監督制度は、「再保険」、「グループ・ソルベンシー評価」、「グループ監督」の3つの監督分野において、完全な同等性が認められている。従って、スイスの保険会社は、EUの保険会社と同等に取り扱われる形になっている。

ただし、これが認められるためには、時間とコストをかけて、EIOPAに評価してもらう必要がある。この方式においても、今後も同等性のステイタスを維持していくためには、ソルベンシーIIの改正に対応して、必要な改正を行っていくことが求められることになる。

英国は、次の3|で述べるように、独自の監督規制を構築することができる体制を有している国である。こと保険監督に関してだけのことを考えれば、スイス方式の方が、手間隙はかかるものの、英国独自の権限を維持しつつ、必要に応じて適切な対応ができるという意味において、まさに今回の国民投票でEUからの離脱を決定した背後にある理念に通じるものがあることから、望ましいといえるのではないか、と考えられる。

3|EU離脱後の監督規制

英国は、保険規制に関しては、一般的に充実した管理体制を有する国であると考えられている。英国の保険監督官庁であるPRA(Prudential Regulatory Agency:健全性規制庁)は、過去において、いくつかの制度を構築してきており6、今回のソルベンシーIIを巡る各種の問題に対しても、積極的に対応して、ある意味でEUにおける議論をリードしてきた。

英国の保険会社やPRAは、これまでソルベンシーIIの実施にかかる時間やコストを批判してきたが、ソルベンシーIIの規制は基本的には英国のアプローチに基づいていると考えられており、だからこそ、それに反対せずに、その構築に貢献してきた。

今回、仮に英国がEUを離脱しても、英国の保険会社に対する規制が、現行のEUソルベンシーIIよりも緩和されるとは思われていない。むしろさらなる強化が行われることになり、追加の資本バッファーを保持することが求められることになるのではないか、と懸念されている。

実際に、EUの加盟国は、ソルベンシーIIに関して、独自のガイダンスを発行することに関して、一定の制約を受けているが、EUを離脱すれば、PRAはより頻度高く、自身の考え方に基づいたガイダンス等を発行して、追加の資本を求めていくことも可能になる。

このことは、英国とEUの規制の乖離を生むことになり、さらに英国の保険会社に対するより厳しい規制は、EUで事業展開する英国の保険会社にとって、障害になる可能性も出てくることになる。

一方で、こうした英国独自の規制を課すことは、ソルベンシーIIとの同等性評価にマイナスの影響を与えることにもなりかねないことになる。

結局は、英国がEUを離脱した場合には、これからのソルベンシーIIの制度に影響を与える機会を得られないにも関わらず、それと類似した制度を受け入れざるを得なくなる可能性が高くなるものと思われる。

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(*2)以下では、実質的には、EEAを指している場合でも、代表する形でEUの表現を使用している。
(*3)さらに、拠出金負担も求められている。ノルウェーはさらに「人の自由の移動」も受け入れている。
(*4)「スウェーデンの生命保険市場-歴史的な低金利環境下で、生命保険会社・保険監督当局はどのように対応してきているのか-」中村 亮一(基礎研レポート)(2015.11.11)
(*5)通商関係においては、単一市場へのアクセス権がなく、個別の分野ごとにEUと協定を結ぶ形になっている。
(*6)例えば、英国は、2005年に、ICAS(Individual Capital Adequacy Standards:個別自己資本要件基準)といわれる制度を導入している。
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■業界団体や個別保険会社の反応

今回のEU離脱を決定した国民投票の結果を受けて、業界団体や各保険会社がコメント等をそれぞれのWebページで公表している。いずれも、主として、「今回の結果を受けても、保険業界や会社の健全性等には問題がない。」ことを顧客に訴求する内容となっている。

1|ABI(Association of British Insuraers:英国保険協会)

ABI事務総長のHuw Evans氏は、以下のコメントを述べている。

さらに、ABIは、EU離脱に関する国民投票後に顧客に対するアドバイスを発表しているが、これも基本的には、上記のコメントと同様の趣旨で、顧客が無用の心配をして、性急な行動を起こさないように、アドバイスしている。

なお、ABIは、国民投票に向けて、残留のメリット、離脱のデメリット等をブログの中での説明してきていた。

具体的には、(1)パスポート権、(2)EU域外の活動の実態(ノルウェーの観点)、(3)通商 等について、その内容を説明してきていた。

2|個別保険会社

個別の保険会社各社も、今回の国民投票の結果を受けて、コメント等を発表しているが、代表的な3社のケースを以下に紹介しておく。

(1)Prudential
顧客向けに、以下のメッセージを送っている。

(2)Aviva
以下の反応を掲載している。

(3)Standard Life
以下のコメントを掲載している。

■まとめ

1|英国における影響

以上のように、英国のEUからの離脱は、英国の保険会社に大きな影響を与える可能性がある。その影響は現時点でネガティブなものばかりで、ポジティブな点を見出すことは困難な状況にあるようである。

また、実際の離脱の影響の度合いは、まさにこれからの英国とEUとの交渉次第によることになる。選択肢がいくつか考えられる中で、英国がどのような選択を行うのか、それに対して、EUがどう対応していくのかによっている。

少なくとも、現在考えられている、ノルウェー方式、スイス方式のいずれを採用するにしても、今後の実施コストや負荷の増加が想定され、これは保険会社にとって大きな負担となる恐れがある。さらには、その方向性が明確にならないこと自体が、大きな不確実性となって、関係者にとってのリスクとなっていくことになる。

2|EUにおけるソルベンシーII規制への影響

英国のEU離脱の問題は、EUにおける保険会社の規制を考える上で、これまで、英国がソルベンシーII規制の構築等に果たしてきた役割を考えると、極めて重要な意味を有していると思われる。英国不在の中で、今後進められていくソルベンシーII制度がどのような方向に進んでいくのか、その中でどの国がリーダーシップを発揮していくのか、大変興味深いところである。

ドイツは、金融・経済・政治の世界では、強いリーダーシップを発揮し、厳しい規制・規律を要求してきている。ところが、こと生命保険の監督規制においては、ドイツの生命保険会社が、昨今の低金利環境の影響を受けて、EU各国間の中では、最も厳しい状況にあることもあり、原則論に基づいて、経済価値ベースのソルベンシー規制を強く主張していける立場にはないものと思われる。

これに対抗する形で存在していた英国が、今回のEU離脱を機にその存在感を低下させていくとすれば、EUの経済価値ベースのアプローチに多少なりとも影響を与えることにもなりかねないものと思われる。

3|市場の混乱・低迷による英国以外の保険会社への影響とその波及

なお、このレポートでは、あくまでも英国の保険会社への影響を述べてきたが、実は今回の英国のEU離脱決定によってもたらされた市場の混乱・低迷による影響は、英国の保険会社に限ったものではない。リスク・オフの進展により、欧州だけでなく、米国や日本を含む世界の金利がさらに低下する状況になってきている。これは、現在低金利環境に苦しめられている生命保険会社の経営をさらに圧迫することになる。

これを受けて、例えば、欧州においては、現在進められているソルベンシーIIにおけるUFR水準の見直しの議論にどのような影響を与えるのか、ドイツ等の中小の生命保険会社等の状況がどうなっていくのか、等が気になるところとなる。こうした問題については、これまでのレポートで繰り返し、触れてきている。今回の英国のEU離脱を機に発生しているさらなる金利低下により、これらの問題にさらに焦点が当たっていくことになることは避けられないものと思われる。

以上、英国のEU離脱が与える影響は幅広い範囲に及んでいることから、離脱を巡る今後の動きについては、世間一般においても極めて関心の高い事柄である。英国の保険監督当局や保険会社、さらには欧州に事業展開している日本の保険会社が、今後どのような対応を行っていくのかについては、引き続き注視していくこととしたい。

中村亮一(なかむら りょういち)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 取締役

最終更新:6/30(木) 13:50

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