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これから「英プレミアリーグが“氷河期”に陥る」話

ITmedia ビジネスオンライン 6月30日(木)6時55分配信

 一体どうなってしまうのか。国民投票の結果を受け、英国のEU離脱が確実となった。これにより大きな影響をモロに受けることになりそうなのが、イングランド・プレミアリーグだ。言わずと知れた英国の世界最高峰・プロサッカーリーグはEU離脱によって、さまざまな弊害が生じることが懸念され始めている。

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 その筆頭がEU加盟国国籍の選手が外国人扱いとなってしまう点だ。1995年12月に欧州裁判所の下した「ボスマン判決」以降、EU加盟国の国籍を有する選手は自国籍扱いとなっていたが、EU離脱となると英国政府発行の就労ビザが必要になってくる。

 プレミアリーグでプレーする上で外国人選手に求められるビザ取得の条件は高い。「直近2年間の国際Aマッチ(年齢制限のないA代表チーム同士の国際公式試合)に75%以上出場」に加え「母国がFIFA(国際サッカー連盟)ランキングで70位以内に入っていること」が基本条件で、これらがクリアできていないとビザは下りない。我々日本人に身近なケースを挙げれば、2002年8月に元日本代表のMF三都主アレサンドロの獲得に当時プレミアリーグのチャールトンが動いたものの、ビザが発行されず破談になったことがある。

 英国のBBC放送によれば「EU加盟国の国籍を保有するプレミアリーグ所属選手のうち、本来はビザ取得の基準を満たさないプレーヤーは100人以上いる」という。

 今季優勝を遂げたレスター・シティFCで大ブレイクし、現在有力クラブ間で争奪戦となっているMFエンゴロ・カンテや、ウェストハム・ユナイテッドFCのMFディミトリ・ペイェらは今でこそ母国フランスの代表チームで常連だが、プレミア移籍当時は代表歴が浅く“EUの恩恵”がなければビザ取得ができず移籍は不可能だった。

 ちなみに2003年8月にプレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドへ移籍したクリスティアーノ・ロナウド(現レアル・マドリード=スペイン・リーガ・エスパニョーラ)も、その契約当時は母国ポルトガルのA代表に召集歴がなかった(同年8月20日にA代表デビュー)にも関わらずビザ取得が免除されている。つまりEU離脱によって、将来的に世界的なスーパースターになりうる他国逸材選手の青田買いもできなくなるということだ。

●英国籍の自国民プレーヤーが“阻害”

 前出の「ボスマン判決」では、EU加盟各国の国内プロサッカーリーグにおいて設けられていた外国人枠についても「いかなることがあってもEU内での移動と就労を制限してはならないというEUの労働規約に反する」との司法判断が下された。プレミアリーグも同判決を機に外国人枠を撤廃している。

 これにより、欧州の移籍市場は一気に活性化。欧州各国のリーグ戦では、そこに出場するメンバーの多くが外国人選手というケースも決して珍しくなくなっていた。テレビ放映権の急騰によって、そこで手にした利益を他国の有力選手獲得に向けることのできるプレミアリーグのチームも数多かった。

 1999年12月にチェルシーFCが先発メンバー全員に外国人選手を起用。それからちょうど10年後となる2009年12月、当時プレミアリーグのポーツマスFC対アーセナルFCの一戦では、とうとう両軍の先発メンバー全員が外国人選手という状況も生まれた。

 英国内では、こうした近年の主流に対して異論が出ていた。自分の国のプロリーグなのに、英国籍の自国民プレーヤーが“阻害”される形になっているのはおかしい――。それこそが排他的かつ封建的な思想を持つ年配の英国民サポーターに共通する考えであると聞く。今回の国民投票でも離脱票の数字を伸ばす流れに大きく幅を利かせたのは、こうした年配層たちだった。

 これに多少の歯止めをかける意味もあって今から6年前に「ホーム・グロウン・ルール」(トップチームの登録人数を25人以内と定め、21歳の誕生日を迎えるシーズン終了までに3シーズンもしくは3年以上の期間でイングランドもしくはウェールズのチームでプレーした選手を8人以上登録しなければならない)が導入された。

 それでもここ数年、プレミアリーグの中で平均的に上位に名を連ね「トップ6」と評されている強豪クラブにおける自国選手の占有率を見てみると、チェルシー:25%、アーセナル:28.7%、トッテナム・ホットスパー:32.4%、リバプール:37.9%、マンチェスター・ユナイテッド:42.0%となっており、いずれも半分に届いていない(2016年5月時点、BBC放送調べ)。

●有力選手たちがプレミアリーグを離れていく可能性

 サッカーのイングランド代表チームは近年、国際大会のタイトルとは完全に無縁で目まぐるしい成績を収めていない。6月27日に行われたユーロ2016決勝トーナメント1回戦でもアイスランドに敗れた。不甲斐ない成績が続く背景に、プレミアリーグにおいて自国民選手がなかなか活躍できない環境があるから――というのが、年配層サポーターたちの共通認識である。それならば自国民プレーヤーたちにとって足かせとなっている“EUの恩恵”なんて取っ払ってしまえという主張だ。

 だが、この主張は限りなく危険と言わざるを得ない。プレミアリーグがドイツのブンデスリーガ、イタリアのセリエA、フランスのリーグ・アン、スペインのリーガ・エスパニョーラなど欧州各国の有力プロリーグを抑えて「世界最高峰」と呼ばれるようになったのも、前出のボスマン判決以降の話。テレビ放映権の高騰によって莫大な収入を得るようになったプレミアのビッグクラブが次々にEU加盟国の有力選手を“乱獲”したことにより、一気に世界的なネームバリューを広げていったのである。

 この構図を理解していないと、近年に築き上げたプレミアリーグの隆盛は音を立てて崩れ去る危険性もはらんでいる。EU離脱の影響によって有力選手がプレミアリーグからスター選手や、その金の卵と目されるプレーヤーたちが次々と離れていけば、当然のように魅力はグンと下がってしまう。放映するテレビ局やバックアップしていたスポンサー企業も撤退し、プレミアリーグに氷河期が訪れるという悪夢のシナリオも想定しなければならないだろう。

 そんな事態に陥るとなると、いくら自国民選手にプレーのチャンスが多く舞い込んだとしても所詮は「井の中の蛙」でレベルアップなど期待はできまい。

 しかも国民投票で「EU離脱」の判断が下されたことによって、今後しばらくは自国通貨のポンド安、それに対してユーロ高の状況が続くことが予想される。そうなると、ユーロ高で高利益の得やすい他のEU加盟国のプロリーグに多くの優秀な選手が集まりやすい環境が作られ、ひいては英国の有力選手たちもプレミアリーグを離れていく可能性が高くなる。こんなことになってしまったら、プレミアリーグにとっては最悪だ。

●プレミアリーグは一気に混迷の淵に

 有識者の多くは「たとえイングランド(英国)がEUを離脱しても、プレミアリーグはEU圏内の選手に対しては何らかの特例措置を設けるはず。そう簡単に自分で自分の首を絞めるようなことはしない」と楽観視しているが、現実はそう甘くはない。

 実際に他方からは「EUを離脱すれば、自動的にボスマン判決の効力が失われる。そういう背景がある以上、プレミアリーグも特例措置を設けづらいはず。しかもこれまで他国の欧州プロサッカーリーグのクラブチームが金に糸目をつけないイングランドの金満クラブを目の敵にしていた状況を考えると、仮にプレミアリーグ側が特例措置を強行して設けた場合、欧州司法裁判所へ提訴に踏み切ることも十分あり得る」との声も出ている。  

 国民投票がまさかの結果となったことで、それまで順風満帆だったプレミアリーグは一気に混迷の淵に陥ることになりそうだ。いずれにせよプレミア関係者や各クラブ経営陣が果たしてどのような打開策を見い出すのかが、今後の大きな焦点となる。

(臼北信行)

最終更新:6月30日(木)6時55分

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