ここから本文です

“フジロックが育てたアーティスト”に訊く【検証】フジロックが20年愛され続ける理由 ~ROVO編~

BARKS 7月2日(土)14時38分配信

「フジロックに育てられたバンド」と言い切ってしまうのは失礼であることは承知している。だがROVOというバンドがフジロックが発展し、「フジロック的なもの」が大きくなるにつれ、存在感を強めてきたバンドであることは間違いないだろう。これまでに8回という多数出演を誇るバンドであり、初参加となった2000年以降はほぼ1年置きに登場、もはや「フジロックはROVOが出る年と出ない年に分かれる」と言われるほど、ある意味で「フジロックという文化」を象徴している。ほぼ同時期に誕生し、時代を併走し続けてきた両者が目指してきたもの、達成したものは何か。リーダーの勝井祐二に話を訊いた。

当時のタイムテーブル

なおROVOは、7月6日に2枚目のベスト盤『ROVO selected 2008-2013』をリリース。10月には待望の4年ぶりニュー・アルバムを発売予定だ。

取材・文=小野島大

  ◆  ◆  ◆

■秘密結社のような僕らが地上に出て
■パーティー・ピープルとロック・フェスがガチンコで出会ったような感触でした

──フジロックは今年で20回目ですが、ROVOは9回目の出演。バンドとしては最多級の出演じゃないでしょうか。

勝井祐二:洋楽ではエイジアン・ダブ・ファウンデーションが過去8回出てるらしいですけど、オレたちも同じ回数出てますね。

──個人としても、ROVO以外のバンドやアーティストへの客演等も含めれば、勝井さんが最多出演に近いんじゃないでしょうか。

勝井:たぶんね、のべ35ステージ以上は出てると思います。でもオレ自身も忘れてるものもあるから。当日突然言われて飛び入りしたとかね。

──しかも一番小さいジプシー・アヴァロンみたいなステージから一番大きいグリーン・ステージまで万遍なく出ている。

勝井:でも全制覇はまだなんですよ(笑)。

──なぜそんなにフジロックから声がかかるんです?

勝井:なぜでしょうね? バンドは面白い時期にフジロックと併走してきたと思います。踊れる音楽をバンドでやるというコンセプトがフジロックに合致したというかね。

──ROVOは96年の結成。第一回フジロックはその翌年です。ほぼ同期。

勝井:僕らは90年代後半のパーティーとかクラブ・ミュージックの流れの中から生まれてきたんです。でも最初は秘密結社みたいなものだったからね。

──アンダーグラウンドなバンドだった。

勝井:ほんとに知ってる人しか知らない、けど異常に盛り上がってるみたいな。そういう状況が一般の人の目に触れたのがフジロックだと思います。

──ROVOのフジ初出演は2000年。これはどういう経緯で実現したんですか。


勝井:その前年の1999年が苗場の初年度だったんですけど、苗場でやるって聞いてから、これから新しいフェスティヴァルの時代が始まるんだって直観したんです。これは凄いことになるぞって。新しい時代がここから始まるんだなと。なので出たかったんですけどうまくいかなくて、2000年にようやく出ることができたんです。

──苗場に移ることで新しい時代がくる、というのはどういうことでしょうか。

勝井:ひとつには、99年にPHISHが出たことですね。

──ありましたね。フィールド・オブ・へヴンで3日間連続出演。

勝井:あれはとてもインパクトがあった。PHISHが山奥のフェスティヴァルで3日間も演奏するんだって驚き。ほかにもフェミ・クティとかドライ&ヘヴィとかオーディオアクティヴとか、ライヴハウスやコンサートホールでロックを観る、という文化とは音楽的にも環境的にも全然違うベクトルであることが、ラインナップを見るだけでも伝わってきました。行きたいな、僕らも出たいなと思いましたね。

──その頃のROVOはどういう状況だったんですか。

勝井:秘密結社ですよ(笑)。恵比寿のみるくという店を拠点にしていたころですね。90年代のクラブ・ミュージックのシーンで、ドラムンベースというものを日本で初めて紹介したのがDJ FORCE(RHYTHM FREAKS)という僕の友だちだったんです。彼とは90年代初頭にたぶん日本で一番最初のレイヴ・パーティーを一緒に始めた仲間同士で。彼がドラムンのパーティーを始めた同じ時期に僕もROVOを結成しました。ROVOはダンス・ミュージックをやるバンドというコンセプトだった。DJ FORCEといろいろ情報交換するうち、一緒にやろうということになって。それもライヴハウスじゃなくクラブでやらないと意味がない。ちゃんと踊りにくるお客さんがいる場所でやる。それがROVOでやりたいことだったから。その演奏場所は恵比寿のみるくしかなかった。クラブで、なおかつライヴもできる場所。90年代後半のみるくは遊び場所としてもぐっちゃぐっちゃに盛り上がってたから、特に目的がなくてもみるくに行けば面白かった。友だちもいるし面白い音楽も聴ける。僕、みるくのオープニングにも出てるんですよ。デミ・セミ・クエーバーとか。

──ああ、懐かしいですね。

勝井:なので97年~99年ぐらいが恵比寿みるく時代。土曜オールナイトで夜中の1時スタートなんですけど、もう(お客さんが)熱かったですね。メディアに取り上げられるわけじゃない。口コミしかないんですけど、でもめちゃくちゃに人が来て、ぐちゃぐちゃに盛り上がってた。やがてみるくではできなくなって、新宿のリキッドルームに拠点が移るんですけど、その端境期ぐらいだと思います。フジロックを苗場でやるという話を聞いたのは。

──なるほど。

勝井:これは何かが変わるな、と思いましたね。ロック・フェスというものが始まる。自分たちが見たいと思うような音楽が集まる、ものすごく大きな場所が始まる。これは絶対に出たい、と思いましたね。その頃には新宿リキッドで、だいたい500人から800人ぐらい動員があったんです。小野島さんが初めてROVOを観たのもその頃ですよね。

──そうです。懐かしいですね(笑)。

勝井:でもフジのステージ(フィールド・オブ・へヴン)はもっと広いしどうかなと思ったら、すごくたくさんお客さんも来てくれて、盛り上がってくれた。なにより僕たち自身、アンダーグラウンドから地上に出てきて、とても楽しくできましたね。僕らは90年代のレイヴ・パーティーの文化から出てきたバンドなんで、意識としては。なのでパーティー・ピープルとロック・フェスがガチンコで出会ったような、そんな感触がありました。

──クラブ・カルチャーとロック・フェスが出会うことで新しい文化が生まれてきた。

勝井:そう思います。ロック・コンサートに通っていたロック・ファンだけだったら、今のフジロックみたいな文化は生まれなかったと思う。僕らの秘密結社時代は、踊るための機能性を徹底して追求するバンド・サウンドと、とにかくカタチなんか気にしないで踊りまくることで参加するお客さんの、強い関係性があった。これは今ここでしか起きていない。世界中どこにも起きてない。恵比寿みるくにいる200人と俺たちだけで共有している動きだったんですよ。それと、ロック・フェスという文化が出会うことで生まれたのがフジロックだったんじゃないかと思うんです。

──アンダーグラウンドな世界からもっと開かれた広い場所に行ってみたいという気持ちはあったわけですね。

勝井:もちろんです。アンダーグラウンドなことをしたかったわけじゃなく、僕たちがやっていたことを一番最初にアンテナを立ててキャッチしたのが、みるくのお客さんだったわけですよ。テレビに出てるわけじゃない。口コミで情報をキャッチして、土曜の夜中のみるくはめちゃくちゃ盛り上がってるらしいぞっと知った人たち。それはレイヴやドラムンベースのパーティーでも起こっていたことで、そういう人たちが僕たちをキャッチしてくれた。フジロックはそれをもっとスケールの大きな単位で表現できる格好の場だったわけです。

──野外レイヴも盛り上がりつつあった時代ですね。RAINBOW 2000が1996年。

勝井:うん、僕らも90年代半ばから野外レイヴには関わったり遊びに行ったりしてたんで。その動きは当然苗場のフジロックに、吸い寄せられるように流れ込んでいきましたね。いろんな動きが苗場に集結してきたわけです。今思うと、2000年フジロックのラインナップが、実験的なんですよ。僕らだけじゃなくて、OOIOOとかKINOCOSMO、AOA、SOFT、JOUJOUKA、STROBOとか。

──ああ、はっきりとした傾向というか意図が感じられますね。

勝井:そうそう。そういう風に湧き上がってきたダンスという流れをキャッチできるバンドは全部出したんだと思う。その中で結果的に僕らがフジロックという場と馴染んだ。同じ時間を併走するのに向いてたんでしょうね。

■ 東京だと知らない人から「勝井さん」って滅多に声をかけられないけど
■ フジの会場だと超有名人。そこらを歩いてるだけでみんな寄ってくる(笑)

──2000年の時のステージはフィールド・オブ・へヴンですね。

勝井:そうです。前の年にPHISHが出た。それはもう明確に意識してました。これはPHISHの出たステージだと。というかそもそもPHISHのために作られたステージだったと思うんですよね。

──かもしれないですね。

勝井:あそこのスタッフとかお店の人たちとか、今でもずっと変わらず同じなんですよ。そこに入って、「ここのバンドだ」って認めてもらえた年というか。

──フィールド・オブ・へヴンが一種のコミュニティであり解放区なんですね。

勝井:そうそう。

──フジロックの中でも特別な場所である。

勝井:もちろんそうです。僕らは「へヴンのバンド」なんです。たぶんへヴンの人たちもそう思ってくれてるはずなんで。僕ら9回のうち6回へヴンなんですよ。

──偏ってますねえ(笑)。

勝井:偏ってます(笑)。あとはホワイトが2回とレッドが1回。

──それだけ数多く出てると、年ごとの記憶とか曖昧になりそうですが、特に印象に残っていることとかありますか。

勝井:2012年にホワイトに出た時に、僕らもそうだけどみんながびっくりするぐらい人が来て。あれ、もしかしたら入場規制に失敗したんじゃないかな。

──ええっ?

勝井:入場規制って最初からかけて導線を確保しないとできないんだけど、俺たちにそんなに客がくると思わなかったみたいで。入場規制をかける前に、フロアが全部埋まったんだと思います。なので僕らの友だちが辿り着けなかったりして。ものすごい数の人がいたんだと思いますよ。あそこはきちんと導線確保して満員で15000人と言われてますけど、たぶんそれを超えたと思う。あれは凄かったですね。見渡す限り人で、道がない(笑)。

──アンダーワールドのライヴDVD(『EVERYTHING,EVERYTHING』)に満員のホワイトの様子をステージから撮ったショットがあるんですけど、壮観でしたね。あれはステージに立った人しか知らない光景で。

勝井:凄い光景ですよ。そこがフジロックの凄いところで。僕らが普通にやってワンマンで1万人も来るなんてまずありえないけど、フジロックという場所では、15000人を超える人たちが、僕らを見に来た。もちろんタイミングもあると思うんですけど。

──裏に誰が出ていたかという()ことも関係しますもんね。

勝井:そうそう。でもそういう状況が起きるのはフジロックならではだと思います。ほかでは起きない。

──メタモルフォーゼとかライジングサンとか、ほかのフェスも出る機会があると思います。比べてフジロックはいかがでしょう。

勝井:フジロックが野外フェスという文化のフラッグシップ・リーダーだと思いますね。ほかのフェスはある種、フジロックの理念を道しるべとしているところがあって。フジロックもそれをわかったうえで運営している。

──フジロックから受けた影響って何かありますか。

勝井:やはり多くの人たちに知ってもらえるきっかけになったのはフジロックだと思いますね。僕らがやろうとしていたことと、フジロックの方向性がうまく合致した。時代的にも。

──ROVOがフジロックのお客さんを教育した面もある気がします。

勝井:いやいやそんな! それはないと思いますよ。

──クラブで踊る習慣がある人は別だけど、当時の普通のロック・ファンは慣れてなかったと思う、踊るって行為に。それにROVOは曲が長いし、歌もないし、メリハリのある展開もないし、繰り返しの多いずーっと潜ったようなダウナーな曲調が続いて、それに焦らされ焦らされ、いつのまにか盛り上がって最後は大爆発するというパターンが多いじゃないですか。つまり従来のポップスやロックとはまったく違う楽曲構造がある。ROVOを聴くことでお客さんがそういうものに慣れたということはあるんじゃないでしょうか。

勝井:ああ! そうかもしれないですね。

──こういう音楽の楽しみ方、気持ち良さもあるんだってことをフジロックに来る人たちに教えたというのもある気がします。

勝井:なるほど、それはあるかもしれない。

──あとね、意外にフジに来るお客さんで、ホワイトより先には行かないって人も多い気がするんですよ。「ROVOっていうのが最近評判だけど、ホワイトだから観てみるか」みたいな人も多かったんだと思う。

勝井:なるほどね。へヴンやオレンジコートはそういう人たちにとっては「地の果て」みたいな(笑)。でも僕らもともとそういう地の果ての出身なんで(笑)。地下15階みたいな、知ってる人も知らないみたいな(笑)。ROVOの翌年に渋さ知らズも出るんですけど(当時は勝井も参加していた)、あんなアングラ中のアングラみたいなバンドが表に出て、盛り上がったのは、フジロックの力が大きいんじゃないですか。

──確かに。

勝井:渋さがグリーンの朝一番に出た時があったんですけど(2004年)、あれはいい想い出ですね。演奏するうち、人がどんどん集まってくるんですよ、僕らのステージに向かって走ってくる。「やってるやってる! 急げ!」って。どんどん人が増えてくる。すごくいい光景でしたね。

──目に浮かびますね。

勝井:ROVO以外でも地方に行く機会が多いんですけど、フジロックでROVOを観たって人がすごく多い。全国どこでもいますね。北海道から沖縄まで。○○年のフジロックで観ました!みたいな。僕らも全国津々浦々回れるわけではないけど、フジロックという舞台があるからコネクトできてる。

──恵比寿みるくはアンダーグラウンドな地下世界だったけど、フジもある意味で外界から切り離された大きなコミュニティという感じもありますね。

勝井:そうですね。絶対そうだと思う。変な話ですけど、僕が東京を歩いてて知らない人から「勝井さん」って声をかけられることなんて滅多にないけど、でもフジロックの会場だとオレすっげぇ有名人ですから(笑)。そこらを歩いてるだけでみんな寄ってくるから(笑)。あそこは僕の知名度が世界で一番高い場所ですね(笑)。

──フジロック限定有名人。

勝井:ほんとそうですよ!(笑)

■ フジのバックステージにはアーティストがくつろげる場所が一切ないし
■ ライブを観たければ僕たちも会場を歩かざるをえない。でもそれは当たり前のこと

──そこもフジの特殊性というか、ほかのフェスだとアーティストがそんなに気軽にお客さんのいるところに出てくることはないと思うんですよ。なぜかといえば、バックステージの居心地がよくて、外に出る気がしないから。

勝井:そうそう。フジにはバックステージにアーティストがくつろげるような場所が一切ないんですよ。そこはすごいですよ。日高イズムですよね。バックステージでアーティストをケータリング・ルームとかで手厚くケアしてくれたのはたぶんライジングが最初だと思うんですよ。あまりに心地よくてそこから動けなくなる。1年に一回か2年に一回、そこで会えるミュージシャンの友だちが一杯いて、すごく楽しいんです。でもフジはそういうのは一切ない。でも、それがフジロックなんですよ。

──ミュージシャンの人たちを特別扱いしない。お客さんと同じように会場に出ろと。

勝井:そう。僕たちも歩かざるをえないんですよ。

──そこはあまり語られないことだけど重要で。アーティストの人が他のバンドを見ようとしたら、お客さんと一緒に山道を歩かなきゃいけない。裏道とかあるわけじゃないから。

勝井:そうなんですよ。でもそれは当たり前のことなんですよね。だから移動途中に雨に降られてケイタイ水没、とか何度もやってますよ(笑)。でもそんなもんじゃないですかフジロックって。

──そうですね。今回のテーマは失礼ながら「フジロックに育てられたアーティスト」というものなんですが、そういう実感はありますか。

勝井:実際フジロックがなかったら、バンドのありようも絶対違ったと思いますよ。フジロックって単なる娯楽ではなくて、ひとつの文化になったわけじゃないですか。そこで併走したっていうか、一緒に作ってきたって気持ちはありますね。

──なるほど。今年はどんな感じになりそうですか。

勝井:まだわからない。でもベスト盤も出ますし、新しいアルバムもちょうどレコーディング中なんで、その2つが混ざってくると思います。

──ベスト盤は2008年以降の楽曲集めたもので、最近のROVOのベスト盤という感じですね。

勝井:そうですね。各アルバムからバランス良く、あとは代表曲を、ということですね。僕らフジロックにもよく出させてもらってるし、毎年日比谷野音のライヴもやってますけど、来てくれる人たちが全員アルバム買ってるわけではないので。

──たぶんそうですね(笑)。

勝井:曲名すら知らないって人が多数だと思うんで、そういう人たちに届けやすいと思ったんですよ。新しいアルバムは新しいものを提示したいという気持ちが強いですけど、ベスト盤は手にとって入りやすいものを作りたかったんです。前にもベスト盤を出したんですけど、それは中西宏司君(Syn)がいて7人編成だったころ(2001~2004年)のベスト。今回のは彼が抜けて6人編成に戻ってから(2005年~2013年)のベストなんです(2006年発売の『CONDOR』は除くので実質は2008年~)。

──音楽的にはどういう時期だったでしょう。

勝井:ひとつは、すごくシンプルでミニマルなものでスタートしたバンドの音楽が、メンバーそれぞれの異なるバックボーンが滲み出るようになってきて、バンドのいろんな面が出てきた時期ですね。で、いろんなことがありながらも、一番最初の「踊れる」というコンセプトと、繰り返しの多いミニマルな音楽、という2つの大きな幹があって、そこからはずれないように、と確認をしながら進んできた感じかな。

──それにしても創立時のメンバーがそのまま代わらず残って20年間。なぜこれだけ長い間続けられたんでしょう?

勝井:面白いからじゃないですか? メンバーそれぞれが。「面白いなあこの人、ちょっと変わってるけど」と思える。あとは、これだけ長いことやってるとファミリーではあるんですけど、いわゆる運命共同体じゃない。学生時代の友だちがそのまま続いてるわけじゃなく、メンバー全員大人になってから始めたバンドだった。キャリアもバックボーンも年齢も全然バラバラな、それぞれがソロ・アーティストとしてやっていけるようなメンバーが作ったバンドだから、人のせいにできないんですよ。お前が詰まらないからツマンナイんだよ、ということがない。ツマラナイなら、それは自分のせいなんですよ。だから長続きしている。

──メンバー全員ほかに活動の場があるから、自分のエゴみたいなものはそっちで発散できてるのかも。

勝井:うん、そうなんでしょうね。もちろんエゴはそれぞれあるんだけど、それが全体としてまとまるような場所として機能している。それが機能しなくなる瞬間がきたら、終わるんじゃないですかね。

──なるほど。でも今の調子なら当分大丈夫そうですね。

勝井:まあ、みんな健康で長生きしてくださいって(笑)。

──(笑)健康上の理由ぐらいですか、やめる理由があるとしたら。

勝井:はっきり言ってそれしかないんじゃないかな。僕にとってはライフワークだから。ほかのメンバーは違うと思うけど(笑)。

──どういう意味でライフワーク?

勝井:これをやるべきだってことをはっきり感じたからじゃないですか。

──20年前に。

勝井:そう。それはもうはっきり、オレがやるべきだって思いましたね。オレしかできない。オレがやるべきことをはっきりと見つけた瞬間があったので。一回目のライヴの時ですよ。恵比寿みるく。いろいろ考えて準備してきたことが予想以上にうまくいって、お客さんの反応もよくて。その時ですね。「あっこれだ!」と思った。

──20年たってもそれが続いてるのは凄いですよ。状況だって変わるし、勝井さんだって変わるだろうし。

勝井:ねえ。たぶんROVOで大ヒット飛ばしてすげぇお金が入ってきて、みんなROVOのメンバーだけで食えてたら、たぶん揉めてるんじゃないですか(笑)。金のことで。「お前取り過ぎてるじゃねえか!」とか(笑)。要はみんな自立している。バンドに寄りかからないでも生活できてるから。もちろんこのバンドは大切だけど、このバンドがないと生活できないとか、音楽家として自立できないとか、そういう人は1人もいないから。だから続いてるのかもしれないですね」

  ◆  ◆  ◆

「フジロックは単なる娯楽ではなく、ひとつの文化になった」と勝井氏が話したように、フジロックは、言うまでもなく興行という枠にとどまらず、メッセージを大いに放ってきた場だ。そして、小野島氏がフジロックとは「ある意味で外界から切り離された大きなコミュニティ」と評したことも、フジロックがいかに“ひとつの文化”として独立した確固たる存在であるかということに通じるだろう。表面的な露出をしているわけではないアーティストをこの大舞台にフックアップすること自体も、主催者からオーディエンスに対するダイレクトな音楽的な提案であり、メッセージ。それが、ROVOのような現場主義のバンドとも出会えるチャンスを我々に与えるのであり、このような現場でのかけがえない出会いこそがフジロックの醍醐味だ。

音楽フェスとしてのフジロックのカラーが根付いた今、こうしたオルタナティブなアーティストを大自然のもとで全身で味わおうと会場へ向かう参加者も多いだろう。その一方で、こうした音楽に普段は馴染みのないフジロック未経験者に対しては、さまざまな音楽と触れ合いたいという欲求を持つ音楽ファンであれば、やはりその場に足を踏み入れて欲しいということを改めて提案したい。今回の取材で再認識したシンプルな本意である。(BARKS編集部)

ベストセレクションアルバム『ROVO selected 2008-2013』
2016年7月6日発売
全国流通盤
WRCD-69 ¥2,160(税込)
ROVO organization/wonderground music

1. ECLIPSE (from “RAVO”)
2. BATIS (from “PHASE”)
3. HINOTORI (from “Phoenix Rising LP”)
4. MELODIA (from “NUOU”)
5. D.D.E. (from “PHASE”)
6. SINO DUB (from “LIVE at MDT Festival 10th Anniversary 2012”)

オリジナルアルバム『NUOU』(2008年)、『RAVO』(2010年)、『PHASE』(2012年)、そしてROVO and System 7『Phoenix Rising LP』(2013年)の中から代表曲5曲と、2012年の日比谷野音LIVEアルバムから渾身の1曲を収録。珠玉の6曲74分の宇宙旅行!

<濱Jam祭 presents ROVO 20th Anniversary LIVE 横浜公演>
2016年8月26日(金) 横浜THUMBS UP
OPEN/START 19:00/20:00
※ROVOワンマンLIVE
チケット料金:前売¥3,500/当日¥4,000(ドリンク別 / 200名限定)
■前売りチケット:6月25(土)より、e+(イープラス)、THUMBS UP(電話予約のみ TEL:045-314-8705)にて、発売開始。6月26日(日)より、THUMBS UPでのメール予約、店頭販売開始 http://stovesyokohama.com(入場順は、イープラスと会場メール予約それぞれ整理番号順に2列での入場となります。)
横浜公演info.:横浜THUMBS UP Tel:045-314-8705


【ROVO プロフィール】
勝井祐二(Vln)、山本精一(G)、芳垣安洋(Dr/Per)、岡部洋一(Dr/Per)、原田 仁(B)、益子 樹(Syn)

「何か宇宙っぽい、でっかい音楽をやろう」と、勝井祐二と山本精一を中心に結成。バンドサウンドによるダンスミュージックシーンの先駆者として、シーンを牽引してきた。驚異のツインドラムから叩き出される強靱なグルーヴを核に、6人の鬼神が創り出す音宇宙。音と光、時間と空間が一体となった異次元時空のなか、どこまでも昇りつめていく非日常LIVEは、ROVOでしか体験できない。全国の大型フェス/野外パーティーにヘッドライナーとして連続出演し、毎年5月には自身オーガナイズによる“MDTフェスティヴァル”で、恒例の日比谷野音を熱狂させる。
2016年にはバンド結成20年を迎え、各地で20周年記念LIVEを行い、10月には4年ぶりのニューアルバムをリリース予定。
国内外で幅広い音楽ファンから絶大な信頼と熱狂的な人気を集める、唯一無二のダンスミュージックバンド。

<FUJI ROCK FESTIVAL'16>
2016年7月22日(金)23日(土)24日(日)
@新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※各券種、受付などの詳細はオフィシャルサイトへ http://www.fujirockfestival.co

最終更新:7月2日(土)14時38分

BARKS