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曳山の人形作り佳境 小城祇園700年祭

佐賀新聞 6月30日(木)10時22分配信

九州と下総千葉氏 武将2人モチーフに

 7月23、24日の「小城山挽祗園700年祭」に向け、小城市小城町の下町では曳山(ひきやま)の山鉾(やまほこ)に飾る人形作りが佳境に入っている。700年の大祭となる今回は集大成として南北朝時代、九州千葉氏と下総(しもうさ)千葉氏が争った武将2人をモチーフに選んだ。約1万人の人出が予想される祭り本番では、人形師たちが腕によりをかけて作った勇猛な“時代人形絵巻”が街を練り歩く予定だ。

 下町の人形作りは毎年、歴史上の合戦などでライバルとなった武将2体を取り上げ、時代考証を加えながら5月中旬から週2回、地区の集会場に10人の人形師が集まって製作している。2年前からは関東から下向し小城に居着いた九州千葉氏に関わる武将を選んでいる。

 1年目は鎌倉時代末期、2度の元寇で活躍した千葉頼胤(よりたね)・宗胤(むねたね)親子。昨年は南北朝時代、福岡市の多々良浜で戦った千葉胤貞(たねさだ)と菊池武敏を取り上げ、3部作となる今年は、千葉一門の従兄弟同士で戦った北朝側・九州千葉の胤貞と南朝側・貞胤(さだたね)の武者人形を作っている。

 2人の千葉氏の武将を選んだことに人形師の代表・加藤正治さん(65)は「結果的に北朝側についた胤貞が勝利し、本家の下総千葉氏を継ぐことになる。これは同時に中世小城の興隆につながり、胤貞は郷土にとってはキーパーソン。2人のライバル関係は大祭で披露するのにふさわしい」と話す。

 人形製作では、顔の表情に気を使った。戦国武将と違ってこの時代の顔立ちを公家風に意識し、口ひげはきれいに整えて描いた。ただ、2人とも顔を紅潮させ、従兄弟同士の戦いゆえに戦いへと駆り立てる表情にしたという。

 本家筋が小城に滞在したことを知ってもらいたいと考え、千葉氏の家紋「月に星」の前立てを施した兜を胤貞に被(かぶ)らせる。加藤さんは「山鉾はこうした1年ずつの積み重ねで700年に至った歴史の重みを引いている」と話す。

 小城山挽祗園700年祭では、上町、中町、下町の3町の曳山を、当日飛び込みで一般の来場者も引くことができる。法被も貸与する。詳しい問い合わせは実行委員会、電話0952(73)4111。

最終更新:6月30日(木)10時22分

佐賀新聞