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ヌーヴェルヴァーグの巨匠ゴダールがフィルムに焼き付けた原色のエロス

dmenu映画 6月30日(木)22時10分配信

言ってしまおう。ジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』(60)『気狂いピエロ』(65)は、究極のエロ映画だと。1960年代のヌーヴェルヴァーグ(新しい波)のエロスを推進するにあたり、ゴダールは2人のミューズを手に入れた。ひとりはアメリカ人女優ジーン・シバーグ(ジーン・セバーグと表記されてきたが、正しい発音はシバーグなので)、もうひとりはデンマーク人女優アンナ・カリーナである。

『勝手にしやがれ』のジーン・シバーグは、「ニューヨーク・ヘラルド・トリビューン」のぴったりしたTシャツを着て、シャンゼリゼ大通りに現れる。アメリカ人留学生という役柄なのだ。当時21歳ぐらいの彼女は、1957年に出演したハリウッド映画『悲しみよこんにちは』(57)のイメージのままに、「セシルカット」というボーイッシュなベリーショートで登場する。ゴダール監督はこの映画でジャンプカットを多用した。いまやヌーヴェルヴァーグの代名詞ともいえるこの手法により、セックスシーンは意識的にカットされ、その前後のシバーグがアップで繋がれる。直接の行為は描かれない代わり、この編集が繰り返されることで、シバーグが帯びた“熱”は映画館の客席にまで伝播し、僕らは思い切り彼女に恋をした。

でもゴダール監督の本当のエロス(愛)は、アンナ・カリーナだ。本名ハンネ・カリン・ブラーク・バイエル。1940年生まれで、家出同然でパリに向かう。まだ10代でお金もなかったが、モデルをしているときに、カメラマンの忠告どおり当時『ELLE』編集長だったエレーヌ・ラザレフに会いに行き、そうしてココ・シャネルに出会う。名前のハンナ・カリンをもじり、芸名をアンナ・カリーナとしたのは、シャネル本人。これは有名な話だ。

そしてアンナ・カリーナは、ピエール・カルダンのマヌカンとして活躍し始める。1960年、『小さな兵隊』を準備していたジャン=リュック・ゴダール監督はコマーシャル女優だったアンナ・カリーナに白羽の矢を当てる。ちょうどそのころ、「出演者および18歳から22歳の娘を求む」という新聞広告をゴダールが出していたから、これは花嫁探しかと、ゴシップライターたちも大騒ぎだった。映画出演を固辞するカリーナに、赤いバラ50本持って、ゴダールは誠心誠意口説いた。結局、ふたりは結婚することに。ヌーヴェルヴァーグの花嫁の誕生だった。

ゴダールとカリーナは共同で作った映画製作会社「アヌーシュカ・フィルム」 で、白黒映画『小さな兵隊』(60)『女は女である』(61)『女と男のいる舗道』(62)『アルファヴィル』(65)を製作。同年離婚するが、その後も『気狂いピエロ』『メイド・イン・USA』(66)、オムニバスの1編『未来展望』(66)を製作している。なんとゴダール監督はアンナ・カリーナを、1960~67年のあいだに撮った7本の長編映画と1本の短編映画のヒロインにしている。

アイメイクをバッチリと施した瞳、猫のような鋭い視線、自然な髪型、しなやかな肢体、あっけなく男を裏切る自由奔放な役がらが、嫌味なくカリーナに似合った。そして、彼女のそのファッションもゴダール映画における重要なポイントになっている。ピンクのフリルのついたワンピースに水色のカーディガンをはおり、右手にはマシンガンを持つ。あるときは赤いワンピースに小さな犬の形のバッグを合わせている。港のシーンでのキュートなマリンルックには、ターコイズ・ブルーのパンツにバレエシューズを難無く着こなしていた。彼女の身長は170センチあって、どんな服でも似合った。

原色の洪水が織りなすエロス。ゴダール監督は原色のなかでも赤を大胆に使うことが多かった。カリーナにも赤いセーターやワンピースを着せ、赤いストッキングを履かせている。どれもほんとうに可愛くて美しい。プライベートもオフィシャルもない。映画作家ゴダールは、もっとも美しいアンナ・カリーナを71/2本のフィルムに残したのだ。

ゴダール監督は、“映画とは男が女を撮る歴史”だと言っている。ゴダール映画にとっての女、エロスとはまさしく1960年代のアンナ・カリーナに他ならなかった。

最終更新:6月30日(木)22時10分

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