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「日本で一番悪い奴ら」の生みの親 違法捜査まみれの「平成の刀狩り」とは

THE PAGE 7月1日(金)19時0分配信

 北海道警の元警部の告白本を題材にした映画「日本で一番悪い奴ら」によって、いわゆる「平成の刀狩り」があらためて注目されている。平成の刀狩りは警察庁の強い指揮のもと、1992年以降、全国の都道府県警で本格化した拳銃摘発の一大プロジェクトの通称だ。拳銃捜査では「道警のエース」とされた元警部が2002年に銃刀法違反や覚せい剤所持などで逮捕され、その裁判を通じて違法捜査にまみれた「刀狩り」の実態が明るみに出ると、警察庁は根本から方針転換を余儀なくされた。警察白書や元警部の告白本などをもとに、10年にわたり弊害を生み続けたプロジェクトの一端を探った。(フリー記者・本間誠也)

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 「コインロッカーから拳銃 『暴力団辞めたくなった』と署に通報」「墓の土中から拳銃押収」――。新聞記者として1992年から94年まで道警の札幌市内署を担当していた筆者はこの間、報道メモを元にこうした原稿を月に1本程度は書いていた記憶がある。

「暴力団員は何て素直なんだ。わざわざ署に電話するなんて」。そんな疑問を抱きながらもキャリアの浅さから深く考えることもなく、「(92年3月施行の)暴対法によって奴らも追い詰められてるんだ」という道警の広報担当の言葉にうなづくだけだった。先輩記者たちも当時、隠された正体に気づいてはいなかっただろう。仲間内の話題にも上らなかった。

拳銃を挙げれば挙げるほど捜査費がつく

 この時期、警察庁は旧ソ連解体後のロシアからの拳銃流入に加え、自民党の金丸信副総裁の銃撃事件(92年)などを受け、銃器摘発の強化策を次々に打ち出していく。警察庁で拳銃捜査を担う刑事局保安部は93年の銃刀法改正を受け、銃器所持で自首した者への刑の減免規定を設置。94年に同局保安部は生活安全局へ「格上げ」され、局内に銃器対策課と薬物対策課を新たに設けた。続く95年には再び銃刀法が改正され、「おとり捜査」のときに捜査員が相手から拳銃を受け取っても不法所持にはならないというルールも敷いた。

 銃器摘発に焦点を絞った警察庁主導のプロジェクト「平成の刀狩り」のもと、前出の元警部が所属した道警本部も防犯部を生活安全部に名称を変更。93年には同部に拳銃捜査に特化した銃器対策室を新設した。

 「銃器対策室は警察庁肝いりだったため、当初は豊富な予算が計上された。道警にとって銃器対策室は警察庁からカネを引き出すために期待された部署で、拳銃を挙げれば挙げるだけ、国から捜査費が報奨金のように下りてくる。異常な雰囲気の中でスタートした」。それまでの銃器押収の実績を評価され、93年の発足時に同対策室の係長に就いた元警部は告白本「恥さらし」(講談社)の中でそう振り返っている。

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最終更新:7月1日(金)19時0分

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