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オフィス市場におけるインバウンドの影響~教育関連施設やアジア系企業の拡大などに期待~

ZUU online 7月1日(金)11時40分配信

■要旨

インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大を受け、ホテルや民泊、一部の商業施設などで需要拡大がみられた一方、賃貸オフィス需要への影響は明確ではない。

しかし、オフィス供給面をみると、海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の拡大が、築古ビルの取り壊しなどを促進し、オフィス供給を抑える要因のひとつになっている。

今後、メルボルンや香港での事例にみられるように、東京でも教育関連施設やアジア系企業などによるインバウンドオフィス需要の拡大に期待したい。さらなる都市の国際化と発展に向け、インバウンドの拡大を一時的な需要に止めず、有力な外資系企業や人材の定着に繋げることが重要である。

■インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大

インバウンド(訪日外国人旅行)の拡大は、2015年の訪日外客数が2,000万人に迫る1,973万人になるなど、当初の想定(*1)を大きく上回るペースで進展している。他の「成長戦略」分野では難題が多くみられるものの、観光立国の実現に向けた取り組みは順調といえる。

インバウンドの拡大は不動産関連分野への寄与も大きく、全国のホテル稼働率が過去最高水準で推移している他、外国人観光客が集まる大都市を中心に、一部の商店街や百貨店、免税店などで大幅な売上拡大がみられた。

加えて、宿泊需要の拡大を背景に、一般住宅の空き部屋を宿泊施設として用いる民泊という新しい不動産ビジネスが広がっている。とりわけ、規制の整備も間に合わないほど急速であった民泊の拡大は、関係者に限らず高い注目を集めた。

海外から簡単にインターネットで予約(*2)できる民泊は、比較的安価で、日本の日常を体験できる側面もあることから、外国人旅行者に人気である。そもそも、民泊は欧米を中心に普及(*3)してきたビジネスであるため、日本でも利用経験のある外国人旅行者が中心に利用しており、ホテルや商業施設と同様、インバウンドの主な受け皿になっている。

一方、賃貸オフィス市場では、インバウンドの影響は明確には認識されていない。たとえば、インバウンド需要を享受するホテルや小売チェーンは、店舗網を拡大してもオフィスまで拡大するケースは少なく、また、一部の小売チェーンが店舗用にオフィススペースを賃貸することはあるものの、限定的でオフィス市場への影響は小さい。

インバウンドの拡大は部分的に景気を支えてはいるが、オフィス需要に寄与しているとの認識は薄く、恩恵が顕著な宿泊施設、商業施設市場とオフィス市場との間でインバウンドに対する温度差がみられる。

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(*1)2008/6/20の観光立国推進戦略会議において、2020年までに訪日外客数を2,000万人とする目標が設定されていた。政府は2016/3/30に、新たな目標として2020年に4,000万人、2030年に6,000万人と発表した。
(*2)欧米人に人気の「Airbnb (エアビーアンドビー、米サンフランシスコ本社)」の他、中国人が主に利用する「住百家」、「途家」、「自在客」などのウェブサイトからも予約できる。
(*3)Airbnbは2008年に設立し、その後、世界的に展開。
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■海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の影響

このように、オフィス需要へのインバウンドの影響は明確でないが、オフィス供給面に眼を向けると、海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の影響が無視できないものとなっている。

東京についてみる前に、顕著な例としてオーストラリアのシドニー(*4)の事例を紹介したい。近年、シドニーでは、住宅価格の高騰(*5)を背景に、築古オフィスビルから住宅への建て替えがオフィス需給を支える主な要因のひとつになっている。

シドニー中心部では、築古のオフィスビルを取り壊し、高級コンドミニアムに建て替え、分譲するケースが多い。高級コンドミニアムは、中華系富裕層などによる投資用の需要も強く、特に分譲価格の高騰が顕著である。中華系富裕層によるシドニーの高級物件の取得は、東京都心よりも活発で、複数みられる中国本土企業による開発物件(*6)では、ほとんどのユニットを中華系顧客に販売するケースも珍しくない。

このようにコンドミニアム価格の高騰が開発、分譲事業の採算性を高め、オフィスビルの取り壊しを増加させている。クッシュマン・アンド・ウェイクフィールドによると、今後の4年間でシドニーCBDの約20万㎡のオフィスビルが取り壊され、2017、18年には、取り壊しが新規供給を上回り、オフィスストックが縮小する(Net Supplyがマイナスになる)見込みとなっている。

これは、東京の賃貸オフィス市場にも部分的に当てはまっている。東京では、築古ビルの取り壊しなどにより、過去3年にわたり賃貸オフィスビルの棟数が減少してきた。

複数の中小ビルを大規模ビルに建て替える他、マンション価格の上昇を受け、都心の築古オフィスビルを高級マンションに建て替えるケースも多い。東京都心でも、シドニーと同じように海外資金の流入がマンション価格高騰の一因となっている。

また、最近ではインバウンド宿泊需要を反映して、都心の築古オフィスビルを取り壊し、ホテルを開発するケースも増加している。さらには、取り壊さずに内装をリニューアルし、オフィスビルからホステルなどに用途変更するケースも少なくない。

こうしたオフィスビルの取り壊しなどは、新規供給の一部を相殺し、現在のタイトなオフィス需給を支える要因のひとつになっている。最近は、世界的なリスク拡大による海外資金の収縮や、円高転換を受けたインバウンド宿泊需要の減退も考えられるものの、中期的には、これらのインバウンド需要はオフィス需給を継続的に下支えするものと考えられる。

このように、東京の賃貸オフィス市場は、海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の拡大から間接的に恩恵を受けているといえる。

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(*4)増宮守「シドニーのオフィス市場~海外資金による取得は高水準、日本の投資家にとっても魅力的~」http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=52978?site=nli ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2016年5月25日
(*5)(図表-3)は、オーストラリア全国の鑑定評価額データである。実際の取引価格をシドニー限定でみた場合、さらに住宅価格の上昇は顕著と考えられる。
(*6)大連の万達集団や上海の九龍投資集団などがシドニーのオフィスビルを取得し、住宅開発を予定。その他、中国の不動産会社がシドニー郊外で大規模な住宅開発を手掛けるケースもみられる。
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■メルボルンでの教育関連機関によるオフィス需要

オフィス需要へのインバウンドの影響は国内では明確でないが、海外に眼を向けると、インバウンドオフィス需要といえる外国人によるオフィス需要をみることができる。再びオーストラリアから、メルボルンの特徴的な事例を紹介したい。

メルボルンは、多数の大学を有する教育水準の高い都市として知られており、また、アジアパシフィックで英語習得に優位なオーストラリアの第2の都市として、アジア全土から多くの留学生を集めている。都市機能はシドニーに大きく劣らないものの、生活コストが安く、また、公園が豊富で美しい景観に恵まれていることもあり、留学先として世界で最高水準の評価を受けている。

メルンボルンでは、卒業した留学生がそのまま就職するケースも多く、また、帰国した卒業生が退職後のシニアライフのために戻ってくる、あるいは、子女の留学先として再びメルボルンを選択するケースも多い。メルボルンの人口増加率はオーストラリアの中でも高く、移民流入の背景となることで、教育が都市の成長ドライバーとして機能している。

メルボルンには大学に加え、語学学校も多数存在している。公的不動産の民営化が進むオーストラリアでは、大学を含む教育関連施設やその他の政府系団体による民間オフィスビルの賃貸が多い。こうしたテナントによるオフィス需要が、メルボルンの賃貸オフィス市場の2~3割を占めている。

メルボルンで学ぶ留学生は、アジア圏の人口増加と経済成長に伴って継続的に増加しており、特に、最近は中華系やインド系の留学生の増加が顕著で、中華系資本による中国人向けの語学学校も増加している。こうした教育関連施設の拡大がメルボルンのオフィス需給を支えており、特徴的なインバウンドオフィス需要の事例となっている。

日本でも、主要駅周辺で予備校や専門学校などを見かけることは多い。しかし、大規模な専門学校などは自社ビルを保有しているケースも多く、必ずしもオフィステナントとしての存在感は大きくない。

三幸エステートによると、2013年の東京23区のオフィス需要をみると、教育セクターに医療、公的機関を加えても、オフィステナント全体の6%を占めるに過ぎなかった。

現在も、教育関連施設などの来店型テナントは全体に占める比率が小さく、加えて、不特定多数が出入りするため安全面の維持が難しいことや、入居期間の短いテナントが多いことなどから、概してビルオーナーが敬遠する対象となっている。

しかし、インバウンドオフィス需要の観点からみると、教育関連施設は無視できないオフィステナントといえる。留学先としての東京の評価は世界的に高く(図表-6)、日本国内の外国人留学生の数は、右肩上がりで推移している。

現在、留学生の主な受け入れ先は、オフィスビルを賃借しない大学や大学院となっているが、日本語教育機関でも留学生の増加は顕著で、その他の専修学校などでも留学生が増加している。

また、日本文化を幅広くみると、アニメやファッション関連、さらには、和食からサービスノウハウに至るまで、外国人の学習需要が見込めるコンテンツは豊富である。実際のところ、言語面などの受け入れ側の許容力不足のために掘り起こせていない潜在的な留学需要は大きいとみられる。

英語という強力なコンテンツがあり、大学を含めた公的不動産の民営化が進んでいるメルボルンに対し、東京では、教育関連施設のオフィス需要がすぐに主要セクターの一角を占めるほど大きくなるとはいえない。しかし、今後、留学生の増加が一定のオフィス需要を生む可能性には十分留意しておきたい。

■香港での中国本土企業によるオフィス需要

次に、アジアの国際金融センターである香港でみられた中国本土企業によるオフィス需要の事例を紹介したい。外国人旅行客の消費需要とは異なるが、海外資本のリスクテイクによって新たにオフィス需要や雇用を創出するものとして、広義のインバウンド需要といえるだろう。

香港(*7)のプライムオフィスエリアのセントラル(中環)では、欧米の金融機関などが主要なオフィステナントとなっており、数年前まで中国本土企業のオフィスはほとんど目立たなかった。しかし、2014年11月に香港証券取引所と上海証券取引所の相互接続(*8)が開始されて以降、香港のセントラルにオフィスを構える中国本土の証券会社や資産運用会社が大幅に増加した。

当初、数社が小規模な代表オフィスを設置する程度で、まとまったオフィス需要の発生は予想されていなかったが、中国本土企業による香港オフィスの設立が相次ぎ、結果として、2015年のセントラルにおける新規契約の大半が中国本土企業によるものとなった。

2014、15年の香港経済は停滞し、中国政府の贅沢禁止令を受けた中国本土旅行客による消費の減少や、輸出関連企業の低迷が続いていた。不動産分野でも、商業施設などが大きく影響を受け、特に、都心部の時計店や貴金属店などが閉店に追い込まれるケースが相次いだ。それにもかかわらず、空室率低下と賃料上昇が続いたオフィス市場の堅調さは特筆すべきもので、中国本土企業によるオフィス需要が大きく寄与したといえる。

香港のケースは、中国本土の証券市場との相互乗り入れという特殊なイベントを背景としており、東京で同様のケースが期待できるわけではない。しかし、規制緩和などにより、新たなオフィス需要が発生するケースは様々に考えられ、また、今のところ存在感の小さい中国本土企業が、今後、東京で新たなオフィス需要を生み出す可能性も考えられる。

実際、日本国内の外資系企業数を母国籍別にみると、米国系企業が減少する一方、アジア系企業は増加傾向にあり、今後の外資系企業の誘致においてはアジア系企業の重要性が高まる。

アジア系企業の東京への誘致を考える際、中国本土企業の香港オフィスが、世界でも突出してオフィス賃料の高い香港のセントラルに集中した点に注意したい。

中国本土企業などのアジア系企業は、コストが嵩んでも突出したブランド力のある立地やビルを選好する傾向が強い。香港以外でも同様の傾向がみられ、典型例である上海(*9)では、現在、周辺部でオフィスビルの大量供給が続いているにもかかわらず、プライムエリアの浦東CBDの小陸家嘴では需給逼迫が続き、中国本土企業が立地やビルのブランドを重視する傾向が顕著に表れている。

一方、様々な面で世界最大の都市といわれる東京では、多数のオフィスエリアが存在し、各エリアが複数の鉄道路線にアクセスできるなど、高い交通利便性を有している。加えて、2000年代以降の大幅増加により超高層ビルの希少価値は薄れ、各ビルの差別化も難しくなってきている。今後、アジア系企業の誘致を念頭におく場合、立地やビルの差別化を図るブランド戦略が一層重要になると考えられる。

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(*7)増宮守「香港オフィス市場の特徴」http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=39909?site=nli ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2012年5月28日
(*8)ストックコネクトと呼ばれ、香港と上海の各取引所の上場株式銘柄を互いの取引所で取引可能となった。加えて、香港証券取引所と深セン証券取引所との相互接続も2016年内の開始を目指している。
(*9)増宮守「中国国内需要の拡大を背景に厚みを増す上海オフィス市場~国際分散投資の観点から無視できない市場に~」http://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=42357?site=nli ニッセイ基礎研究所、不動産投資レポート、2015年4月7日
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■おわりに

現在、オフィス需要へのインバウンドの影響は明確でないが、供給面をみると、東京の賃貸オフィス市場は、海外資金の流入やインバウンド宿泊需要の拡大から間接的に恩恵を受けているといえる。

今後は、メルボルンや香港のように、教育関連施設やアジア系企業によるオフィス需要なども期待したいが、こうしたインバウンドオフィス需要の取り込みには、日本の持つ魅力を十分に有効活用する必要がある。

経済産業省の外資系企業動向調査のアンケートをみると、日本で事業展開する上での魅力として「所得水準が高く、製品・サービスの顧客ボリュームが大きい(市場規模が大きい)」とした外資系企業が多く、やはり、多くの外資系企業は日本の消費市場を狙って進出しているとみられる。

しかし、その他の魅力として「製品・サービスの付加価値や流行に敏感であり、新製品・新サービスに対する競争力が検証できる」、「アジア市場のゲートウェイ、地域統括拠点として最適である」というアジア事業の拠点機能としての評価も多く、加えて、「インフラが充実している」、「生活環境が整備されている」という日本の快適な環境に魅力を感じている外資系企業も多かった。

これらの認識を強化できれば、広くアジア事業を展開する場合も、勤務や生活の場としては東京を選択するモデルが成り立つ。インバウンドの拡大を宿泊や買い物といった一時的な需要に止めることなく、有力な外資系企業や人材の定着とそれに伴うオフィス需要に繋げてこそ、東京の本格的な国際化といえるだろう。

増宮守(ますみや まもる)
ニッセイ基礎研究所 金融研究部 主任研究員

最終更新:7月1日(金)11時40分

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