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《消えた鉄道 今昔》峠越え支えた「重連」 JR信越線

上毛新聞 7月1日(金)6時0分配信

 長野新幹線の開業に伴い、在来線の横川―軽井沢間が廃止になってから20年目となる。日本の経済成長を支えた鉄道。時代とともに役目を終え、姿を消した路線は少なくない。

◎横川-軽井沢間、11.2キロ

 安中市(旧松井田町)と長野県軽井沢町を結ぶJR信越線横川―軽井沢間(11.2キロ)は1997年、長野新幹線(北陸新幹線)の開業に伴い廃止となった。1000メートルで最大66.7メートルの高低差がある全国屈指の急勾配区間だった。単独運転では列車が対応できないことから、専用の補助機関車「EF63」が2両一組の重連運転を行う峠越えで知られた。

 廃止まで使われた路線はアプト式の「旧線」に代わり、63年に開通した。松井田町誌によると、戦後の経済発展に伴って交通機関の需要が増大し、アプト式の単線運転では輸送量が限界に達した。「新線」は着工からわずか2年で開通し、66年に複線化された。

 機関車の基地だった同市の横川運転区の跡地には、碓氷峠鉄道文化むらがオープン。鉄道の歴史を伝える多くの資料や車両が展示されている。廃線跡の一部はトロッコ列車の運行やEF63の運転体験コースに利用されている。

 同市の向郷(こうごう)輝一さん(80)は国鉄が民営化された87年、熊ノ平信号所を通過する列車を撮影した。「時代の流れとはいえ廃止は寂しかった。EF63のモーターを冷やす『ウアン、ウアン』という送風機の独特の音が忘れられない」と振り返る。

最終更新:7月1日(金)6時0分

上毛新聞