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強制徴用問題を縮小? 長崎市「軍艦島は監獄島ではない」

聯合ニュース 7月3日(日)12時33分配信

【長崎、東京聯合ニュース】日本の長崎市は、昨年7月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」(全23施設)に含まれている同市内の端島炭坑(軍艦島)などで朝鮮人の強制徴用があった事実の公開について、日本政府の決定に従うとの立場を示した。

 長崎市が作成した文書には、端島炭坑の朝鮮人強制徴用問題の縮小、または正当化を図っているとみられる内容が盛り込まれており、果たして強制徴用の事実を公開する意思があるのか疑問を抱かざるを得ない。

 長崎市の関係者は、強制徴用の事実を説明するためどのような措置を取る計画かとの聯合ニュースの質問に対し、施設の全体の歴史を理解できるよう求めたユネスコの民間諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモス)の勧告への対応は日本政府が行うとした上で、「政府の指示通りにする」と答えた。

 聯合ニュースの情報公開請求に対し、長崎市が先ごろ公開した文書「明治日本の産業革命遺産(基本事項)」には、端島炭坑での朝鮮半島出身労働者の強制徴用が当然のことだったように記載されている。

 文書には「国家総動員法に基づき制定された国民徴用令の対象が、朝鮮半島者にも適用されたことに伴い、昭和19(1944)年9月から終戦までの期間、朝鮮半島出身者も徴用された」と書かれている。

 また、「我が国の男子の多くは、当時、徴兵制(赤紙)により、健常者はいずれも前線に戦いに行った。半島からの徴用者は、端島炭坑をはじめとする日本各地の生産現場を支えた。炭鉱は落盤、出水など危険な職場であったが、現場では労働者として協力し、一緒に働いた」と説明している。

 「徴用という政策の性質上、一般論として意思に反して連れて来られた者もいたことは否定できない」としながらも、「当時、端島で終戦を経験した住民の話によると、島民は、共に遊び、学び、そして共に働く、衣食住を共にした一つの炭鉱コミュニティであり、一つの家族のようであったといわれている」と主張。「島は監獄島ではない」と付け加えた。

 1910年の韓日併合条約(日本側名称:韓国併合に関する条約)の効力について韓日間で意見が対立している中、日本による植民地時代に日本が制定した法律に基づき朝鮮半島出身者が徴用されたという内容が明記してあるのは、徴用が手続き上問題がなかったかのような印象を与える恐れがある。

 徴用問題に触れながら日本人男性が戦場で戦ったという内容をわざわざ盛り込んであるが、日本人に代わって過酷で危険な労働を強いられた朝鮮人や中国人の立場からみれば巧妙なイメージ操作に近い。

 また、「一つの家族のようであった」という説明は、きちんとした食事はおろか差別を受けながら働かされた徴用被害者の証言内容とかけ離れ、日本人中心の観点で記述した内容だ。

 長崎市は端島炭坑などの案内資料を多数製作し、観光行政の中核的役割を果たしているため、こうした観点は今後も産業革命遺産の歴史を説明する過程に影響を与える可能性があるとみられる。

最終更新:7月3日(日)12時49分

聯合ニュース