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[寄稿]隠密な検閲に抗す韓国ドキュメンタリー映画

ハンギョレ新聞 7月3日(日)14時56分配信

 国家情報院が脱北者のユ・ウソン氏にスパイの濡れ衣を着せる過程を追跡した映画『自白』が、ストーリーファンディング開始から僅か10日で目標額の2億ウォン(約1800万円)を達成した。『自白』は全州(チョンジュ)国際映画祭でドキュメンタリー賞とネットパック賞(アジア映画振興機構賞)を受賞するなど、すでに作品性が立証された映画で、ストーリーファンディングの成功に力づけられ今秋開封される予定だ。とはいえ上映が順調に進むとは思えない。交差上映や早期上映終了のような劇場側の変則上映の可能性が高いためだ。それでもストーリーファンディングの成功は真実を見ようとする支持者が少なくないという事実を裏付ける。

 公演界にも最近ソーシャルファンディングを通じて観客と出会えることになった一連の作品がある。「権利章典2016検閲却下」プロジェクトだ。タイトルに登場する「検閲」は、昨年公演芸術界の最大イシューであった。前作『カエル』で現大統領を批判したということを口実に、パク・グニョン演出『すべての軍人は哀れだ』は韓国文化芸術委員会の支援事業最終選定で排除された。演劇『この子』はセウォル号の惨事を連想させるという理由で韓国公演芸術センター側から公演妨害を受けた。「権利章典2016検閲却下」はこうした政治的検閲に対する21人の演出家と20の劇団の返事だった。

 現政権の傘下機関による政治的検閲を正面から批判した劇団「ドリームプレイ・テーゼ21」の演劇『検閲の政治学:二つの国民』が最初のテープを切った。続いて劇団「新世界」の『だからポルノ』は日常的検閲行為に対する反省を求め、劇団「月の国、椿の花」の演劇『アンティゴネ2016』はギリシャ悲劇を現代に持ってきて、国家の自由統制を扱った。そして4番目の作品のチョン・インチョル演出、劇団「突破口」の『すべきだ』が公演中だ。

 結論から言えば、『すべきだ』は「表現の自由をよこせ」と主張する作品ではない。むしろ「表現の自由は尊重しなければならないのか」という問いかけで始まり「知らず知らずに検閲のしくみを作動させてはいまいか」と自問させる。そのために演出は三つのエピソードを準備した。昨年発生したフランスの風刺週刊誌「シャルリー・エブド」テロ事件を連想させるエピソード「ギャラリー」と、2008年の韓国国防部の不穏書籍指定に反発し国家を相手に起こした賠償請求訴訟を扱った「不穏」、そして今年、慶尚北道亀尾(クミ)市で亀尾市民と慶尚北道民の血税28億ウォンを投じて製作中の朴正煕(パクチョンヒ)元大統領銅像のエピソードを扱ったミュージカル「孤独な決断」(仮題)の原作を再現した『超人』がそれだ。この作品の焦点はそこにあわされているようだ。

 超人は「5・16」がクーデターではなく国民革命だと縷々説明する一方で、1979年10月26日に朴正煕が殺害される当時に超人的気概を見せたと繰り返し描写する。表面的に見れば、今回のプロジェクトの傾向とは対極にあるようだが、このエピソードの目的は隠然たる問いかけにある。表現の自由を支持すると言いながら、自身と政治的、理念的指向が異なる人々に対してはその自由を抑圧しているのではないか?28億ウォンの税金問題はとりあえず横に置いてという話だ。もしかしたらここにこそ用意された結論があり得る。「私はあなたの意見には同意しないけれど、あなたが表現する自由のためには共に戦う」

 このような反政府的作品に対する現政権の検閲方式は隠密でち密だ。審査から脱落させたり、上演機会を剥奪するなど。しかしその要諦には支援金がある。公演界にとって支援金は、命綱のようなもので、政府はその金脈を握って活動を脅かすが、それでも政権の好みに合わない作品を枯死させることはできないだろう。国民が十匙一飯で集めた製作費で公演中の「権利章典2016検閲却下」がそのことを証明する。それでも、これで私たちの仕事が終わったのではない。残ったことは、客席に座り彼らの悩みを聴き、観て、共に分かちあうことだろう。

キム・イルソン(公演コラムニスト)(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:7月3日(日)14時56分

ハンギョレ新聞