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まとまらぬ欧州、よみがえる戦闘機「ユーロファイター」の悪夢 英EU離脱、安全保障の影響は

乗りものニュース 7月4日(月)0時0分配信

「結束」の象徴は、すなわち「摩擦」の象徴

 国民投票の結果、イギリスのEU(欧州連合)脱退が確定的に――2016年6月23日(木)に報じられたこのニュースは世界中を震撼させ、株式市場や通貨相場に多大な影響を及ぼしました。その後も経済面での負の部分における懸念が連日報道されています。

 安全保障面も気になるところですが、現在のヨーロッパ諸国におけるそれは主に「北大西洋条約機構(NATO)」が担っており、イギリスのEU離脱によって軍事面に与える影響は、おそらくただちには、それほどないと思われます。というのも、第二次世界大戦後の西ヨーロッパ諸国は、対ソ連(ロシア)という共通の脅威から一貫して団結し、強固な関係を維持し続けているからです。その象徴的存在ともいえるのが、欧州諸国の共同開発による戦闘機「ユーロファイター」でしょう。

 とはいえ、今回の出来事が将来、どのように影響するかはわかりません。NATOも決して一枚岩というわけではなく、各国の国益が衝突することも決して少なくはないのです。そして、そうした“混乱の火種”を象徴するのも実は「ユーロファイター」であるといえます。

「ユーロファイター」の開発は「友好」の象徴でもありますが、各国の思惑がぶつかり合う「摩擦」の象徴でもあり、その開発は“茨の道”といえるものでした。「ユーロファイター」量産機が最初に出荷されたのは2003(平成15)年ながら、その開発の源流は、なんと1970年代にまで遡ることができます。

繰り返される衝突と和解、そしてソ連の崩壊

 1979(昭和54)年、イギリスと西ドイツ、フランスは、同時に次世代戦闘機を欲していたこともあり、3か国共同による「ヨーロピアン・コンバット・エアクラフト(ECA)」を開発する計画をスタートさせます。ところがこの計画に対する各国の思惑には、「1990年頃に実用化を目指す万能機」という目標以外に共通点がほとんどなく、結局、1981(昭和56)年に空中分解してしまいます。

 そして1983(昭和58)年、計画を見直し今度はイタリアとスペインを加えた5か国の「ヨーロピアン・ファイター・エアクラフト(EFA)」がスタート。しかし「コンバット」から「ファイター」へ名称が変わっても、実態はなにも変わっていませんでした。フランスは、同国の名門航空機メーカーであるダッソー社とスネクマ社の保護や、また要求性能が最もかけ離れていたこともあり計画からの脱退を決断、独自開発の道を歩むことに。これはのちに、ダッソー社の戦闘攻撃機「ラファール」として実現します。

 同じころイギリス、西ドイツ、イタリアによる「アジャイル・コンバット・エアクラフト(ACA)」という別の戦闘機開発計画も盛大に“炎上中”でした。そうしたなか、イギリスは開発費を負担しようとしない西ドイツ、イタリアに業を煮やし、「ACA」の技術デモンストレーターとして「研究航空機計画(EAP)」を自国で単独開発。この「EAP」は1986(昭和61)年に初飛行したのち、1991(平成3)年までに259回の試験飛行を成功裏に実施しました。

 このイギリスによる「EAP」が「EFA」計画の“救世主”となります。机上のプランでしかなかった欧州共同の「EFA」計画は、その「EAP」を原型とすることに決定。ようやく実機の開発がスタート……するかに見えたのですが、1991(平成3)年にソ連が崩壊してしまったのです。

 また1989(平成元)年に念願の東西統合を果たしたドイツは、東ドイツ救済に多大な予算を必要としたため「EFA」計画の中止に踏み切っており、イタリアやスペインもドイツの動きに続きます。そのため性能を切りつめコストの低減を計ったダウングレード機「ニュー・EFA」なる開発計画が立案されるも、もはや1990(平成2)年の就役という当初の予定は、とっくに過ぎ去っていました。

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最終更新:7月4日(月)12時7分

乗りものニュース