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ソフトバンク、国内派とアローラ組が不協和音

ニュースソクラ 7/4(月) 14:00配信

孫氏の禅譲失敗劇の裏に

 ソフトバンクグループの孫正義社長(58)が、三顧の礼をもって迎えたグーグル出身のニケシュ・アローラ副社長(48)への禅譲をとりやめ、アローラ氏は副社長在任わずか1年で退任することになった。稀代の経営者といわれる風雲児、孫氏でさえも後継者選びは難しかった。とくに大抜擢人事は、こと日本の企業社会において成功例がほとんどなく、ソフトバンクもその轍を踏んだ。            

 ソフトバンクグループの孫正義氏は2014年、すでに手中に収めた米スプリントに続いて当時全米第4位の携帯通信会社TモバイルUSをも買収し、スプリントとTモバイルを統合させることで全米の携帯通信市場に殴り込みをかけようとしていた。結局は米規制当局の理解が得られないことからTモバイル買収を断念することになったが、頻繁に訪米する過程で急接近した相手がグーグルのナンバー4、チーフ・ビジネス・オフィサー(最高ビジネス責任者)の任にあったニケシュ・アローラ氏だった。

 孫氏はヤフーの検索エンジンをグーグルに変える交渉をした2009年ごろにアローラ氏と知り合い、「タフなネゴシエーター」と評価していた。ソフトバンクが、成長の余地があまりない国内の通信会社から成長余力の大きい海外ビジネスに舵を大きく切る中で、必要なのは米国西海岸の最先端の動向と新興国など成長市場に詳しい人材だった。アローラ氏はまさにそれにうってつけの男で、孫氏は訪米するたびに口説き、ついには日本食レストランの紙ナプキンに高額の契約金と報酬を約束するサインをしてソフトバンク入りを飲ませている。

 孫氏は米国でアローラ氏を口説いていた2014年、実は幹部人事をめぐって二股をかけていた。アローラ氏に「キミと一緒に仕事をしたい」と甘くささやく半面、この年6月の株主総会で、2000年入社の後藤芳光(元安田信託銀行勤務)、01年入社の藤原和彦(元マツダ勤務)両氏を取締役に起用したからだ。創業3年後の1984年入社の宮内謙副社長と、若返りを果たしたヤフーの宮坂学社長(ソフトバンクの非常勤取締役)に加える形で、準「生え抜き」の2人を取締役に起用。当時の幹部からは「サラリーマンでも役員になれるんだという希望を与えた人事」といわれた。
 
 ところがその3カ月後の14年9月にアローラ氏が「バイスチェアマン」という肩書で入社し、さらにその一年後の15年6月には、孫氏の「事故でも起きない限り彼が最有力な後継者候補」という触れ込みで、アローラ氏が副社長に大抜擢されると事態はややこしくなる。このときまで副社長だった宮内氏はヒラ取締役に降格、後藤、藤原両氏も在任わずか1年で取締役の任を外される一方、アローラ氏はラジーブ・ミスラ氏(ドイツ銀行出身)、ディープ・リシャール氏(グーグル出身)、アロック・サーマ氏(モルガン・スタンレー出身)ら自身と同じく米国勤務歴のあるインド系の人材を続々スカウトし、チームでソフトバンクに乗り込んできた。最近は40~50人の規模になった「ニケシュ・チーム」は新興ベンチャーへの投資、M&A、さらには資金調達など様々な事柄に口を出すようになった。

 昨年暮れごろから私が耳にするようになったのは国内派と外人部隊の不協和音だった。英国への本社移転、幹部人事、東証の上場をやめ海外に再上場……。そんな案が浮かんでは消えた。昨年暮れ会食したソフトバンクの関係者は「ニケシュたちが、ラジーブをCFOにしてくれといってきているが、孫さんは決めかねて、のらりくらりしている」「投資案件で意見が対立し、ニケシュが孫さんを厳しく批判した。孫さんはすっかり愚痴っぽくなっている」などと内部の雲行きが怪しくなっていることを打ち明けた。

 すると今年1月、匿名の投資家グループが米大手法律事務所のボーイズ・シラー・アンド・フレクスナーを代理人にして、アローラ氏の適格性を疑う書簡をソフトバンクの取締役会に提出。書簡の詳細は公表されていないが、アローラ氏がハイテク株などに強い米投資ファンドのシルバーレイクで2007年以来、シニアアドバイザーを務め、ソフトバンクの副社長になっても兼任し続けている点を「利益相反ではないか」と疑問視したとされる。ソフトバンクの広報担当者は「年間十数時間しかシルバーレイクに割いておらず問題はない」と回答したが、元広報関係者は「利益相反を疑われてもしょうがないだろう。法的にはクリアしていても道義的にはいかがなものか」と疑問を呈する。

 ソフトバンク取締役会は2月、シャーマン・アンド・スターリングとアンダーソン・毛利・友常の両法律事務所を起用して調査し、6月20日、匿名の投資家グループの申し立ては「評価に値しない」と結論づけた。「潔白」とされた格好だが、ソフトバンクは定時株主総会前日の21日にアローラ氏の退任を発表している。アローラ氏も「無罪証明書を手にした。そろそろ移動するタイミングだ」と意味深長なメッセージを自身のツイッターに残した。

 22日に再び副社長に任じられた宮内氏は「法的にはまったく問題がなかった」としつつも、「道義的な問題はなかったのか」と尋ねると、「それは、まあ、まあ……。やっぱり外国の方は私たちと感覚が違う。ストック・オプションもいろんなところからいっぱいもらっていて。私なんかヤフーの取締役を兼任していてもヤフーからは一円ももらっていませんからね……。日本人の感覚、アメリカ人の感覚、インド人の感覚、みんな違いますからね」と何かありそうな言い回しをした。「身体検査が不十分だったのだろう」と元幹部も見る。
 
 結局のところ2年間で245億円もの高額を支払った孫氏の、目の付けどころが悪かった、ということにほかならない。日本ではソニーの出井伸之氏が傍流の磁気テープ部門出身の中鉢良治氏を社長に抜擢したり、東京電力の勝俣恒久氏がやはり傍流の資材調達部門から清水正孝氏を後継社長に据えたりしたことがあるが、こうした意表を突く抜擢人事はたいてい大失敗に終わっている。組織の中枢を歩んでいないため、社業の実態がわからなかったり、社内に人脈がなかったり、そもそも実力者の傀儡なので意志薄弱だったりするからだ。ソフトバンクのアローラ氏はこれらとは類型が異なるが、ソフトバンクの社業や社内人脈、孫氏の性癖への知見や理解は不十分だっただろう。まったく違うところから突然「後継者に」と連れてきてもうまくいくわけがないのだ。
 
 アローラ氏に払った245億円は、私たちソフトバンクの契約者が払っている通信料金が源泉である。それが孫氏の「無駄遣い」に使われてしまった。ニコニコ笑っている場合ではない。

■大鹿 靖明(ジャーナリスト)
1965年生まれ。早大卒。88年朝日新聞社入社。アエラ、経済部で主にビジネスニュースをカバー。現在も同社記者。著書『メルトダウン』で講談社ノンフィクション賞受賞。ほかに『ヒルズ黙示録』『堕ちた翼』、近著に『ジャーナリズムの現場から』。

最終更新:7/4(月) 14:00

ニュースソクラ