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<バングラテロ>富士見出身の下平さん犠牲「もう1回笑顔が見たい」

埼玉新聞 7月4日(月)23時9分配信

 バングラデシュの首都ダッカで起きた人質テロ事件。埼玉県内では、富士見市出身の下平瑠衣さん(27)が事件に巻き込まれ、犠牲になった。学生時代から国際ボランティアや国連機関でインターンをするなど、発展途上国のために尽力してきた下平さん。「努力家で真っすぐだった」「もう1回瑠衣に会いたい」―。近所の住民や友人たちは下平さんの人柄をしのび、やるせない思いを語った。

 近隣住民や友人によると、下平さんは両親と姉の4人家族。仲睦まじく、一家で旅行に出掛けることもあった。母親は学生だった下平さんを迎えに行ったり、帰宅するまで自宅の外灯をつけて待っていたという。幼い頃から知る近所の女性(43)は「『怖かったよね』としか言葉が出ない。真面目で謙虚で、心優しい子だった」と声を落とした。

 「まだ信じられない。もう一回会って笑顔が見たい」。小中学校の同級生という女性(27)は、下平さんの突然の悲報に目を潤ませた。小学校時代は一緒に地元のバレーボールチームで汗を流した仲で、「勉強だけでなく、何に対しても努力家だった。いつもにこにこしていて、誰とでも仲が良かった」と振り返った。最後に下平さんと会ったのは成人式。変わらぬ笑顔で、楽しそうに話していた姿が忘れられない。女性は「瑠衣にはこれからまだまだやることがあった。すぐにまた会えると思っていたのに、もう会えないなんて考えられない」と言葉を詰まらせた。

 同じく同級生の別の女性(27)は今年5~6月ごろに下平さんと会ったという。「ついこの間、元気な笑顔を見たばかり。『また会おうね』と約束したのにもうかなわない」と言葉少なに語った。

 下平さんは県立蕨高校に進み、テニス部に所属していた。当時、テニス部の顧問を務めていた県立川口北高校の加藤友作教頭は「やるせない。彼女のやりたいことが急に絶たれてしまった。本人が一番悔しい思いをしていると思う」と、無念さを代弁した。初心者だった下平さんは、練習熱心な姿や面倒見の良さを買われ、部長として部をまとめ上げたという。「『自分は下手だから』と休むことなく練習に励んでいた。非常に真面目で信頼も厚かった」

 友人やフェイスブックなどによると、下平さんは東京工業大の大学院に進学。タイのタンマサート大学に留学、国連開発計画(UNDP)でインターンを経験するなど、海外での活躍を夢見て国際的な活動を重ねてきた。

 下平さんら死亡した7人の日本人は、いずれも途上国の発展に貢献しようと海を渡り、その志半ばに命を奪われた。近所の男性(69)は犯行グループに対し「憎くて、怒りのやりどころがない」と憤りを示した。

最終更新:7月5日(火)23時10分

埼玉新聞