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「機械が人間に歩み寄る」時代に向けて――レノボ・ジャパン大和研究所の今までとこれから

ITmedia PC USER 7月6日(水)6時10分配信

 「大和」という言葉を聞いて、皆さんが真っ先に思い浮かべることは何だろうか。筆者は、ThinkPadの研究開発拠点であるレノボ・ジャパンの「大和研究所」(横浜市西区)を思い浮かべる。1992年に発売した初代ThinkPadこと「ThinkPad 700C」(日本では「PS/55note C52 486SLC」として販売)を皮切りに、世界中で活躍するThinkPadの多くを生み出してきた研究所だ。

【この方が「ThinkPadの父」……!】

 6月30日、レノボ・ジャパンは同研究所の取り組みを紹介する「大和TechTalk」を開催した。この説明会の冒頭で、同社の内藤在正副社長による約20分間のプレゼンテーションが行われた。ThinkPad 700Cの開発を担当した「ThinkPadの父」でもある内藤氏は、短い時間の中でどのような話をしたのだろうか。

●「大和研究所」でのPC開発の歴史

 現在の大和研究所の直接的なルーツは、1985年に日本IBMが設置した「大和事業所」(神奈川県大和市、2012年7月に閉鎖)にある。PCの研究開発部門では、当初国内向けモデルを担当していたが、1987年に「今までIBMがやっていないPC」(内藤氏)として、グローバル向けのポータブルPCの研究開発を担当することになった。その後、同事業所が開発を担当したThinkPad 700Cが大きな成功を収めたことから、大和事業所は「ThinkPadの研究所」としての地位を確立することになる。

 その後、2005年にIBMのPC事業はLenovoに買収され、大和事業所のThinkPad研究開発部門はレノボ・ジャパンに承継された。承継後、日本IBMの建物を間借りする形で研究開発を続けてきたが、2011年に現在の大和研究所に移転し、現在に至っている。

●大和研究所は「ThinkPad」担当から「LenovoのノートPC」担当に

 現在、LenovoのPC事業は「PCSD(PC & Smart Device)ビジネスグループ」という組織の下にある。名前の通り、PCを含むITソリューションに関わる製品を担当するというこの組織は、別組織の傘下にあったソフトウェア部門も統合。結果として、「ハードウェアとソフトウェアを統合した形でソリューションを提供できるように」(内藤氏)なるという。

 大和研究所は、PCSDビジネスグループの「統合開発センター(Integrated Development Center:IDC)」のもと、ビジネス向けノートPC(ThinkPad)の研究開発を担当している。2016年4月からは、コンシューマー向けノートPC(IdeaPadなど)の研究開発を引き継ぎ、名実ともにLenovoのノートPC全体を担当する研究所となった。ちなみに、NECパーソナルコンピュータ(NECPC)の米沢事業場の研究開発部門も、IDC傘下にある。

 PCSDビジネスグループの中で、内藤氏は「戦略的技術・イノベーションセンター(Strategic Technology & Innovation Center:STIC)」担当のバイスプレジデントと日本の研究開発拠点(大和研究所・米沢事業場)の責任者を兼任している。

●ThinkPadは昔も今もこれからも「ビジネスツール」

 まもなく誕生から四半世紀(25年)を迎えるThinkPadは、「ビジネスツール(仕事の道具)」であることを一貫した開発理念として持っている。ITが進歩し、いつでもどこでも仕事がしやすい環境が整っていく中で、「お客様(ユーザー)がオフィスから離れても、生産性をより発揮できるようにするにはどうしたらいいのか」(内藤氏)ということを常に念頭に置いて開発をしているという。

 内藤氏がユーザーにこのような話をすると、「私は24時間仕事をするのは嫌だ」という反応もあるそうだ。しかし、真の意図は「今まで使い道がなかった時間、例えば電車・新幹線に乗っている時間や飛行場での待ち時間で仕事を効率的に済ませて、個人の時間を増やしてほしい」という点にある。

 この理念は、ThinkPadの開発者たちの間にも共有されている。内藤氏は「あなたが何(の開発)を担当していようとも、あなたが作ったThinkPadはあなたが説明できるように理解しなさい」と常に開発者に話をしているという。この理念はレノボ・ジャパンになってから入社した若手の開発者にも共有され、それを昇華したものとして「ThinkPad開発哲学の木」が生まれている。

 先述の通り、2005年にIBMのPC事業はLenovoに買収された。「ThinkPadはこれからどうなってしまうのか?」という不安の声に対して、内藤氏は「3年間(2008年まで)は変わらない」と宣言し、実際に3年間はThinkPadに大きな変更を加えなかった。「本当は進化のために変えたかった」(内藤氏)部分もあったが、ユーザーの不安を払拭(ふっしょく)することを優先した結果だ。約束の3年経過した後は、守るべき点は守りつつ、時代の変化に合わせて変えるべき点は変えるようになった。

 このような取り組みの成果もあってか、IBMからLenovoに移管した後もThinkPadの販売台数は伸び続けている。

 Lenovo内部では、2012年以降に発売したThinkPadを「第5世代」と位置付けている。この世代では、タブレットやYogaタイプの2in1など、ThinkPadの形態の多様化が一層進んだ。一方で、ThinkPadの基本に立ち返る意味でクラムシェルモデルの強化も行っている。

●大和研究所のこれから

 先述の通り、LenovoのノートPC全般の研究・開発の研究開発拠点となった大和研究所。Lenovoの「TEAM JAPAN」として、NECPCの米沢事業場とともにLenovo PCの技術開発をけん引し、日本の製造・開発の競争力のモデルとなるべく日々取り組んでいる。

 もともとメインフレーム(大型コンピュータ)を手元に置きたいという要望から生まれたPCは「生まれがオフラインデバイス」(内藤氏)だった。一方で、スマートフォンは「ネットワークがないと何もできない、クラウドの申し子」(同氏)でもある。両者が融合していく世の中では、オフィスではより効率的かつ使いやすいデバイスが求められる一方、家庭では機械が人間の方に歩み寄ってくることが現実味を帯びる。

 その時代に向けて、ユーザーを支え新しい提案をするためにどのようなスキルを身につけるべきか開発者たちと日々話しながら、新しい姿を模索していくという内藤氏。今後は「世の中にあるものを全て集めてきた」(内藤氏)疑似ホームを作り、実際の利用環境により近い状態での研究開発も行っていくという。

最終更新:7月6日(水)6時10分

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