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フマキラーの蚊取り線香が、なぜインドネシアで売れたのか

ITmedia ビジネスオンライン 7月6日(水)8時20分配信

 地球上で最も人間の命を奪っている生物をご存じだろうか。「クマじゃないの? 最近は山だけじゃなくて、民家でも被害が出ているそうだし」「いやいや、サメでしょ。海水浴シーズンになると、『サメがやって来た!』というニュースがあるからね」といった声もあるのでは。答えは、クマでもなく、サメでもない。

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 1年当たりの死者数をみると、「サメ」は10人で14位。「クマ」にいたっては圏外である(gatesnotesより)。上位をみると、2位は「人間」で47万5000人。戦争、テロ、殺人などによって1年間に50万人近くの人が命を落としている……ということを考えると、改めて人間というのは怖い生物なのかもしれない。では、1位は何か? 「蚊」である。「蚊が1位? 本当に?」と思われたかもしれないが、1年間に72万5000人が亡くなっているのだ。統計が取れない地域の数字を合わせると、「150万~200万人に達するのでは」といった声もある。

 日本で生活を送っていると、多くの人は「蚊なんてたいしたことはない。血を吸われるだけ」と考えているだろう。しかし、2年前の夏の騒動を思い出していただきたい。突然、「デング熱」の感染者が増え、代々木公園が封鎖された。怖いのはデング熱だけではない。マラリア、チクングニア熱、西ナイル熱など、世界中の人間が蚊の恐怖と隣り合わせに生きているといっても過言ではないのだ。

 “殺人生物”と言ってもいい蚊から身を守るために、海外にいち早く進出した企業がある。フマキラーだ。1990年、インドネシアに現地法人を設立。現地では、蚊に刺されて感染する人が多く、治療が遅れれば死に至るケースもあった。「なんとかしなければいけない」ということで、蚊取り線香を投入したものの、日本ほど蚊は死なず、売れ行きはいまひとつ。進出してから7年間は赤字が続いていたが、いまでは絶好調である。海外での売上高は161億円で過去最高(2016年3月期)。現在、アジアや中南米を中心に展開しているが、その中でもインドネシアの売り上げはトップだ。

 人の命を守るために現地入りしたものの、蚊はそれほど死なない。しかも、7年間も赤字である。そんな状況の中で、どのようにして売り上げを伸ばしていったのか。2003年から2015年まで現地法人で社長を務めていらっしゃった山下修作さん(現在は、フマキラーの専務取締役)に話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

●「絶対に売れる」と思っていたのに

土肥: フマキラーの海外展開をみると、ものすごく積極的ですよね。インドネシア、インド、マレーシアなど7カ国で子会社を設立。欧米、中近東などの7カ国で現地生産をして、輸出先は55カ国にも達するとか。そんな中で、インドネシアの売り上げが好調ですよね。日本の夏の風物詩「蚊取り線香」を「VAPE」というブランドで発売していて、現在はトップブランドだとか。売れている秘密に迫る前に、インドネシアに進出した1990年当時の話を聞かせていただけますか?

山下: 進出したころの蚊取り線香のシェアをみると、海外メーカーが70~80%を占めていました。そのほかにも現地メーカーがたくさんあって、後発組の私たちは不利な立場に置かれていました。ただ、現地で発売されている蚊取り線香を分析すると、いいモノがなかったんですよね。つまり、蚊があまり死なない。

土肥: どういうことでしょうか? 蚊取り線香なのに、蚊があまり死なないって。

山下: 蚊取り線香はピナミンフォルテという成分を使っていて、これが入っていれば効力を発揮するんですよね。日本で使われている蚊取り線香は、その成分が0.3%入っている。しかし、海外メーカーや現地メーカーのモノは0.1%も入っていませんでした。というわけで、効力がほとんどないのにもかかわらず、現地の人は使っていたんですよ。

 インドネシアの場合、デング熱やマラリアといった伝染病がまん延している地域も少なくありません。蚊に刺されないことが重要になるので、「効力が強い当社の商品は絶対に売れる」と思っていたんですよね。でも、なかなか売れませんでした。

土肥: どうしてですか? 蚊に刺されると痒いだけでなく、命にもかかわるかもしれないのに。

●蚊取り線香1巻で販売

山下: 薬剤(ピナミンフォルテ)をたくさん使っているので、どうしてもコストが高くつく。そうすると、高く売らなければいけません。現地のモノと比べて、2~3割高かったんですよ。当時のインドネシアはいまと比べて、経済状況が悪かった。こちらとしては「いいモノだから売れるはず」と思っていたのですが、現地の人からすると「高いから買えなかった」んですよね。

 価格が高いので手に取ってもらえない。そうなると、体験していただけない。「他の商品に比べて、フマキラーのモノはよく効くなあ」と感じていただければいいのですが、そうしたきっかけをつくることができませんでしたので、試供品を配ることにしました。

土肥: 一度使ってもらうことで、現地の人が「おお、これはいい。次からコレを買うぞ」となったわけですか?

山下: 残念ながら、そう簡単にはいきませんでした。やはり、「価格が高い」を理由になかなか手に取ってもらえなかったんですよね。1箱10巻入っていて、価格は3500ルピア(約27円)。日本では当たり前のように箱で売っていますが、現地はバラ売りのほうがよく売れるんですよね。

土肥: ん? バラ売り?

山下: 1巻(2回分)で、価格は1000ルピア(約8円)。今晩使う分を家の近くにあるワルンで購入する、という人が多いんですよ。

土肥: それにしてもバラで買うと割高じゃないですか。

山下: そうですね。でも、箱単位で購入するのが難しい人が多いんです。現在でも、売り上げの50%ほどはバラ。経済状況が悪かった以前は、バラで購入する割合がもっと高かったですね。

土肥: 蚊取り線香以外にもバラで売っているモノがあるのですか?

山下: たくさんあります。例えば、シャンプー。シャンプーもボトルで購入したほうが割安なのですが、1回分のほうが安い。というわけで、1回分を購入する人が多いんですよね。

 購入していただけない理由は、3つありました。1つは「フマキラーの蚊取り線香は高いから」。2つめは「使い慣れたブランドを変えたくないから」。

土肥: ふむ。その気持ちは分かります。日本で蚊取り線香を使っていて、「海外メーカーのモノを使いませんか?」と言われても、ほとんどの人は「いやいや、いまのままでいいよ」と答えるのではないでしょうか。しかも、「価格が高い」となれば、ブランドを変える気持ちにはなかなかなれません。

●8年目に黒字

土肥: 消費者に支持されない、もう1つの理由を教えていただけますか?

山下: 現地の人に試供品を配りながら、同時に販売店に商品を置いてもらえるように活動を続けました。「ワルン」という小売店をご存じでしょうか? 国内に230万店ほどあって、このワルンで蚊取り線香が販売されています。しかし、狭いスペースなので、たくさんのブランドを置くことができないんですよね。「海外メーカーまたは現地メーカーのモノを販売しているので、フマキラーはちょっと……」という声がたくさんありました。

土肥: 価格は高いので、なかなか手にとってもらえない。使い慣れた商品からなかなか変更してもらえない。ワルンは狭いスペースなので、なかなか置いてもらえない。「なかなか」が3つもあれば、なかなか売り上げが伸びなかったのではないでしょうか?

山下: はい、かなり苦戦しました。どこから手をつけていいのか分からなかったのですが、オートバイセールスにチカラを入れました。オートバイの後ろに蚊取り線香を積んで、ワルンを一軒一軒回ってセールス活動をしていました。それでもなかなか売り上げは伸びませんでした。そこでどうしたか。インドネシアで商品を生産して、海外に輸出していたんですよね。国内マーケットを開拓する一方で、日銭を稼ぐために輸出をしていた。輸出で稼いだお金で、国内マーケットを開拓していました。

 試供品を配りながら、ワルンに営業活動を続ける。そうした地道な活動をしていると、少しずつ売れ始めました。

土肥: 「フマキラーのVAPEを使うほうが、蚊がよく死ぬぞ」といった口コミで広がっていった?

山下: はい。そうすると、競合他社も薬剤を増やしてきて、価格を上げてきたんですよね。インドネシアに進出して3~4年が経ったころには、価格はほぼ同じになりました。その後、売り上げがジワジワと伸びまして。7年間も赤字が続いていたのですが、8年目にしてようやく黒字になりました。

土肥: 7年間も! よく我慢されましたね。

●日本の蚊と比べ、薬剤への耐性が5倍

山下: 一般的にメーカーというのは3年で単年度黒字、5年で累損一掃できなければ厳しいのですが、当社は7年間も赤字でした。

土肥: 「我慢強い」といった社風があるのでしょうか?

山下: 消費者に浸透するのは時間がかかるかもしれないけれど、いいモノを出せば必ず認知される――という強い思いがありました。だから我慢できたのかもしれません。

土肥: なるほど。他社の商品に比べて、こちらはたくさんの薬剤が入っている。いいモノなんだから、いつかは分かってくれると信じていたわけですね。

山下: いいモノだと信じていたのですが……。

土肥: ん?

山下: 現地で商品の開発部隊を作りました。そこでどんなことをしたのかというと、インドネシアに生息している蚊を採取して、蚊取り線香の効果を調査しました。日本の蚊を100匹、室内に離して蚊取り線香を充満させると、10分以内に半分は死んでしまうんですよね。でも、現地の蚊は違う。半分死ぬまで数時間かかる。つまり、日本の蚊と比べて、薬への耐性が5倍もあることが分かったんですよ。

土肥: なんと!

山下: 冒頭でもご紹介しましたが、それまでは薬剤を0.3%入れていましたが、「これでは効果が不十分だ」ということで、倍の0.6%にして発売することにしました。

土肥: それはいつの話ですか?

山下: 2005年ですね。

土肥: 遅っ! 1990年にインドネシアに進出してから、15年も経っているじゃないですか。それまでに「おかしいなあ。ウチの蚊取り線香効かないよ」といった話にはならなかったのですか?

山下: 当時、日本の蚊取り線香は「世界のスタンダード」と思い込んでいたので、「インドネシアでも通用する」と信じていたんですよね。でも、その考えは間違っていました。

土肥: 薬剤を倍にした商品を出したわけですが、その蚊取り線香を使うとどのような効力を発揮するのでしょうか?

●蚊取り線香の売り上げを伸ばす“特効薬”

山下: 他社の商品は、蚊が死ぬのに1時間以上かかるのに、当社のモノは10分以内に50%以上がノックダウンする。

土肥: 1時間で落ちるのと、10分で落ちるのとどういう違いがあるのでしょうか? 時間がかかっても死ぬのであれば、どちらもでいいような。

山下: いえ、最大の目的は蚊に刺されないこと。刺されないようにするには、蚊をできるだけ早く弱らせることが大切なんですよね。

土肥: 競合他社よりも“いいモノ”を発売することになった。そうすると、口コミで広がって商品が売れるようになった?

山下: いえ、徐々にですね。試供品を配って、ワルンに営業をして……。地道な活動を続けた結果、2008年のシェアは約18%だったのですが、現在は40%ほどになりました。新しい蚊取り線香を使えば蚊が寄って来ない……ということを体感された人が増えていって、リピーターもどんどん増えていきました。

 ただ、インドネシアで最も人口が多いジャワ島の売り上げはまだまだ。7~8年前のシェアは2%前後だったのですが、いまでは10%ほど。現地メーカーのシェアが高くて、現在は3番手。このままではいけないということで、現地スタッフによるセールスチームを結成して、売り上げアップに取り組んでいます。

土肥: 蚊取り線香の売り上げを伸ばすのに、“特効薬”のようなモノはないのでしょうか? 例えば、最先端のマーケティング活動をして、シェアをグングン伸ばしていくとか。

山下: ないですね(きっぱり)。“特効薬”があれば、ぜひ教えていただきたい(笑)。今後も試供品を配って、ワルンへの営業活動を続けるしかありません。

土肥: インドネシア中の蚊を捕まえて、蚊取り線香の効果を分析されたわけですが、他の国の蚊はどうなんでしょう? 日本の蚊よりも薬への耐性は強いのでしょうか?

●日本の蚊はものすごく弱い

山下: すべての国の蚊を分析したわけではないので、よく分かりませんが、インドネシアのモノよりもミャンマーの蚊のほうが強いですね。あと、インドの蚊もそこそこ強い。なぜ薬剤に強い蚊が生息しているのか。その理由は、まだよく分かっていないんですよね。「農薬をたくさん使っているうちに、蚊の抵抗力が増した」といった指摘もありますが、仮説の域を越えていません。

土肥: ちなみに、日本の蚊はどうでしょうか?

山下: ものすごく弱いですねえ。私たちが知る限り、日本より弱い蚊は知りません。

土肥: インドネシアとかミャンマーで売っている蚊取り線香を使えば、日本の蚊はイチコロなわけですね(笑)。本日はありがとうございました。

(終わり)

最終更新:7月6日(水)8時20分

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