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英国EU離脱でみえた中間層の崩壊

ニュースソクラ 7月6日(水)13時0分配信

市場原理至上主義が曲がり角に

 英国の国民投票でEU離脱が過半数を制してから、はや半月になる。

 キャメロン首相の盟友でありながらEU離脱を主導したボリス・ジョンソン前ロンドン市長がキャメロン後任の保守党党首選の立候補を見送るという、これも全く予想外の展開もあった。

 彼が離脱を主導したのは、このままではオズボーン財務大臣への禅譲により自分が宰相になるチャンスを逸してしまう、とみて勝負に出たためだ。このような政治的野心からの離脱派であり、本心では離脱に全面的に賛同していない、と保守党内ではジョンソンに対する不信の念が強かった。次期首相確実な保守党党首には「ボリス以外なら誰でもいい」というABB(Anybody But Boris)という頭文字すら飛び交っていた。

 残留派ながら積極的に運動しなかったテレサ・メイ内相がトップランナーに躍り出た。サッチャー首相に次ぐ女性宰相の誕生が濃厚だ。

 キャメロン首相もそもそも保守党内の離脱派を懐柔する狙いから始めた国民投票であり、政局を弄んだという意味ではジョンソンのことを批判できない。まさかの離脱になるという大失敗で、現地紙からはリーマンショック後の経済運営に成功したといった業績をいくら誇っても後世の人々からは「EU離脱という英国の没落を招いた首相」と断罪されるであろう、という厳しい論評も多い。

 残留派に占められていた労働党もコービン党首が残留を訴える積極的キャンペーンを行わなかった、として不信任動議を大差で可決した(賛成172:反対40)。労働党の党則では直ちに辞職に結び付くわけではないが、こちらも党首選になるかもしれない。

 いずれにしても政治的リーダーシップが一番必要なこの時期に政治不在となりそうなのは英国だけでなく、欧州ひいては世界にとっても不幸である。

 もう一つ政治面で見逃せないのは今回の国民投票を通じて英国社会を支え続けた健全な中間層が崩壊したことが明らかになったことである。

 今回のEU離脱を巡る国民投票で象徴的であったのは、ロンドンとその近郊である裕福な南東部(South East)を除くと、イングランドではロンドンの北からスコットランドの国境に至るまで離脱派が過半数を制したことだ。

 この地域は地理的にも英国の真ん中で、かつ精神的な支柱にもなってきたため英国の心臓部(heartland of the England)と呼ばれた。産業革命以降、炭鉱、紡績工場が集積、典型的な労働者とその家族が暮らしてきた地域だ。

 離脱派が勢いを増したのはこの地域の勤勉な労働者階級が反旗を翻したためだ。本来、彼らは我慢強く、いわば「分相応に生きる」ことを信条としていた人々だ。ロンドンのシティーの投資銀行で巨万の富を築きあげるようなエリートを見ても決して恨まず「私はバラの花を育て、午後のお茶の時間に友達とゆっくりとお喋りをする今の人生で十分」という人たちであった。

 しかし、緊縮財政で社会保障が削られ、低金利で儲けたのは株や不動産を転がす連中だけ、さらに東欧からの移民が安定した職を奪い、と次第に不満を募らせて、それが爆発したのが今回の国民投票の持つもう一つの側面である。

 このような市民社会、民主主義を支えてきた健全な中間層の崩壊は英国だけでない。
 メキシコとの国境に壁を築くと言い放ったトランプの大統領選における共和党指名獲得に加えて、フランス国民戦線ルペン党首への支持拡大で来年の大統領選の有力候補となっていること、イタリアのローマ市長選などの五つ星候補の当選、など欧州大陸でもそうした傾向が顕著になっている。いずれも、自国利益を最優先し、移民を忌避する排他主義が特徴である。

 ヒラリー・クリントンと最後まで民主党候補指名を争ったサンダース上院議員が英国の国民投票後、「全米の所得最上位0.1%の人の総所得が下から46%の人の総所得と同額といった著しい所得格差」「自由貿易が労働者層の職を奪い取った」「大学学費の高騰で高額の学生ローンを組まざるを得なかった若手が予想外の所得伸び悩みなどから返済不履行に追い込まれている」といったことが世界中で勤労者層の憤りを生んでいると指摘していたとおりである。

 真面目に働いてきた勤労者の所得がグローバル化の進展で抑制を強いられた一方で、超低金利の中で株式・不動産投資などで利益を上げてきた富裕層との所得格差が一段と大きく開いている。

 英国のEU離脱をめぐる国民投票の結果は、市場原理至上主義が曲がり角を迎えた警鐘という側面にも注目しなければならない。

俵 一郎 (国際金融専門家)

最終更新:7月6日(水)13時0分

ニュースソクラ