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バングラテロ遺族ら「そっとしておいて」 隠せぬ疲労、募る無念さ 白いひつぎ、悲しみ深く

千葉日報オンライン 7/6(水) 11:52配信

 白い布に覆われ、横一列に並べられたひつぎ。花束を手向ける関係者の表情に、悲しみと悔しさがにじんだ。邦人7人が犠牲になったバングラデシュ飲食店襲撃テロ。7人の遺体と遺族らは5日早朝、政府専用機で羽田空港に到着した。多くの人は、疲労を隠せない様子だったという。「別れが信じられない」「何に憤りをぶつけていいのか」。千葉県内の遺族や知人、関係者はコメントや記者会見で、やり場のない憤りと無念さをあらわにした。

 富里市出身の岡村誠さん(32)、船橋市の橋本秀樹さん(65)の遺族、救出された渡辺玉興さん(46)の家族は5日午前、警察を通し「憔悴(しょうすい)し疲労が強いので、そっとしておいてほしい」との意向を明らかにした。

 岡村さんの父、駒吉さん(71)は同日早朝に帰国し、同日午後5時すぎに富里市内の自宅に家族と共に帰宅した。報道陣に対し「今は葬儀の準備で忙しく、心身共に参っているのでコメントは差し控えたい」と沈痛な面持ちで話した。

 近くに住む男性(78)は「小さい頃、実家の前の空き地でサッカーボールを蹴ったり、自転車に乗ったりして遊んでいたことが思い出される。気の毒で残念」と声を落とした。

 橋本さんはかつてJR東日本に勤め、責任感の強い鉄道マンだった。同社の冨田哲郎社長は5日の会見で「穏やかでまじめな方で部下から慕われ、技術屋としてのプライドを持って活躍された。ご家族に心からお悔やみを申し上げたい」と悼んだ。

 JR東日本によると、橋本さんは1974年に旧国鉄に採用された。87年の国鉄分割民営化後はJR東日本に入り、都市圏の鉄道整備などに尽力した。2008年には子会社のジェイアール東日本都市開発に移り、今年3月に退職した。

 その後、建設コンサルタント会社「オリエンタルコンサルタンツグローバル」(東京)で勤務する一方、船橋市の都市計画審議会の公募委員にも選ばれていた。

最終更新:7/6(水) 11:52

千葉日報オンライン