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<バングラテロ>下平さん犠牲、大学恩師が悲痛「大事な人失った」

埼玉新聞 7月6日(水)23時31分配信

 「困っている人が多くいる途上国で力になりたい」―。バングラデシュの首都ダッカで起きた飲食店襲撃テロ事件で、犠牲になった埼玉県富士見市出身の下平瑠衣さん(27)は大学時代、発展途上国のまちづくりに携わるという夢に向かい、研究活動を熱心に行っていた。その姿を見守っていた恩師は「これからも変わらず誇りの教え子です」と語り、「途上国の支援は、周りの人を元気にする彼女にはぴったりの仕事だった」と惜しんだ。

 「私にとっても、彼女の友人や後輩にとっても、大事な人を失ってしまった」。芝浦工業大学工学部建築学科の研究室で下平さんを指導していた志村秀明教授(48)は教え子の突然の死に、悲痛な思いを吐露した。

 「途上国でまちづくりに携わっていきたい」。大学4年の研究室に入る前の面談時、下平さんは生き生きとした目で目標を語った。既に学業の傍ら、都内のNPOで途上国の教育支援活動に携わっていた。志村教授は「最後まで彼女の志は変わらなった。研究室のムードメーカーで、彼女の周りには自然と人が集まっていた」と振り返る。

 卒業論文では、集落の形成過程を探りながら過疎地域での生活基盤づくりを研究。福島県南会津町に足しげく通い、地元の住民の話を聞いて回っていた。下平さんは行動力がある一方、調査をまとめる作業が苦手だったという。それでも、「将来のために」と、連日のように徹夜して机に向かい続けた。

 卒業後、東京工業大大学院に進み、タイの大学にも約1年間留学。タイと日本を行き来しながら、就職活動に励んだ。都内の建設コンサルタント会社「アルメックVPI」から内定が出たという報告を受けたとき、志村教授は「やりたかたったことができるね」と一緒に喜んだ。

 下平さんは後輩の面倒見も良く、卒業後も志村教授を通じて就職相談や留学相談を快く引き受けていた。志村教授が最後に連絡をしたのは約2カ月前。研究室に入りたいと希望するタイの学生について、メールで「研究計画を見てほしい」と下平さんに頼むと、すぐに適切なアドバイスを返信してくれた。「彼女なりに恩を感じていてくれたようで、いつも力を貸してくれた」

 志村教授は「彼女を目標にする後輩は多かった。どんどん成長していく彼女の姿はうれしく、将来が楽しみだった。やるせなくて、彼女への言葉がまだ出てこないけど、彼女の思いを引き継いでいきたい」と語った。

最終更新:7月6日(水)23時31分

埼玉新聞