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雨宮塔子 古巣TBSレギュラー番組復帰の裏に「イジメへの怨念」

東スポWeb 7月7日(木)5時15分配信

 かつてのTBS看板アナ・雨宮塔子(45)が、今月下旬からTBS系夜の看板報道番組「NEWS23」のキャスターとして古巣レギュラー番組復帰を果たす。1999年の退社後は、フランス・パリで結婚、出産、離婚を経験。復帰については一部女性誌で「2児押しつけ帰国」と“バッシング”的にも報じられているが、そこまでして雨宮が決意した裏には「退社の原因となった先輩アナによるイジメへの怨念があった」との穏やかならぬ情報も浮上した。

 雨宮といえば、1993年の入社以来「どうぶつ奇想天外!」「チューボーですよ!」などのレギュラー番組に加え、年末恒例の「輝く!日本レコード大賞」の司会を3年連続で務めるなど、その美貌と天然ボケぶりで人気となり、TBSの看板アナとなった。

 その雨宮がレギュラー番組としては17年ぶり、しかも月~金曜日夜の看板番組「NEWS23」でTBSに帰ってくるのだから、オジサン世代は大喜びに違いない。

 だが、雨宮の決意には女性誌が早くも“バッシング”を始めた。パリで一緒に暮らしていた長女(12)と長男(11)を残して単身、東京で生活するからだ。最新号の「女性自身」が「2児押しつけ帰国」などのタイトルで背景を報道。共同親権を持つ元夫(パティシエ・青木定治氏=48)に子供を預けたのだが、元夫が再婚した女性にも影響が及ぶとあって、この女性の知人が本人の不満を代弁しているのだ。

「いくら、元夫と子供たちが『仕事をあきらめないで』『パパとパリで暮らせるから大丈夫』と賛成してくれたといっても、育てるのは元夫の現在の妻ですからね。それに、雨宮はパリに恋人の男性がいる。子供たちのカンフーの先生だそうですが、その恋人に預ければいいのでは?という声もあります」(関係者)

 世間の反感を買うことは覚悟の上で、雨宮が復帰を決意したのはなぜだったのか? 雨宮が復帰を前に「週刊文春」で語った経緯はこうだった。

 TBSは年明け早々から雨宮にオファーを出しており、雨宮は思春期の子供たちの世話を理由に断っていた。ところが、昨年12月放送の「報道の日2015 ニッポン・ゼロからの70年」(TBS系)で司会を務めたことが転機となった。

「雨宮は、11月のパリ同時多発テロについて、事件現場付近に住む現地住民としてコメントし、報道の大切さを身近に感じて、自分の使命に気付いたそうです。かつてのバラエティー畑ではなく、報道キャスターとしてのオファーだったので、挑戦しようとなった」(TBS関係者)

 驚くのは、現在フリーの立場の雨宮の出演料の安さだ。

「あくまで推定ですが、前任の膳場貴子が1日当たり約50万円だったのに、雨宮は30万円からのスタートで受けたそうです」(別の関係者)

 一方、本紙の取材で浮上したのは別の穏やかならぬ事情だった。

「雨宮がTBSを辞めたのは、先輩アナらによるイジメや現場スタッフとのあつれきが原因だった。とにかくひどいイジメにも似たシゴキだった。当時のTBSは一部のお局アナが絶大な権力を持っていて、誰も口を挟めなかった。人気者だった雨宮への風当たりは強く、みんなで話しかけないなど“放置プレー”のような状態だった」(関係者)

 直接的なイジメ行為よりも周囲から完全に無視されることの方が、キツイと感じることは少なくないだろう。

 TBSを追われるように退社した雨宮アナだったが、今回は古巣から三顧の礼をもって招かれた。そして局内へのあいさつ回りで、因縁の先輩アナとの対面も果たしたという。

「雨宮をイジメたお局アナらは、いまだにアナウンス部のOBとして局にしがみついている。とっくに現場から外され、冷や飯食いです。そんななか、雨宮は決して逃げることなくTBSに顔を出した。イジメへのリベンジが復帰の要因としか思えませんよ」(事情通)

「NEWS23」といえば、4月から新キャスターとなるはずだった小林悠アナ(30)が体調不良を理由に3月に退社。3月末にアンカーの岸井成格・毎日新聞特別編集委員(71)と元NHKの膳場貴子キャスター(41)を同時降板させ、元朝日新聞特別編集委員の星浩氏(60)をキャスターに据え、皆川玲奈アナ(25)がサブキャスターに就いたが、視聴率は芳しくない。

 パリで優雅に暮らしているとして、一般女性からセレブ視され羨望のまなざしも注がれていた雨宮。古巣に“凱旋”して視聴率を底上げしたときこそ、真のリベンジを果たしたといえるだろう。

☆あめみや・とうこ=1970年12月28日生まれ。東京都出身。93年、成城大卒業後、TBSにアナウンサーとして入社。「チューボーですよ!」などのバラエティー番組のほか、朝の情報番組「ザ・フレッシュ!」などでは阪神・淡路大震災関連のニュースも伝えた。人気絶頂の99年、絵画や西洋美術史の勉強のためフランス・パリへ遊学。2002年に現地の人気パティシエ・青木定治氏と結婚。長女と長男をもうけた。03年、世界陸上パリ大会の現地キャスター。15年3月、青木氏と離婚。

最終更新:7月7日(木)5時49分

東スポWeb