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「英国のEU離脱が実現しないかもしれない」これだけの理由

ITmedia ビジネスオンライン 7月7日(木)8時12分配信

 英国で6月23日、EUからの離脱の是非を問う国民投票が行われ、英国民の51.9%がEU離脱を支持する結果になった。

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 これを受けて、世界的に政治・経済分野で動揺が広がった。英国内では、残留派の市民が街頭で抗議活動を行ったり、再投票を求める署名活動が行われた。また1週間以上が経った7月2日には、週末ということもあってロンドンで離脱派が数千人規模のデモを行い、ほぼ活動家と呼んでいいミュージシャンたちがここぞとばかりにスピーチを行うなどした。

 また国内政治でも混乱が続いた。残留派だったデービッド・キャメロン首相は10月までに辞任する意向を表明。すると離脱派の旗振り役で、離脱後の英国を率いるとみられていたボリス・ジョンソン元ロンドン市長が、実質的な次期首相選となる与党・保守党党首選に出馬しないと発表。また英国選出の欧州議会議員で離脱派の旗振り役だった英国独立党のナイジェル・ファラージ党首も、投票前の公約は間違いだったと認めた上で、党首辞任を発表した。離脱派の大物が早々に離脱の責任を放棄する形となっている。

 とにかく大きな騒動になっているこの「Brexit(ブレグジット:英国のEU離脱)」だが、実は今、EU離脱は実現しないのではないかとの声が上がっている。世界中を巻き込んでここまで大騒ぎした英国が、最終的にはEUから離脱しない可能性もあるというのである。一体どういうことなのか。

 改めて、簡単にブレグジットについておさらいしたい。そもそもこの住民投票、どうも軽いノリで始まったようである。というのも、2012年にキャメロン首相が訪問先の米シカゴから帰国する際、ウィリアム・ヘイグ外相とともに立ち寄った空港のピザ屋で、3年後の2015年に行われる予定だった総選挙の対策としてEU離脱の是非を問う住民投票をぶちあげようと決めたという。そして実際に2015年の選挙戦において、キャメロンは国民投票を公約として掲げた。

 英国は欧州懐疑主義が強いと言われてきた。ユーロ圏には参加せず(今も通貨はポンド)、国境を廃止して往来の自由を定めたシェンゲン協定にも署名していない。英国民の間では、EUが英国の政治・経済など主権を侵害しているとの批判があったり、ポーランドなど東欧のEU加盟国から英国の福祉手当を目的とした移民が増加していることなどへの不満がくすぶっていた。

 そんな感情を、キャメロンは選挙で煽(あお)ったのである。そして公約を守るために、キャメロン首相は2016年2月、国民投票を6月23日に行うと発表した。それがこんな大混乱を引き起こしているのだ。

●EU離脱が実現しない可能性

 今後、キャメロンの後任が選ばれれば、英国はリスボン条約の離脱手続きを定めた第50条に則って離脱をEU側に正式に通知することになる。それで初めて、EUと離脱条件についての協議が始まり、その後EU加盟国27カ国すべての合意を得て離脱する。そのプロセスは最短で2年ほどかかると言われるが、前代未聞のことなので、実際にどう進むのか先が見えない部分も多い。

 そして今、もしかしたらEU離脱が実現しない可能性として4つのシナリオが考えられる。

 1つめは、英国民がEU離脱の意志を示した国民投票の結果を、いつまでもEUに通知しない可能性だ。というのも、国民投票の結果には法的な拘束力がない。英憲法学者たちの見解でも、この投票の結果で実際にEUを離脱しなければならない義務はないという。英国はいつまでも第50条を行使しないかもしれない(現時点ですでに、次期首相候補たちは少なくとも今年中は第50条を行使しないほうがいいと主張している)。

 しかもこのEU離脱の議論は英国の内政問題に過ぎず、EU側が英国に離脱の正式な通知を求めることもできない。

 キャメロンは国民投票後の議会で、国民投票の結果は「拘束力をもつべき」だと述べたが、その判断は次期政権に任せたいと主張した。ということは、次期政権が国民投票の結果を、「拘束力はない」と考えて行動する可能性がないとは言えない。そもそも法的拘束力はないのだから、それが正しい解釈だと言える。

 2つめは、英国議会がEU離脱を阻止する可能性があることだ。離脱通知の前に、EU参加のために制定された1972年の法律を無効にする新たな法律が、議会によって作られる必要があると指摘されている。そしてその新しい法律を、EU残留派が多数を占める議会が否決することもできるのである。現在議員の4分の3が残留派であることを考えれば、EU離脱は難しくなるかもしれない。

 また議会は今後、EU離脱に関する法案などをことごとく否決することだってできるし、残留派議員たちが手を組んで、次期政権が第50条を行使する前に不信任を叩きつけることもできなくはない。

 ただ専門家に言わせれば、こうした議会の動きは離脱に票を投じた約52%の国民の意思を無視する行為になるため、現実的には与党の「政治的な自殺」を意味する。

 とはいえ、離脱派の急先鋒だったファラージが、国民投票に勝つためにEU残留のデメリットについてウソをついていたと後に悪びれることもなく認めているくらいだから、英国ではもはや何があっても不思議ではないのである。

 キャメロンは国民投票後の最初の議会で、国民投票の結果は「拘束力をもつべき」だと述べたが、その判断は次期政権に任せたいと主張した。ということは、次期政権が国民投票の結果を、「拘束力はない」と考えて行動する可能性がないとは言えない。そもそも現実に法的拘束力はないのだから、それが正しい解釈だと言える。

●スコットランドがEUに残留する可能性

 3つめに、次期政権が第50条を行使しないまま、総選挙に打って出るかもしれないとの憶測もある。そして、EUを離脱せずに英国がこれまで以上に有利な条件を得られるようEUと再交渉すると公約を掲げるなんてこともあり得る。

 EU側がそんな都合のいい話に乗るかどうかは分からないが、少なくともEU側も英国離脱がもたらすこれ以上の混乱は避けたいはずだ。そうすれば英国はEUに残留することになる。

 4つめがスコットランドの動向に左右される可能性である。今回の住民投票では、離脱という結果が出てすぐに、英連邦のスコットランドの動きに注目が集まった。というのも、ブレグジットの国民投票の内訳を見ると、スコットランド住民はEU残留を求める人が多数を占めたからだ。そして自治政府のニコラ・スタージョン首席大臣が、スコットランドはEUから離脱しないと発言した。

 スコットランドでは、英連邦から分離独立するかどうかの住民投票が2014年に行われている。当時、55%が英連邦に残留を支持したために、スコットランドが英国の一部にとどまったという経緯がある。今回のブレグジットの国民投票ではEU残留派がスコットランドで過半数を占めていたため、ならば英国から独立してEUに残るべきだとする意見が強くなった。EU離脱派が勝利した直後、スコットランドでは独立支持が2014年の44%から59%に上昇した。そこでスタージョン首席大臣は、EUのメンバーではない英国からの独立を問う第2回目の住民投票を行うと主張している。

 つまり、英国がEU離脱を行使すれば、スコットランドが住民投票で英連邦から独立してしまう可能性が高い。そうなれば英国は欧州最大の埋蔵量である北海の海洋油田を持つなど重要な地域であるスコットランドを失うことになる。英国議会はできればそれを避けたいだろう。

 またスタージョン首席大臣は、英国がスコットランドにも関係ある法律などを制定する際に、スコットランド議会からの同意が必要になると主張している。そしてスタージョンは、スコットランド議会による同意を拒否することになると示唆している。そうなれば離脱は難しくなるが、専門家の間ではスコットランド議会の「同意」は必ずしも必要ないとの見解もあり、これについては今後さらなる議論が行われることなりそうだ。

●キャメロンの後任は第50条を行使するのか

 米国のジョン・ケリー国務長官は、国民投票の後にキャメロンと会談。米国に戻ったケリーは、英国がEU離脱から「引き返す」方法はいくつもあると語ったと報じられている。ただその「方法」については言及していないが、本稿でここまで述べたようなことが考えられるということだろう。

 ただEU側もお人好しではない。欧州委員会の委員長であるルクセンブルグ元首相のジャン・クロード・ユンケルは、英国のEU離脱は「円満な離婚」にはならないと語り、速やかに離脱交渉を行うべきだと主張している。EUのラスボスであるドイツのアンゲラ・メルケル首相も、離脱の決定が「覆されることはないと明確に言っておきたい」と突き放すような発言をしている。

 とにかく注目すべきは、9月に選ばれるキャメロンの後任が第50条を行使するかどうかである。英国の運命が決まるのはそれからになる。

(山田敏弘)

最終更新:7月7日(木)9時49分

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