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災害時の基地局ダウンを瞬時にカバー 「圏外」ゼロを目指すソフトバンクのLTE衛星システム

ITmedia Mobile 7月7日(木)20時45分配信

 災害で地上の基地局がダウンしても、宇宙に基地局があるので圏外にならない――そんな通信インフラの在り方を目指し、ソフトバンクがLTE-Advancedに対応した人工衛星通信システムを試作した。

実験は気球基地局で衛星を代用

 このシステムは、地上にある携帯電話基地局の代わりに、通信衛星を使ってエリアを構築するというもの。専用の端末が必要になる衛星携帯電話サービスとは異なり、通常のスマートフォンで衛星通信を実現するという。実用化はかなり先になる見通しだが、日本全域がエリア化されるという画期的な試みだ。

●災害に弱い地上の基地局を衛星に置き換える

 東日本大震災そして熊本地震でも大きくクローズアップされた被災地の通信遮断。移動中で使えるのが当たり前の携帯電話だが、通信サービスを提供する基地局や伝送路といった地上の設備が被害を受けると、そのエリアでは使えなくなってしまう。

 さらに、地震だけでなく洪水や豪雨・豪雪など、さまざまな災害から完全に基地局を守ることも難しい。キャリア各社は、仮に基地局がダウンしても代替手段を使って臨時復旧する設備や体制を強化してきたが、交通網の寸断などで被災地に近づくことができなければ、現地で使うことができない。

 システムを開発したソフトバンク 研究開発本部 特別研究室の藤井輝也室長は、「東日本大震災の経験から衛星通信の重要性は再認識していたが、今回の熊本地震でもなかなか現地に入れなかった。衛星電話なども被災地に持っていくが、特別な端末で台数が限られる。普段使っている端末で衛星通信ができないか? というのが、開発のきっかけだ」と話す。

●はるか頭上の基地局衛星 試作システムでは専用ブースターが必要

 しかし素人目にも、手元のスマホでそのまま衛星と通信ができるとはとても思えない。藤井氏によると今回のシステムは高度3万6000Km上空にある静止軌道衛星を使う計画で、「当然ながら距離が遠いため、電波が減衰して通信が届かなかったり速度が非常に遅くなったりする。また往復7万2000Kmの通信では遅延も課題になる」と説明する。

 今回の試作システムでは、スマホとWi-Fiで接続するブースターのような装置が必要だ。現在のスマホはアンテナ出力が200mW程度で、そのままでは静止軌道まで「ちょっと足りない」(藤井氏)。この装置はアンテナ出力を1Wまで強め、感度も高めた。地上の基地局に対してもLTEのブースターとして使えるため、普段は車載アンテナや宅内レピーターとしても使えるという。

 もう1つの課題が、衛星通信時の“待ち時間“だ。携帯電話の基地局は広くても半径数Km程度でエリアを構築する。LTEは仕様上、往復200Kmまでの通信を想定しており、その場合の遅延は0.00066秒。そして端末と基地局がお互いを探して見つけるまでの時間は、最大でも0.001秒以内と決められている。この時間内に応答がない場合は、再接続の処理(再送制御)を繰り返すことになる。

 さて、静止衛星との通信距離は往復7万2000Kmで、電波の速度でも遅延は0.5秒まで広がる。そのままではLTEの仕様で決められた0.001秒を超え、再送制御が繰り返されて永遠に接続できない。そこでソフトバンクは遅延に関するパラメータを書き換え、0.5秒まで許容するようにした。その結果LTEの標準仕様から外れることになるが、藤井氏は「LTEのプロトコルを変えたわけではなく、バッファを増やしただけ。端末も基地局もそのまま使える。こうしたパラメータを簡単に変えられるのもLTEのメリット」と説明する。より低い軌道を回る衛星であれば遅延も少なくて済むが、「低軌道であれば複数の衛星が必要になる。静止軌道なら1つで済む」(藤井氏)という。

 ソフトバンクは衛星LTE基地局を災害時だけでなく、普段から地上基地局のリソース分散に使うことも目指している。しかしその場合、地上の基地局と電波干渉が起きてしまう。そこで採用したのが、LTE-Advancedに盛り込まれているeICICという技術だ。これは、同じ電波を使う基地局を極めて短い間隔で順番に切り替え、干渉を防ぐという仕組み。時間を分割して通信を多重化するTD-LTEにも似た考えで、マクロセルとスモールセルなど、複数の基地局を重ねて使う場合に有効な技術だ。

 藤井氏は通信方式にLTEを使うメリットとして、規格が進化するスピードも挙げた。「専用の衛星電話は1つの方式や端末で10年くらいは使い続ける。しかしLTEであれば、2年くらいで新しい技術が盛り込まれる。端末も基地局も次々に更新され、常に最新技術を使える環境が整っている。eICICが使えるのもLTEを選んだからで、専用のシステムではこうはいかない」(藤井氏)。

●最大のハードル、衛星を誰が用意するのか

 LTEの通信規格のまま出力をアップし、パラメータの書き換えで遅延にも対処した今回の試作システムだが、実は肝心の衛星が存在しない。そのため、公開された実証実験では、気球を使った無線中継システムを衛星に見立て、衛星通信時と同じ遅延を再現する装置を介して通信が行われた。またLTEの周波数(2.1GHz)を衛星通信で使われている周波数(Sバンド:3.3GHz)に変換する装置も追加している。

 実証実験では、0.5秒という遅延が通話にもそのまま現れ、会話がひと呼吸遅れるという印象だ。衛星経由時の通信速度は最大1Mbpsだが、実測では数百kbpsだった。しかし、非常に安否確認のための通話や通信を行うのであれば十分だろう。接続先を衛星から地上の基地局に切り替え(ハンドオーバー)ても通信が途切れることはなかった。

 また屋外など空が見える状態でなければ通信できない、天候でもある程度の影響を受けるという、衛星通信ならではの弱点もある。ただ、試作システムで使われたブースターはWi-Fiルーターとしての役割があるため、これを窓際などに置くことで室内でも利用できる。

 そのブースターも、将来的にスマホのアンテナを強化して無くすことできるという。衛星通信で使われるSバンドは2~3GHz帯域で、LTEの周波数に近い。藤井氏は「3GPPでLTEの宇宙利用が標準化されれば周波数の変換も不要になり、スマホ単体、あるいは外付けアンテナを追加する程度で、衛星と直接通信が可能になるだろう」と予測する。

 だが実用化最大のハードルは、誰が衛星を用意するのか? という点だ。現在、LTEに対応した人工衛星はなく、これから基地局機能を持った衛星を新たに開発し、打ち上げる必要がある。

 ソフトバンクは単独あるいは共同でのLTE基地局衛星の運営に意欲を見せるが、「衛星の打ち上げには国の意向も関係してくる。衛星軌道の利用は国際的な権益であり、各国が順番待ちをしている状態だ。日本に割り当てがあっても、今度は国内で民間企業や研究機関を交えた争奪戦になる。また使う周波数も周辺国と調整しなくてはならない」と、実現に向け多くのハードルがあることを認めた。

 「総務省などと調整しているが、1社だけの問題ではなく、国としての取り組みが必要」(ソフトバンク)と、官民を超えた働きかけをしているというが、実用化のめどは早くても「2020年代の初めごろ」(同)になるという。

 道のりが厳しそうなソフトバンクのLTE基地局衛星だが、日本全体をエリア化してしまう計画には大きな夢がある。宇宙開発となれば5~10年は必要で、巨額の資金も必要だ。ソフトバンクグループの孫正義社長は、ニケシュ・アローラ氏の副社長退任時に「いくつかのクレイジーな構想も実現するため、少なくともあと5年から10年は代表取締役社長として当社を率いていく」というコメントを発表している。もしかするとLTE基地局衛星も“クレイジーな構想”のリストに入っているのかもしれない。

最終更新:7月13日(水)18時47分

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