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映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」古居みずえ監督に聞く(2) 帰れぬ飯舘村の食文化を仮設で伝える二人の母ちゃん

アジアプレス・ネットワーク 7月7日(木)10時56分配信

東京電力福島第一原子力発電所の事故で、全村避難の指示が出た飯舘村。古居みずえ監督は仮設住宅に暮らす菅野榮子さん(80)と菅野芳子さん(79)にカメラを向けた。2人は仮設住宅そばで畑を耕し、野菜を育てる。村に伝わる食文化に触れながら、彼女たちに寄り添うほど、故郷を追われた悲しみが伝わってきたと古居監督は話す。(アジアプレス・ネットワーク編集部)

【関連動画を見る】 「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」予告編

◆飯舘村の食文化に触れて

榮子さんと芳子さんの日常生活を追う中で印象に残ったことは、食生活の豊かさでした。二人は仮設近くで野菜を育て、いろんな料理をつくっていました。おこわをおにぎりにしてくれたこともありましたし、畑でとれた新鮮なきゅうりを、彼女たちが作った甘い味噌につけて食べた時の美味しさは忘れられません。

榮子さんたちは、味噌、凍み餅など、飯舘村の伝統の食文化を伝えようと、一般の人たちに向けたワークショップを各地で開いていました。美しい村へ連れていくことはできないが、せめて故郷の味だけでも知ってほしいという榮子さんの気持ちが溢れていました。

◆笑顔の奥に見えるもの

映画はたくさんの笑いにあふれています。榮子さんと芳子さんは冗談ばかり言い合って、自らを「ばば漫才」と話していました。しかし、それは耐えられないほどの辛さを、笑いで吹き飛ばすしかない、ということでもありました。

たくましいイメージのあった榮子さんが、気弱に見えたときが一度だけありました。芳子さんが大病をして手術した時のことでした。「何かあったらどうしよう」と、榮子さんは病院へ行くのをためらっていました。彼女が、ようやくお見舞いに行ったのは手術から10日後。息子家族と離れ、仮設住宅でひとり暮らしの榮子さんにとって、芳子さんの存在はなくてはならないものになっていました。芳子さんも、榮子さんがいるから辛い避難生活を乗り越えることができるのだと、改めて思いました。(つづく)

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◆映画「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」
※名古屋シネマテークでの上映は終了しました。ありがとうございました。
※秋以降、大阪市の第七芸術劇場、福島市のファーラム福島でロードショーのほか、全国各地で上映の予定。

◆自主上映のお問合せは 映画「飯舘村の母ちゃん」制作支援の会まで。

電話 090-7408-5126  FAX 03-3209-8336
メール iitate.motherprojects@gmail.com
「飯舘村の母ちゃんたち 土とともに」公式HP

最終更新:7月19日(火)17時39分

アジアプレス・ネットワーク

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