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JR九州上場から、鉄道の「副業」が強い理由を考える

ITmedia ビジネスオンライン 7月8日(金)8時4分配信

 和歌山県に「紀州鉄道」という会社がある。紀州というからには紀伊半島一帯に路線網があると思ってしまうけれど、実は2.7キロメートルしかない、非電化単線のローカル私鉄だ。

【JR九州の営業収益は鉄道が約4割。副業全体で6割】

 JR西日本の紀勢本線・御坊駅を起点とし、御坊市市街地を南北に縦断して西御坊駅に至る。官営鉄道の駅が市街地から離れていたため、地元の大地主が発起人となって設立した「御坊臨港鉄道」がルーツ。かつては日高川河口付近が終点だった。しかし西御坊~日高川駅間の0.7キロメートルは1989年に廃止された。ケーブルカーを除いた普通鉄道として、日本で一番短い路線の鉄道会社としても知られていた。その日本一も成田空港付近の芝山鉄道に奪われてしまった。

 紀州鉄道は延長3キロメートルに満たない。業績も好調とは言えない。非上場会社のため業績は公開されていないけれど、開業当時から業績不振、戦後の好景気時を除いては苦しい経営が続いた。日本一の赤字鉄道と自ら喧伝した時期もあった。年間の赤字は4000万円と報じられたこともある。

 それでも1931年の開業以来、85年以上も運行を続けている。今のところ廃止の動きはないし、地元自治体に対して第三セクター化や上下分離の打診もない。減便などのコスト削減はあったものの、現在は1日に22往復の運行だ。私が2004年に乗った気動車は廃車となっており、信楽高原鉄道と北条鉄道から中古気動車を購入している。

●紀州鉄道の実態は不動産会社

 紀州鉄道が安泰な理由は、会社の実態がホテル・リゾート業だからである。同社直営のリゾートホテルは軽井沢、那須塩原、箱根、熱海など11カ所。シティホテルは名古屋、大阪、博多。また、別荘を共有する会員制リゾート事業、軽井沢の別荘分譲や旅行代理店、個人・企業・団体向け会員制リゾートビジネスなどを手掛けている。鉄道事業の赤字は、これらのホテルリゾート事業で十分に埋め合わせできる。

 4000万円といえば大金だ。看過できない。しかし、紀州鉄道という会社名を続けるからには、鉄道は保持しておきたいのだろう。岡山県の下津井電鉄、北海道の十勝鉄道など、既にバス会社になっても鉄道を名乗る会社はある。会社名の鉄道の文字は伝統的なブランドであり、信用を高める手段だった。その名残だ。

 紀州鉄道の経緯は少々複雑である。御坊臨港鉄道は経営不振で破たん寸前だった。そこで、1972年に東京の磐梯急行電鉄不動産が買収し、翌年に紀州鉄道に改名した。買収の理由は「鉄道会社として不動産事業の信用を得るため」だった。磐梯急行電鉄不動産は、磐梯急行電鉄の経営陣が名前を継承しただけの、鉄道を持たない不動産会社だった。磐梯急行電鉄そのものは1969年に廃止となっていた。

 不動産事業を進めるにあたって、鉄道の看板は効果的だ。それは阪急不動産や東急不動産のように、鉄道と一体的に土地の開発、分譲に成功した事例が多かったからだ。例えば、あなたが住宅やオフィスビル、土地を購入するとして、私が経営する「杉山不動産」と「東急不動産」のどちらが信用できるだろう。私が買う側なら東急不動産にするし、売る側になっても、自分で売るより東急不動産に入ってもらったほうが売りやすいと考える。

 紀州鉄道は、たとえ3キロメートルに満たない鉄道路線だとしても、正々堂々と鉄道会社のブランドを使える。そしてリゾートホテル、別荘などの分野へと進出した。現在は不動産仲介・リゾート開発を営む鶴屋産業の傘下でリゾートビジネス分野を担っている。

 しかし、紀州鉄道のビジネスモデルは東急不動産や阪急不動産など、私鉄系不動産会社とは違う。鉄道沿線の開発が主軸ではない。純然たる不動産リゾート事業となっている。

●副業と鉄道で利益を生む「小林一三モデル」

 6月30日に東京証券取引所に上場を申請したJR九州は、自社沿線にとらわれないという意味で、紀州鉄道タイプの不動産会社になりつつある。鉄道会社、JRグループという強力なブランドで、沿線を離れ、国内外に不動産事業を展開する。これは不動産業界としては脅威ではないか。

 明治5年の鉄道開業以降、日本の鉄道建設の主な目的は、貨物輸送、都市間旅客輸送、地域貢献、参詣鉄道、観光鉄道であった。このうち前者2つは富国強兵、産業振興の要であり国策として進められた。地域貢献は官営鉄道のルートから外れた地域で自発的に始まり、参詣鉄道、観光鉄道は利益獲得目的で民間会社が参入した。共通点として、既に目的地が発展しており、起点と終点の間に輸送需要があった。

 そこに「沿線開発」という新しい概念を持ち込んだ人物が現れた。阪急電鉄創始者の小林一三だ。

 阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道は、大阪・梅田から温泉や紅葉への観光需要を当てにしていた。しかし、採算面で疑問視する声が多かった。箕面有馬電気軌道を託された小林は「お客が少ないと思うなら増やせばいい」と考えた。沿線の農村を住宅地として開発し、鉄道の通勤客を獲得。起点にはデパートを建てて休日の買い物客を獲得。通勤や退勤とは逆方向の列車の客を作る手段として学校を誘致。宝塚線では休日向けに遊園地や劇場を作り、後の宝塚劇団、東宝グループへと発展していく。

 この考え方は、東京では渋沢栄一の田園調布開発に生かされた。小林も渋沢の計画に参与していた。しかし多忙な小林は阪急で忙しいため、代わりに東京在住者の五島慶太を推薦する。

 五島は渋沢の田園都市株式会社から鉄道事業を継承し、目黒蒲田電鉄を分離独立させる。これが東急電鉄の前身となった。こうして鉄道会社の高収益モデルとして「安価で広大な土地を獲得し、鉄道を敷設して土地の価値を上げ、不動産事業を推進しつつ、鉄道の旅客も増やす」というビジネスモデルが出来上がった。これを小林への敬意を込めて「小林一三モデル」と呼ぶ。

 小林一三モデルにおいて、鉄道沿線住民のあらゆる経済活動が鉄道会社グループに環流される。素晴らしくもあり、恐ろしくもある。

 私の父が東急田園都市線の多摩田園都市エリアに土地を買った。かなり安かったそうだ。まだ山林で整地されていなかったし、電気も電話も通じていなかった。宅地として整備されるまで10年以上かかった。父はそこに家を建てた。就職したばかりの私は約7年間を過ごした。そこではあらゆる消費が東急グループにつながっている。通勤すれば電車賃を払う。買い物は東急ストアに東急ショッピングセンター。東急資本ではない店も、土地や建物は東急不動産の斡旋(あっせん)や賃貸だ。

 バスももちろん東急だし、マイカーを使ったとしてもガソリンスタンドは東急系列の経営だった。まるで東急ランドというテーマパークで暮らしているようだった。それに気付いている人は少なく、気付いている人も不満はない。東急ブランドの効果だ。もちろん私も不満はなかった。今も実家に帰ると、こっちで暮らしてもいいかなと思う。不満があるとすれば、実家の窓から電車が見えないことくらいだ。

 小林一三モデルのうまみは鉄道路線の延伸と新規開発にある。ただし、新路線建設計画が落ち着くと、このモデルは終焉(しゅうえん)を迎える。少子高齢化傾向になり、バブルで都心の事業所が郊外へ移転し、そこへマンションが建つと、人々の都心回帰傾向が始まった。私鉄系不動産会社は、新たな土地を求めて、都心のリノベーション物件やリゾートなど沿線外地域の開発へ手を広げた。

●小林一三モデルが封じられたJRグループ

 大手私鉄が小林一三モデルで利益を上げていく一方で、国鉄の赤字はかさみ、国家的大問題となった。国鉄の赤字の原因はいくつかあって、戦後の引き揚げ者を大量に受け入れたこと、その退職者の年金がふくれ上がったこと、赤字ローカル線の存在と、赤字になると分かっていても政治路線を引き受けざるを得なかったことなどがある。

 そしてもう1つ、国鉄は公共事業体として、鉄道事業と関連業務以外の副業が禁じられていた。国鉄スワローズというプロ野球球団さえも国鉄経営ではなかった。財団法人交通協力会、駅売店などを運営する鉄道弘済会、日本通運、日本交通公社などが協同して「株式会社国鉄球団」を設立していた。国鉄の副業制限は、国鉄末期には少し解禁されたけれども、小林一三モデルは使えなかった。もし、副業が発足当初から認められていたら、沿線の優良不動産を運用して大きな利益を上げただろう。なにしろ人材は余っていたのだ。

 国鉄を引き継いだJR各社は、JR会社法によって中小企業への圧迫になるような事業は禁じられていたが、副業は解禁された。ところが、副業が解禁されたところで、小林一三モデルを実現するための土地はなかった。遊休地の多くは国鉄再建法によって国鉄再建事業団に取り上げられ、売却され、国鉄の赤字解消に回された。

 例えば、現在の東京・汐留である。鉄道発祥の地であり、広大な貨物駅があった。現在は民間のビル群が建ち並ぶ。新宿高島屋タイムズスクエアも新宿貨物駅。その名残として、地下は上越新幹線の新宿駅予定地として温存されているという。私が知る中で、小林一三モデルと言えそうな案件はJR東日本のガーラ湯沢スキー場だ。新幹線が乗り入れる駅と一体となってスキー場を開発した。

 JRグループは、大手私鉄より不利な条件から副業に着手した。しかし、それだけに戦略的で研究熱心だったと言える。わずかに残された遊休地で実績を積み、沿線外の不動産物件へ積極的に進出した。例えば、今年4月15日にオープンした「アトレ恵比寿西館」は、多くのメディアで駅ビルと紹介されていた。しかしJR東日本の土地ではなく、クレディセゾンの子会社アトリウムが土地・建物を保有している。アトレとしては初の他社物件、ビル1棟を借り受けて開業した。

●遊休地に頼らない「攻めの不動産業」

 JRグループは今、遊休地の活用ではなく、土地を仕入れる不動産業に取り組んでいる。JR九州はその中で最も成功した事例と言えそうだ。

 関連会社も併せて列挙すると、九州内で分譲マンションのMJRシリーズ、賃貸マンションのRJRシリーズ、中古マンションのJRENOX、シニア向けマンションSJRなど多数の物件を展開する。ホテルは14店舗あり、そのうち1つは東京・新宿にある。大規模な駅ビルは5駅で展開。九州内ではドラッグストア「ドラッグイレブン」を180店舗以上、コンビニエンスストア「am/pm(現在はファミリーマートに転換済み)」を175店舗を経営。レストラン事業として和食「うまや」が東京12店舗、九州9店舗、上海1店舗。中華「華都飯店」は大阪1店舗、九州3店舗。大病院、学童保育、ゴルフ場なども運営している。

 ほかのJR各社も不動産事業に積極的だ。JR貨物は「フレシア」ブランドでマンション事業を手掛け、貨物駅遊休地を使ったショッピングセンター「アリオ北砂」、複合施設アイガーデンエア(飯田橋)などを展開。JR西日本は「ジェイグラン」というブランドでマンションを販売しているし、ホテルグランビアや、リハビリ特化型デイサービス「ポシブル」を全国に展開し、今後は鉄道事業エリア外も積極的に進出する構えだという。

 JR四国は今年4月から「J.CREST」ブランドでマンション事業に参入した。JR東海も「セントラルガーデン」「ジェイタウン」ブランドで分譲マンション、「ドルチェ」ブランドで賃貸住宅を手掛ける。JR北海道も遊休地のマンション開発に着手した。JR東日本は「びゅうフォレスト」ブランドの分譲マンション、商業施設「Shapo(シャポー)」を手掛ける。

 JR九州の上場にあたっては、熊本地震の影響が大きいと見る向きもあるだろう。しかし、不動産・商業など強力な副業収入があり、鉄道の損害は上場を妨げるほどではないと判断されたようだ。鉄道部門では、今まで赤字補てんのために運用してきた基金を取り崩し、九州新幹線鉄道施設の貸付料の一括払いと、独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構からの借入金の全額一括返済にあてた。この処置については、本来、国から預かった運営基金であるため、国に返すべきという意見もあった。しかし国は「JR九州に帰属する」と決めたため、経営基盤の安定化のために使い切った。

●鉄道が副業の足かせになるかも……

 鉄道と副業というテーマでは、今まで小林一三モデルを語る機会が多かった。しかし、これからは、圧倒的な資本力と「鉄道」ブランドで突き進む「JRモデル」が主流になるだろう。鉄道ブランドを副業に生かすという意味で、そのルーツが紀州鉄道という、小さくて大きな会社にあったという点も話としてはおもしろい。

 2015年時点でJR九州の営業収益は鉄道運輸以外の収入が6割を超えている。もはや鉄道のほうが副業かもしれない。そうなると、赤字ばかり作って経営を圧迫する鉄道事業部門は、さらなる赤字圧縮を迫られる恐れもある。国は上場に当たり「路線の適切な維持」を条件としたようだけど、「適切」がきちんと定義されていないため、一定水準以下の閑散路線の足切りは認められるかもしれない。

 紀州鉄道とJR九州の違いは、鉄道の規模だけではない。紀州鉄道は非上場、JR九州は上場する。どちらも出資者から利益追求を求められるけれど、上場会社は会社の考え方と株主の考え方が一致しない場合も多い。

 企業の活動より配当利回りを重視する株主もいて、利益追求、コスト削減を厳しく求められる。JR九州の副業の強さは心強いけれど、強すぎる副業にとって、鉄道が足かせになりそうだ。JR九州のローカル線に対する施策について、注意深く見守っていきたい。

(杉山淳一)

最終更新:7月8日(金)8時4分

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