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スペシウム光線やバルタン星人はこうして誕生した!/『ウルトラマン』監督・飯島敏宏氏〈視線の先〉インタビュー

トレンドニュース(GYAO) 7月8日(金)9時30分配信

今年で放送開始50周年を迎える『ウルトラマン』。巨大ヒーローと怪獣が戦う特撮テレビシリーズの先駆けとなったこの作品の誕生には、どのような苦労が隠されていたのか。シリーズ50周年を祝う特別番組『祝ウルトラマン50 乱入LIVE! 怪獣大感謝祭』が放映される(NHK BSプレミアム、7月9日 午後8時~午後11時生放送)のを機に、『ウルトラマン』最初の作品を監督した飯島敏宏氏に製作秘話を語ってもらった。

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■『ウルトラマン』制作 記念すべきファーストカットは

――第1話『ウルトラ作戦第1号』よりも先に、飯島監督演出の第2話『侵略者を撃て』が撮影されていたのだそうですね?

 まだ第1話の脚本ができていなかったんですよ(笑)。だから基本的な設定には触れずに話を作っています。赤い玉や青い玉(ウルトラマンとベムラーはこの形状で宇宙から飛来する)のことも知らないから、そのまま空を飛ばしちゃった(笑)。第2話と第3話『科特隊出撃せよ』、第5話『ミロガンダの秘密』の3本は同時進行で撮影していました。

――記念すべきファースト・カットは何のシーンだったのですか?

 確か、科特隊基地の中だったと思います。しかし、この時にイデ隊員を演じていた俳優が降板してしまったので撮り直すことになり、撮影したフィルムは全部捨ててしまいました。

――監督はその前作の『ウルトラQ』にも参加されていますが、『ウルトラマン』では別のご苦労があったと聞きます。

 『ウルトラQ』はもともと円谷英二さん(※「特撮の神様」と呼ばれる円谷プロダクション創業者)が購入した高価なオプチカル・プリンター(光学合成機)を活用するために始まった企画だったので、製作期間や製作費に余裕があったし、合成シーンについても制限がなかったんです。しかしその人気を受けて後番組として『ウルトラマン』が作られることになると、とにかく時間がない。予算にも限りがあって、合成シーンは1話に3カットなんていう制限がかけられたりもしました。だからウルトラマンと怪獣が戦うシーンはミニチュアを使って撮れますが、人間とのからみがほとんどできなかったんです。実は僕はもともと『ウルトラマン』に参加する予定はなかったのですが、「こんな状況でなんとかできるやつはおまえしかいない」とTBSで同期だった円谷一(円谷英二の長男、ウルトラマンシリーズの監督)に頼まれて行ったんです。とにかく毎日がスケジュールとの戦いでしたね。

――前例のないシリーズということで、いろいろ大変だったのですね......。

 俳優たちも新人ばかりでしたから、特にハヤタ役の黒部進くんには走り方から教えました。僕の世代は軍事教練を受けていますからね。それで科特隊員らしい動きができるようになった。あと第2話は脚本も僕が書いているのですが、そこでは隊員たちの個性を際立たせるように言われまして、一からそれぞれのキャラクターを作り上げていったんです。だから円谷一が第1話を撮る時にはすでにキャラができている上に演技もうまくなっていて楽だったんじゃないかな(笑)。もっとも当時は他の監督が作った話なんか見ている暇がなかったので、監督によってキャラが違ったりということもよくありました。

――俳優もそうですが、当時はスタッフも皆さん若い方ばかりだったのですね。

 『ウルトラQ』は円谷英二さんが中心になっていましたから、東宝で『ゴジラ』なんかを作ってきた本編のスタッフがいて映画と同じ35mmのフィルムで撮ったりしたわけです。それに比べると『ウルトラマン』はテレビ用の16mmだし、予算もかけられないので、特撮も二十代半ばぐらいの若い人が中心。しかしその分勢いがあって、冒険や実験ができたと思います。「何でもやってみよう」と現場で工夫していたんです。

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最終更新:7月8日(金)9時30分

トレンドニュース(GYAO)

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。