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SPEEDの今井絵理子氏、当選決める 「神様を憎み、恨んだ」息子への思い 福祉・沖縄の当事者として…

withnews 7月10日(日)20時7分配信

 国民的アイドルから政治家へ。今井絵理子氏が参院選での当選を確実にしました。政策では教育や福祉への思いを訴えた今井氏。聴覚障がいを持つ息子について「神様を憎み、恨みました」と語り、「自分の耳を息子に移植できないか」と罪悪感まで抱いたこと。そして「息子の障がいを公表することで、もっとバリアフリーになってほしい」と語っていました。

【画像】デビュー当時のSPEED アイドルから政治家へ、今井絵理子氏の軌跡 自民党大会では国歌斉唱も

2000万枚売り上げ国民的アイドル

 1983年、沖縄県に生まれた今井氏は、4人組「SPEED」のメンバーとして国民的スターの道を駆け上がります。1996年のCDデビュー以来、シングルとアルバム計2000万枚以上を売り上げました。

 2000年に一度解散。その後の活動については「自分の可能性を試していきたい」(上原多香子)、「ソロもあるし、事務所と話し合いたい。とりあえず休みたい」(島袋寛子)、「歌を頑張って歌います」(今井絵理子)、「英語を覚え四月に渡米します」(新垣仁絵)などと話していました。

 2008年には再結成を果たし、紅白歌合戦に出場しています。

長男の障がいを公表

 2008年8月、長男の聴覚障がいを公表します。当時の心境について、朝日新聞のインタビューに「『音楽をやる私に、なぜ?』と初めて神様を憎み、恨みました」と答えています。

 その後、泣き続けて眠り、起きた翌日、「どんな時も笑顔でいようね」と息子に誓ったそうです。

 2008年夏の「24時間テレビ」で長男のハンデを公表すると、「勇気をもらった」という前向きな受け止め方だけでなく、「子供を売りにした」「お金のために公表した」という批判があったそうです。

 「中途半端な気持ちで公表したのではないから、頂いたすべての言葉に感謝しています」と受け止めたそうです。

 2008年末のNHK紅白歌合戦で「愛してる」と歌いながら手話を披露しました。そこには黒柳徹子さんの存在があったと明かしています。

 「以前、紅白の司会で手話をされた黒柳徹子さんから『何あれ?って子供が尋ねて、お母さんが手話だよと答えてくれたら、それだけでいい』と思った、と伺いました。ステキでしょう。私が、後を継がなきゃいけないと思ったんです」(2009年3月12日の朝日新聞インタビュー「SPEED・今井絵理子 息子がくれた、新しい道」)

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最終更新:7月10日(日)22時0分

withnews

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