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優勝祝賀会で見た明大軍の人間力

東スポWeb 7月10日(日)17時29分配信

【越智正典「ネット裏」】3日の日曜日、明治大学アカデミーコモンで春の六大学で優勝した明大野球部(部長商学部教授井上崇通)、駿台倶楽部(会長土井淳)主催の祝賀会があった。監督善波達也と同期の菅原良一郎が岩手県一関から上京。“同期の桜”はいい。

 午後4時開会。主将投手柳裕也ら選手たちが逞しくなった。全日本大学選手権後、彼らは帰省。1963年卒、捕手村山忠三郎が「みんなみやげを買って行ったかなあー。御大島岡吉郎が言っていたなあー。100円のものでも200円のものでもいい。おふくろにみやげを買って行け」。戻って来た選手たちは午前5時から練習を始めている。

 明大は優勝祝賀会にいつも選手の出身高の監督を招いている。が、この日は地方大会への総仕上げの日とぶつかっている。高校監督の来会はむずかしいと思われた。花咲徳栄の岩井隆、横浜隼人の水谷哲也、成田高の尾島治信は、というわけで伺えませんという電話ですませなかった。部長副部長を“派遣”。3監督とも義理堅い。日大三高の監督小倉全由の来会にはアレ…とびっくりした。「あしたから期末試験ですので今日は軽い練習ですませました」。小倉は全補欠に毎日声をかけている男だ。

 日大三高の先輩、国際審判を務めた58年明大卒、4番布施勝久は日大三高の後輩小枝守がU―18の全日本監督に推挙されて実にうれしそうである。東京高野連事務局の北畠知栄美が、いみじくも「先輩が後輩を大切にしている会ですね」。

 千葉黎明の監督荒井信久が茨城県龍ヶ崎から遠征試合を終えて急行して来た。荒井は千葉県立成東高捕手、明大、神戸製鋼、明大監督、バルセロナ五輪コーチ。黎明は春の千葉大会、関東大会で大健闘。多くの困難を超えて来た。先年、夫人が逝去。山武市の母親の許へ。ポエムのように言っていた。「おふくろに厄介をかけています」。彼はずうっと末席にいた。

 来賓第一等席にはことし殿堂入りした、明大の大先輩松本滝蔵先生の令息満郎氏を迎えていた。50年入学の井垣五夫が先輩にも後輩にもやさしく挨拶していた。彼は一般受験で入学入部。島岡が感激。彼の育成に情熱を傾注した。東都の事務局長白鳥正志がニコニコしながら人の彩を味わっていた。白鳥は7月に行われる日米大学野球の際に永年の尽力で表彰される。

 広島のスカウト統括部長苑田聡彦、日本ハムのGM補佐、東大で8勝の左腕遠藤良平も来会。顔出し…という立ち振る舞いではなかった。翌4日朝、私はお世話になった前記村山忠三郎にお礼の電話をかけた。音がちがう。家ですかと聞くと「いま御大の故郷(長野県)高森町です。御大のお墓参りに来ました」。前夜は遅く帰宅したはずだが暁に発車、赴いたのだ。「南アルプスがキレイです」。人間力の明大軍にもう一度びっくりした。=敬称略=(スポーツジャーナリスト)

最終更新:7月10日(日)17時29分

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