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岩盤はオフィシャル・フーリガン【検証】フジロックが20年愛され続ける理由 ~岩盤/GAN-BAN編~

BARKS 7月11日(月)19時52分配信

20回目のフジロックが目前に迫った今回は、チケットやグッズの販売を担うフジロックのオフィシャル・ショップ「岩盤/GAN-BAN」のインタビューをお届けする。渋谷のパルコに実店舗を構え、フジロックを運営するSMASHと通信販売サイト『GREENonRED』を共同経営し、苗場の会場では『オフィシャルショップGAN-BAN』2店舗に加え、飲食エリアOASISに『GAN-BAN SQUARE』というエリアを運営し「GAN-BAN BAR」というBARも出店している、フジロッカーにはお馴染みの岩盤だ。だが、フジロックと密接なイメージはあるもののその実体を知る者は少ないのではないだろうか。

“オフィシャル”でありながらも、フジロックを運営するSMASHによるのではなく、岩盤を率いるのは有限会社ベースメント・ムーブメント代表取締役の豊間根 聡氏だ。そして岩盤と言えば、2015年に立ち上げたフジロックに関するメディア「富士祭電子瓦版(FUJI ROCK FESTIVAL ELECTRONIC NEWS)」の盛況っぷりが著しい。中でも「TALKING ABOUT FUJI ROCK」のコーナーでは、沢尻エリカ、ハライチ澤部、広末涼子、ローラ、玉山鉄二×山田孝之などフジロックファンの著名人を次々と発掘してインタビューを実施。大きな話題を呼ぶとともに、一般層へフジロックを伝えることに大成功している。

だが話を訊いてみると、この新しいメディア含め、岩盤がこれまで行ってきたフジロックのプロモーション活動は向かい風も強かったようだ。それでも構わずに「とにかくフジロックを伝えること」に邁進してきた豊間根氏は、岩盤の存在理由、自らの価値観が転倒した1999年のフジロック体験、そしてフジロックに掛ける猛烈な情熱など、すべてを語ってくれた。

  ◆  ◆  ◆

■“フジロックの応援団”じゃ、大分弱いし、大分違う
■“フーリガン”が一番しっくりきます。悪い意味も含めて(笑)

──岩盤って、フジロッカーにとってお馴染みのようでいて実体はあまり知られていないと思うんです。

豊間根 聡:まず、育ての親が僕であるなら、産みの親は日高さん(日高正博:フジロックフェスティバルの創始者/株式会社SMASH代表取締役社長)です。3回目のフジロックが終わった1999年に「レコードショップをやってみないか?」と言われ、2000年の暮れに渋谷パルコ・クアトロビルの地下一階に店舗をオープンしました。パルコを紹介してくれたのも日高さんです。日高さんがパルコを脅かしたっていう説もありますが(笑)。最初はレコード店だったので、岩盤=ロック・ディスクと命名してもらったんです。

──ああ!

豊間根:日高さん、天才でしょ?

──ひとつスッキリしましたが、そもそも“オフィシャル・ショップ”って何をしているんですか?

豊間根:僕もその問いからのスタートでした。会場のオフィシャル・グッズ・ショップしか浮かばなかったので、開催期間の3日間以外の残り360数日、俺は何をするんだと(笑)。岩盤の役割は、ショップである限り対外的です。実際の業務は時代によって様々な変遷を重ねてきましたが、当時から、ただ業務的なことだけではオフィシャル・ショップとは言えないと思っていました。15年間一貫しているのは、365日「フジロック最高!」と反知性的に言い続けることです(笑)。

──反知性的?

豊間根:つまりオフィシャル・ショップである限り、フジロックを「評価する」といったスタンスは初めから放棄しているわけです。難しいことは置いておいて、とにかく365日「フジロック最高!」と騒ぐことが僕らの役割だと思っています。ご指摘の通り、岩盤が組織として分かりづらいのは、SMASHとは別組織だからだと思います。もう15年ですから、気持ち的には別だとは全く思っていないのですが。ただし別組織だからこそ、「フジロック最高!」と15年騒ぎ続けても論理破綻しない。そこが岩盤の最大の強みかもしれないですね。だって元々論理がないんですから(笑)。メンタリティーしかない。フーリガン・メンタリティー。サッカーのフーリガンが一番近いんですよ。フジロックの応援団じゃ、ちょっとと言うか大分弱いし、大分違います。フーリガンが一番しっくりきます。悪い意味も含めて(笑)。フジロックを盛り上げるためならなんでもやってやるぞ、みたいな。

──やばい団体だ(笑)。

豊間根:ええ、フジロックは内部に岩盤というフーリガン団体を抱えているわけです。SMASHは懐が深い(笑)。他のフェスにはない「機関」ですからね。真冬、週末の渋谷のど真ん中に数百人の徹夜の列を発生させるという、始めた当時は暴挙とも言われた現象を生み出したのも、フーリガン・メンタリティーによるものが大きかったと思います(笑)。

──夏の風物詩がフジロックだとすると、冬の風物詩が岩盤の早割(フジロックの早い割引チケット販売)ですよね。

豊間根:本当にお客さんのおかげだと思っています。心から感謝しているし、あの環境で一晩中並んでくれているお客さんをリスペクトしています。お客さん同士でお互いを思いやってコミュニケーションを取りながら一晩を過ごし、販売を待っている光景は、リトル・フジロックだなって思います。毎年並んでくれている人は気付いていると思いますが、ここ5年くらいは客列に対する注意のアナウンスもしていません。こうした活動を渋谷で15年間続けてこられたのは、間違いなくお客さんのおかげです。お客さんのおかげでフジロックのオフィシャル・ショップは成立したんだなと捉えています。

──ビル建替えのため8月7日からパルコ(パート1&パート3)が一時休業しますが、岩盤ショップはどうなるんですか?

豊間根:店舗は一旦なくなりますが、通信販売サイト『GREENonRED』で販売は継続します。来年のフジロックの開催発表がおこなわれる頃には新たな岩盤の展開が発表できるように準備を進めています。現在セール中なので、全国各地にお住まいの方はフジロックへ行った帰りに渋谷に寄って掘り出し物を見つけて欲しいですね。

■ フジロックで新しいことを始めると必ずバックラッシュ(=反動、逆流)が起こります
■ でも僕は、もっともっとフジロックを有名にしたいし、お客さんに来て欲しいんです

──岩盤のグッズと言えば、レッドマーキーの屋根を覆う生地から作られた赤いバッグが印象的です。

豊間根:あれは、レッドマーキーの屋根に使用していた1枚のテント生地を切り出して1個1個作っていて、ひび割れや雨風に打たれた傷もランダムについているので、厳密に言うと全部柄が違うんです。こうしたフジロックのグッズは、当初は現地へ行かなきゃ買えないものでしたが、うちのマーチャンダイザーが、開催前にグッズを店頭に並べて、さらにWEBサイトにも事前に出してみよう言い出したのが始まりです。すると、まずパルコが自社のメディアで取り上げてくれました。それまでは岩盤が扱っている輸入盤なんか全然取り上げてくれなかったのに(笑)。でも当たり前ですよね、パルコはアパレル中心のファッションビルですから。そこから、最初はパルコ経由で、次にファッション誌やカルチャー誌なんかがどんどん取り上げてくれるようになったんです。で、その時にはじめて気付いたんです。Tシャツやグッズなどのマーチャンダイズを利用すれば、ファッション誌やアウトドア情報誌や、カルチャー一般誌などが取り上げてくれて、もっと広い層にリーチする可能性があるって。それこそ岩盤も、もっと有名になれるんじゃないかって。それまでは音楽マーケットしか目に入っていませんでしたから。10年位前のことですね。

──今でこそフェスのグッズが先行販売されるのは通例ですが、「事前に買っておきたい」と思うアイテムに変貌したのはフジロックが転機だったんですね。

豊間根:WEBで買い物をする、という世間的な立ち上がりにも乗っかれたタイミングだったと思います。近年ではアウトドア・ブームとか。さらにディズニーなどのキャラクターとコラボレーションを進めたことは岩盤にとって大きな新展開でした。

──考えてみると、フェスとのコラボ・グッズというものが定着したことも岩盤の働きが大きいかと。

豊間根:有名キャラクターとのコラボ・グッズの製造販売は、フジロックや岩盤を知らない層にリーチするためのトライでした。最初はプロモーションという意味合いが大きかったのですが、今では人気商品となり、定着したと言ってもいいんだと思います。フジロックは、“フジロッカー”というフジロックを長年支えてくれている層を抱えていますから、何をやるにしても新しいことを始めるとバックラッシュ(=反動、逆流)が必ずあります。でも僕は、もっともっとフジロックを有名にしたいし、もっともっとお客さんに来て欲しいんです。

──はい。

豊間根:僕の世代では洋楽ロックがキング・オブ・サブカルチャーでしたが、今ではやはり、アニメや漫画がキング・オブ・サブカルチャーだと思うんです。渋谷でずっと輸入盤屋をやってきて、何年も前から身にしみてそれを感じていましたから。だから最近は手塚作品などともコラボしています。手塚るみ子さんは大のフジロッカーなので「なんでもっと早く来てくれなかったんですか!」と言っていただきました(笑)。

──岩盤の役割は、オフィシャルの名のもとに自由に暴れることにあるんですね。

豊間根:自由にと言っても全部SMASHと共有していますよ。好き勝手に暴れているわけじゃないです(笑)。ただ本当に尊重してもらっています。フジロックやSMASHの仲間が「岩盤だからしょうがねぇじゃん」と、ちょっと苦々しくも(笑)言ってくれることは僕にとっては誇りだし、嬉しいし、とても有り難いですね。

──そこまで豊間根さんがフジロックに傾倒する理由とはなんでしょう。

豊間根:お話ししてきた通り、岩盤はオフィシャル・ショップなので、フジロックを「評価する」といったスタンスはありません。そして、もしかしたら対外的には、フジロックの最も明らかな利害関係者に見えているかも知れませんよね。でもそれはそう見られて当然だし、岩盤の初期から自覚もしています。なので、綺麗事は言えません。ただ、僕の個人的なフジロックの体験ですが、もちろんそれが岩盤を始める動機にもなったわけですが、苗場で初めて開催された1999年のフジロックで、僕は確実に転向しました。1999年の苗場1年目は──既に僕は32歳でしたが、考え方や価値観が根底から否定される経験をしました。自分を否定されることってこんなに気持ちいいんだ!と知ったんです。180度価値観が転倒しました。こりゃあフジロックは体験しなきゃわかんないわ、って思いましたね。

──苗場には何があったんですか?

豊間根:やっぱり、自由ですよね。都会の日常では意識できない自由を身に沁みて感じられる。そして、自由と引き換えにある“自己責任”も、突き詰めるととてつもないワガママになってしまいますし、結局は他者との関わり合い方を学ぶことになるんだと思います。

──わかります。

豊間根:フジロックにはいろんなことを考えさせられます。フジロックの理想って、最低限のルール、最小限の管理しかしないということだと思っていて。「自由ってどういうことか、わかるよね?」と言われているような気がします。

■富士祭電子瓦版にも、宿命的にバックラッシュはあります
■「フジロック、芸能人を持ち出してきたよ。オワッタな」と

──豊間根さんが1999年に苗場に行っていなかったら…をつい想像してしまいますが。

豊間根:32歳で理想主義に目覚めたんです(笑)。岩盤を始めた頃の僕を知っている人ならわかると思うんですが、ほとんどチンピラみたいな男でしたから。それも内向的なチンピラ(笑)。

──ははは、怖くない(笑)。

豊間根:そうそう(笑)、派手好きなオタクとか(笑)。でもフジロックって、何かきっかけがないと入りにくい場所だって言われてますよね。

──昨年スタートした富士祭電子瓦版も、そのきっかけを作っているメディアですね。

豊間根:ありがとうございます。僕は10年前、SMASHから話を受けてInter FMでフジロックのオフィシャル・ラジオ番組を3年半やったんです。フジロック・オフィシャルショップ岩盤の代表として出演していたので、フジロックを「評価しない」立場で、そこでも「フジロック最高!」と言い続けるのが僕のミッションでした。ただ、毎週毎週生放送で、どうしてもフジロックを代表して話さなければいけないという立場が、どんどん苦痛になって行って。番組が終わるって聞いた時は、正直心底ホッとしました。その時に、岩盤という立場はメディアとは馴染まないと痛感したんです。

──オフィシャルだからこその苦しみですね。

豊間根:あれから10年経って、あの当時とは違う形で、そしてやるからには今まで誰もやっていなかったメディアじゃなきゃ意味がないと考えました。岩盤が発信するのではなく、自身のファンを持ち発進力がある有名人に、独自のフジロックを語ってもらうメディアができれば、これまで誰もリーチできなかったところにフジロックを届けられると。

──沢尻エリカさんのインタビューをはじめ、俳優、芸人の方々が、“いちファン”としてフジロックを語っているのが新鮮です。

豊間根:ミュージシャンは出演者側として瓦版に出ていただいていますが、他の方々はフジロックのお客さんです。お客さんと同じ目線で語る有名人の言葉が新鮮に映ったんだと思います。ただ、コラボ・グッズと同じで、宿命的にバックラッシュはあります。「フジロック、芸能人を持ち出してきたよ。オワッタな」と。

──フジロック内部にも起こったんじゃないですか?

豊間根:多分あったと思います。今まで守ってきたフジロック・ブランドを崩されるんじゃないかって。でも、あれだけの人たちが瓦版に登場してくれたこと自体、当たり前ですけど瓦版がすごいわけじゃなく、岩盤がすごいわけでもなく、他でもない「フジロックがすごいんだ」っていうことなんですね。改めてフジロック・ブランドの強さを実感しているんです。彼らが嬉々として語ってくれて、かつ読者に強烈な印象を与えるのは、フジロックだからなんですよ。だから瓦版では、これからもっといろんな人を通じて、「フジロック最高!」ということを伝えていきたいと思っています。

──今年は日高さんのインタビューをされていますね。

豊間根:本当に慎重に進めました。瓦版は、今までの他のメディアとは違うことをするために始めたわけですから。「富士祭電子瓦版」というタイトルも日高さんに付けてもらって最も近くにいるのに、去年はやってないですからね。20年という括りがなければやらなかったかもしれないです。インタビューの中でも残してありますが、おでん屋で口説いたんです。こういうインタビューにしたい、ってある程度説明して。フジロックが20回目で岩盤が丸15年で、去年からもう渋谷パルコが閉館することはもちろん知らされていたわけですから、とにかく今年は僕や岩盤にとって大きな区切りの年になる。そこで、僕を育てた「ロック」と、同じく僕を育てた──フジロックとは全く関係ないですが──「プロレス」が日高さんインタビューの裏テーマでした。今では僕の中の「ロック」の中心は日高さんなので、日高さんにプロレスを仕掛ける気持ちでやりました。インタビューは最初から時間無制限3本勝負だと想定していて。1本目のテーマは「フジロックというアイデアが生まれるまで」。僕の中の裏テーマは「どうしてアントニオ猪木は異種格闘技戦を始めなければならなかったのか?」。2本目は「97年について」で、裏テーマは「猪木vsアリ戦の真実」。3本目は「苗場」で、裏テーマは「そして王道へ」でした。3本目だけ急に猪木から馬場になりますが(笑)。公開時に、前・中・後編として、それぞれタイトルをつけたのは『仁義なき戦い』が頭にあったからです。「広島死闘編」とか「代理戦争」、「頂上決戦」とか。

──なるほど。

豊間根:個人的なことですけど、僕、日高さんの大ファンなんです。僕には仕事上のボスって日高さんしかいないんですが、尊敬とはまた違う。言わばファン目線でインタビューができました。これだけ長く付きあわせていただいて、分かっていたことですが、やっぱり日高さんはプロレスが上手い(笑)。

──日高さんの人となりがとても伝わってきました。

豊間根:あの話の中で、80年代のレッチリの登場を、「いつの時代もパンクが必要なんだよ」と、日高さんは表現していますが、あれはSMASHのことであり日高さん自身のことですよね。

──だからこそ、こうして時代を切り拓いてきたわけですよね。

豊間根:完結編では、今年のフジロックを語ってもらっています。前・中・後編と合わせて是非読んでいただきたいです。

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何事にも「役割分担」は必要だが、岩盤が選んだ「フジロックのフーリガン」は斬新だ。フジロックのイメージが定着したことで「敷居が高い」とも言われるようになったその敷居を、誰よりも下げようと働きかけてきたのは岩盤かもしれない。アパレル/ディズニー/芸能人…それまで誰も押せなかった、押そうともしなかったボタンを鋭い嗅覚により次々と押してきた岩盤は、深いフジロック愛の上に成り立つフーリガンスピリットによるものだった。

人生観を変えてしまうほど強烈な体験を与えてくれるフジロックに対し、豊間根氏は、「体験しないことによって得られなかったものの可能性を考えると、できるだけ早いうちに体験しておいたほうがいい」とフジロック参戦を心から願っていた。それは生きる面白さと歓びを若者に伝えたいと願う、一人の男の純粋なメッセージであった。

取材・文=早乙女“ドラミ”ゆうこ、BARKS編集部

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<FUJI ROCK FESTIVAL'16>
2016年7月22日(金)23日(土)24日(日)
@新潟県 湯沢町 苗場スキー場
※各券種、受付などの詳細はオフィシャルサイトへ http://www.fujirockfestival.co

最終更新:7月11日(月)19時52分

BARKS