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歌手・クミコ、永六輔氏への追悼コメントを発表

M-ON!Press(エムオンプレス) 7月11日(月)19時54分配信

永六輔氏の訃報に接し、歌手・クミコがコメントを発表した。

クミコは「高橋久美子」と乗っていた時代に渋谷ジァン・ジァンで歌っていたところ、「ラストダンスを私に」を聴いた永六輔氏は「こんなに怖いシャンソンを歌うシャンソン歌手は初めて見た」と発言。以降、氏に可愛がられ、公演の前座などで歌うようになった。

「高橋久美子」から「高橋クミコ」に改名したのも永六輔氏がきっかけだった。

なお、クミコが最後に永六輔氏に会ったのは、一昨年のパリ祭に永六輔氏が車椅子でご来場したときのことだった。

クミコ コメント
永さんが亡くなったと聞き、歩く道すがら涙が溢れてくるのを必死で止めました。
私が、こうして唄っていられるのは永さんのおかげです。

今はもうない渋谷ジァン・ジァンで声をかけていただいたのは、もう30年も昔のこと。
「ラストダンスは私と」を激しいリズムで唄う私を、面白がってくださったのです。
それからは、地方の舞台があると、その前座として唄う機会を与えられ、それはそれは厳しい言葉を投げられました。
これがプロの修行なのだと思いました。

当時、高橋久美子という名前を、高橋クミコとしたのも、永さんの一言が原因。
字面がそんなに平凡な名前なんか、誰も覚えてくれないよ、というものでした。

晩年、あんなに大きかった永さんがみるみる小さくなっていくのを見るのが、何より辛いことでした。
東日本大震災の後、永さんの作品「ともだち」をCDに入れました。
それを渡した時の、うれしそうな表情が思い出されます。

永さんは本当の自由人だったと思います。
もし、永六輔チルドレンという言葉があるなら、そのチルドレンたちは、今も彼の教えてくれた「自由」を支えに仕事をしています。
もちろん私も。
これからも、永さんに対して恥ずかしくない生き方をしなければと思います。

まったくの偶然なのですが。
一昨日ブログで永さんのことを書きました。
永さんが夢に出てきたからです。
こんなことは初めてでしたが、まさに「夢で会いましょう」。
さすが永さん、粋なことをするなあと感心しました。

クミコ

クミコ OFFICIAL WEBSITE
http://www.puerta-ds.com/kumiko/

最終更新:7月11日(月)19時54分

M-ON!Press(エムオンプレス)