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<Wコラム>日本と違う韓国のビックリ~日韓の新聞を読み比べてみれば

WoW!Korea 7月11日(月)17時28分配信

今は取っていないのだが、数年前に、韓国の『朝鮮日報』と『スポーツ朝鮮』を毎日配達してもらったことがあった。韓国でその日に出た朝刊が夕方には日本のわが事務所に届くのである。とても重宝していた。

■韓国の新聞は取材ネタより論評が多い

 あるとき、韓国の新聞を配達してくれる業者が「サービスで配ります」と言って、さらに韓国の一般紙とスポーツ紙を1つずつ付け足してくれた。

 すでに『朝日新聞』『日本経済新聞』『日刊スポーツ』を取っていたのに、今度は韓国の新聞が4紙。合計7つの新聞を読むのは骨が折れた。

 しかし、韓国の新聞と日本の新聞を比較するにはちょうどいい時期だった。

 韓国の一般紙を一言で言えば「ページ数は多いのだが中身がやや薄い」ということだ。韓国の記者は「多くの取材をして記事を書く」というより、「少ない取材のわりには自分の主張が多い」と感じたのである。

 とにかく、自分の意見を言いたいという記事が多く、その結果、韓国の一般紙のオピニオン欄は多くの記者の論評で埋まっている。「足でネタを集めるというより、口で記事を埋める」という印象が強かった。

■恐るべき突破力

 新聞の記述に誤字や間違った内容も多い。

 まだ巨人に韓国選手がいる頃、韓国のスポーツ紙は巨人の記事をたくさん載せていたが、「東京ドームで行なわれた巨人対ヤクルトの一戦で……」という記事にのけぞったことがある。その日、巨人は東北で試合をしていたからだ。

 「巨人のホームゲームなら東京ドーム」という固定観念を持って記事を書き、本来すべきチェックがないがしろになるから、とんでもない間違いにつながる。もちろん、日本の新聞にも変な間違いはあるが、相対的に、韓国の新聞のほうが誤字や間違いが多いように感じた。

 さらに韓国の新聞で閉口したのは、記事の半分くらいは「定型」で占められていることだ。この場合の「定型」とは、すでに他の記事で書いた内容の要約、という意味である。つまり、同じ題材の記事を読んでいると、文章の半分は「繰り返し」だらけなのだ。

「読まされるほうの身になってくれ」

 そう思ったことは、二度や三度ではない。

 ただ、韓国の新聞社には、恐るべき突破力を持った記者がいる。交通事故でケガをして入院している女優の病室に入ってインタビューをした記事にはビックリした。

「ここまでやるのか! 」

 そういう驚きである。しかも、包帯を巻いた女優の写真付きだ。日本ではありえない記事だった。

■文を尊ぶ風潮が強い韓国

 韓国の新聞で特に面白いのが広告。日本の新聞とは様相が違う。たとえば、占い師が顔写真付きでズラリと並ぶ広告はまさに壮観だ。

「この人は、あまり当たりそうもない」

 顔で判断されるのだから、占い師もたまったものではない。しかし、占いとは、本来そういうものかもしれない。

 振り返れば、『冬のソナタ』を契機に日本で韓流ブームが起きた頃、韓国の新聞社をかなり回った経験がある。写真や古い記事を入手するうえで記者たちに随分お世話になったが、多くの記者に会って感じたのは、「特権意識が強い。プライドが高い。知識欲が凄い」ということだった。

 朝鮮王朝以来の伝統で文を尊ぶ風潮が強い韓国では、作家や新聞記者のように文章を書く人は一目置かれる。必然的に、韓国の新聞社に勤めていればプライドも相当高くなる。けれど、ただ自尊心が強いだけではない。学識が高くて、物事をよく知っている。そのうえでの自尊心なのである。

 今は韓国の新聞を取ることをやめてしまった。

 寂しい気持ちもある。『朝鮮日報』にしても『東亜日報』にしても、あれだけのページ数をめくるだけでも大変な作業だったが、今は、アクが強い記者の独断による論調を読めなくなってしまった。

 そうなってみて気づいたのは、「韓国の新聞にオピニオン欄が多いのは、それを読者が望んでいたから」ということだ。

文=康 熙奉(カン ヒボン)
(ロコレ提供)

最終更新:7月11日(月)17時28分

WoW!Korea

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。