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《白球の詩》過去と決別誓い全力 松井田・冨樫達弥主将

上毛新聞 7月11日(月)6時0分配信

 甲子園へ―。全ての球児が心燃やす熱い夏が今年もやってきた。グラウンドで繰り広げられる白球の攻防が、見る者を引きつけてやまない。飛び散る汗と流れる涙に秘められた、さまざまなドラマに迫る。

◎母の激励 胸に奮起

 七回表2死。3人目の打者が空振りの三振に倒れた。0-7の七回コールド。「終わった」。ベンチでぼうぜんと立ちすくみ、目に涙が浮かんだ。高校野球に一心不乱に取り組んできた2年余りの生活が幕を閉じた瞬間だった。

 小2で野球を始めた。進学した安中二中でも野球部に入ったが、1年生の11月、長く続いた頭痛の治療で練習を1週間休むと顔を出しづらくなり、そのまま名を連ねるだけの“幽霊部員”になった。卒業まで目標のない無気力な生活が続き、体調が少しでも悪いと学校を休んだ。欠席日数は3年間で40日に上った。

 転機となったのは、高校入学。「中学時代の忘れ物を取り戻したい」と野球部に入った。約10年前に離婚して女手一つで育ててくれた母の孝美さん(50)からは「中学時代の分も含めて頑張りなさい」と背中を押された。

 練習の厳しさにやめたいと思うことが何度もあった。だが、そのたびにむなしさばかりの中学時代を振り返り、心配をかけ続けた孝美さんの激励の言葉を思い出した。

 昨夏に新チームの主将に指名された。当初は「正直、やっていける気がしなかった」と振り返るが、夏1勝を目標に掲げ、すぐに気持ちを切り替えた。身長160センチと小兵ながらチームをけん引しようと誰よりも声を出し、努力を重ねてきた。「人間としてとても成長した」と孝美さんが目を細める通り、高校入学後は1日も欠席していない。深沢大介監督(25)からは「チームの精神的な支柱」と評価された。

 「家族のような存在」と表現するチームメートの中には自分と同じく中学時代に挫折したり、障害のために左手が思うように使えない選手らがいる。「一人一人いろんな事情があり、それぞれ悔しい思いをしているはず。何とか取り返そうとみんなで厳しい練習に耐えた」と胸を張る。

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最終更新:7月11日(月)6時2分

上毛新聞

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