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[ルポ]プラハで世界が「蝶の夢」に共感する

ハンギョレ新聞 7月11日(月)8時38分配信

 「日本軍の性奴隷問題はよく知っています。しかし、ヨーロッパ人こそ人間を奴隷と呼んだ元祖のような存在ではありませんか。そんなヨーロッパ人に性奴隷問題の解決を訴えているのは、どうも理解できません」

 8日、チェコのプラハの旧市街広場(オールドタウンスクエア)にある天文時計塔で午後1時を告げる鐘の音が鳴った。窓が開かれキリスト教12使徒の仕掛け人形が祝福する姿で次々と姿を現した。時計塔の下の小さな狭い広場を埋め尽くした観光客が写真のシャッターを押しながら歓呼した。

 ちょうどその時刻、チェコの宗教改革家で民族革命家だったヤン・フス像前の広々とした広場では、日本軍「慰安婦」問題を伝え、問題の解決を訴える「蝶の夢」キャンペーンが繰り広げられていた。時計塔の下の観光客とチェコの人たちは足を広場へと移した。その中の一人、ナイジェリア出身の中年男性は、「こんな問題が二度と繰り返されてはならないことに対し皆さんの考えと同じだ」と話して署名した。

 時計塔の下の広場で1人デモをしていたテミンに、ある中年夫婦が歩み寄った。ピケットの内容を読んでいた夫人は、こう話しかけてきた。「私はカナダ人だけどポーランドの出身。第2次世界大戦の時に私たちも大変な目にあったから、韓国はもちろん、インドネシアなどで起きた問題をよく知っています。おばあさんたちに慰労を伝えたい」

 韓国と同じ長い歳月の試練を経験してきた国、そして、その試練の跡が今も鮮明な旧市街広場は、ありとあらゆる人たちで賑わっていた。最近特に増えた韓国人を配慮したためか、時計塔の入り口にはハングルで書かれたパンフレットもあった。ヨーロッパのどの都市でも見られない観光的配慮だ。英国の航空会社が世界最高のロマンチックな観光地の一つに挙げただけあり、若い恋人たちが多く、同じ痛みを経験する国の人たちも多くいた。

 カリフォルニアから2人の子供と一緒に来たという中年の女性は、子供たちに日本軍慰安婦問題を冷静に説明し、署名の方法を教えた。彼女の住むカリフォルニアは、米国で最初に州議会が日本軍慰安婦の解決を求める決議案を出した場所でもある。台湾から来た16歳の少女は「台湾も日本軍に酷い目にあったけど、そういう女性がこんなに多くいたなんて知らなかった」と話し、一緒にピケットデモをした。中国人に近づき署名まで勧めてくれた。

 しかし、こんな疑問を投げかける人もいた。「韓国で自衛隊創設記念行事が行われるという話を知っている。かつて自分の国を蹂躙した国の軍隊の創設を記念する行事が、なぜ韓国で開くことができるのですか?」。そういう彼も首を傾げながら書名台に近づいた。英国のトラファルガー広場で出会った中年の女性は歓喜しながら近寄ってきた。「大人ができなかったことを若者がしてくれ、恥ずかしいと同時に誇らしくなりますね。ありがとうございます」

 17世紀にオーストリアのハプスブルク朝に併合され、1918年の第1次世界大戦の終戦と共に解放されたものの、1939年の第2次世界大戦勃発とともにドイツに併合され、終戦後に解放されるかと思ったら、今度はソビエト連邦の衛星国として間接支配を受け、1968年の「プラハの春」の革命を通じて追求した「人間の顔をした社会主義」が再びソ連軍の戦車に踏みにじられたチェコ。1989年のベルベット革命を通じて主権を回復し、ついに民主化を成し遂げた。4・19学生革命が5・16軍事クーデターに覆され、1980年の民主化の春と光州(クァンジュ)抗争が新軍部の戦車に踏みにじられ、1988年6月の民主化抗争を通じて民主化を実現した韓国の歴史と大きく変わらない道を歩んできた。

 そんなチェコの天気は快晴だった。今は「東欧のパリ」として復活したプラハは、この日の天気のように明るく透明だった。世界各地から来た人たちは、蝶の夢に暖かい関心を示してくれたし、慰安婦だったおばあさんたちに対する激励と支持を惜しまなかった。集会申告を受けた市公務員は3時間ほども集会を許可し、広場にいたシャボン玉アーティストなどは「蝶の夢」がフラッシュモブを始めると、パフォーマンスを休んで助けてくれた。数人の韓国人は「特に助けることもできないので、これでも受けとってください」と激励の義援金を出した。

プラハ/クァク・ビョンチャン先任論説委員=「蝶の夢」メディア支援チーム//ハンギョレ新聞社

最終更新:7月11日(月)8時38分

ハンギョレ新聞

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

斬首動画が何百万回も再生されてしまう理由
昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。