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ザ・ピーナッツ 妹ユミさん死去 高度成長期の日本に響いた双子のハーモニー

デイリースポーツ 7月12日(火)6時59分配信

 「恋のバカンス」などのヒットで知られる双子姉妹デュオ「ザ・ピーナッツ」の伊藤ユミ(いとう・ゆみ、本名月子=つきこ)さんが、5月18日に死去していたことが11日、分かった。75歳。愛知県出身。葬儀・告別式は近親者で営まれたという。1975年にザ・ピーナッツとしての活動を終えた後は、公の場に姿を見せることはなく、死因や近況なども、遺族の意向で明らかにされていない。

 高度成長期の日本に現れ、一卵性双生児ならではの美しいハーモニーで多くの人々を魅了し続けたザ・ピーナッツ-そのメロディー担当の妹・ユミさんが亡くなっていた。ハーモニー担当の姉・伊藤エミさんは2012年6月15日、71歳で死去している。

 ザ・ピーナッツは1975年、エミさんが歌手の沢田研二と結婚(87年に離婚)し、解散してからは、公の場に姿を見せることはなかった。

 現役当時を知る関係者によれば、「2人はとても礼儀正しく、スタッフを大事にした」という。その姿勢は引退後もずっと変わらず、支えてくれた人たちへの恩義を忘れることはなかったという。

 姉妹を育てた所属事務所の渡邊晋社長や作曲家・宮川泰さんら恩人たち、日本テレビのバラエティー番組「シャボン玉ホリデー」のコントで共演し親交のあったクレージーキャッツのハナ肇さんらお世話になった人々が亡くなると、ひっそりと自宅を弔問。祭壇に手を合わせて、感謝の思いを伝えていた。

 ザ・ピーナッツは名古屋のナイトクラブで歌っていたところをスカウトされ、宮川さんに師事。59年に洋楽のカバー曲「可愛(かわい)い花」でデビューした。その後もカバー曲や「恋のバカンス」「恋のフーガ」「ふりむかないで」など、今も歌い継がれるオリジナル曲のヒットを飛ばした。

 NHK紅白歌合戦には59年から16回連続出場。「シャボン玉ホリデー」やフジテレビの音楽番組「ザ・ヒットパレード」などで人気を博し、小美人を演じた1961年の映画「モスラ」では劇中歌「モスラの歌」が話題になるなど、昭和を象徴する大スターだった。

最終更新:7月12日(火)7時19分

デイリースポーツ

TEDカンファレンスのプレゼンテーション動画

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昔は街の広場で、現代はYouTubeで。歴史を通じ、公開処刑には必ず人だかりがつきものでした。人が処刑というものを、恐ろしく不快に感じながらも、つい気になって見てしまうのはなぜか。フランシス・ラーソンが人間と公開処刑の歴史、中でも斬首刑に焦点を当てて解説したこのトークは、気分の良い内容ばかりではありませんが、同時に興味をそそること間違いないでしょう。