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揺れる欧州銀行セクターに関する10の質問

ZUU online 7/12(火) 18:40配信

BREXITの国民投票後の株式市場の動揺は消化され、市場は今週一気に盛り返している。米国の雇用統計の強さ、今月の各国中央銀行の金融政策への期待、日本の大型補正予算の可能性等が支えとなっている。

この勢いの中、現在数少ない懸念材料が欧州の金融機関であろう。特にイタリアの銀行の信用問題については、依然抜本的な解決策が見えない。実際どこまで厳しいのか。どこまで波及しうるのか。主な10のポイントについて整理してみたい。

今回の問題は、イタリアに固有の点が多く、他の地域の金融機関に対する直接的な影響は極めて限定的である。しかし、最後のポイント9~10にある通り、EU当局の対応次第では、巨大な銀行債市場への影響など世界の金融機関に対する間接的な影響は無視できないものとなるだろう。株価は一部でリバウンドしているが、欧州の銀行および、国際的な銀行に対する短期投資ついては、株式、債券ともに、警戒レベルを上げておく方が無難だろう。

■ポイント1:イタリアの銀行の不良債権の規模は?

イタリアの銀行の不良債権は、資本に対する割合からするとワースト4位で、ギリシャやキプロス、ポルトガルに比べれば問題は小さいようにも見える。

しかし問題は、その絶対値の大きさである。欧州の中では、不良債権の額はイタリアが突出している。しかも、欧州主要国の中ではソブリン危機後最も悪化度合いが大きい。ECBの定義によれば、15年12月末時点のイタリアの銀行の不良債権額は3,600億ユーロ(約40兆円)で、与信に対する比率は約18.1%となっている(連結ベース)。18%という比率は、日本の長信銀のピーク時のレベル(14%、開示の範囲の最大値)よりも高い。

但し、イタリアでは、担保、保証が付いている不良債権の割合は67%と高い(この担保・保証を頼りにしすぎたことが処理を遅らせた要因とも言われている(IMF))。残りの無担保・無保証部分についても58.6%が引当金計上済みと開示されている(Bank of Italy, 2015年12月)。

これらに基づき推計される無担保・無保証・未引当の債権額は5兆円程度である(非連結ベース)。この金額はさほど大きくはない。しかし、すべて処理した場合の自己資本比率の落ち込みをどうやってカバーするのか、景気の落ち込みで不良債権が更に拡大するようなことはないのか、不動産価格の下落で担保はどこまで有効なのか、個人保証はアテになるのか等、不透明要素が多い。

■ポイント2:そもそも不良債権の定義はどうなっているのか?

イタリアの銀行は、かつては、債務不履行を起こした与信のみを「不良債権」("sofferenze")として開示していた。しかし、2014年に設立された統一銀行監督システムの下で、2015年1月からは統一の、より広い定義で不良債権が開示されるようになった。従って、もはやイタリアの不良債権だけが甘い定義になっているわけではない。

■ポイント3:不良債権は、なぜここまで増加してしまったのか?

イタリアの不良債権比率の上昇には、1)中小企業向け貸出中心だったため回収が難しかった、2)不動産価格が下落した、3)早めの不良債権処理には税制上のデメリットがあった、4)前述の通り、定義がECBルールに統一され、見かけ上不良債権が増加した、などが関係している。

1)中小企業向け貸出

イタリアの不良債権のうち、約30%が中小企業向けのローンと、欧州平均の20%程度よりも大きい。中小企業向けだったため、ドラスティックな回収が図りにくかったとされる。業種としては、建設や製造業が多く、不動産業は1割強程度と報道されており、さほど大きくはない。

2)不動産価格の下落

不良債権に占める不動産業向け貸出の割合は大きくないものの、不動産は担保として利用されている他、さまざまな経済活動の元となっている。その不動産価格が、欧州の多くの国で上昇しているのに対し、イタリアでは近年下落傾向をたどってきた。

3)不良債権処理の法・税制の不備

不良債権処理のための法・税制も不備が多かった。まず、法人についての破産認定のプロセスが極めて長くかかったことから、2015年には、法定外の処理手続きを可能にする破産法改正を行った。

また、税制についても、以前は、引当金の課税所得控除は、法定で企業倒産が正式に認められない限り、貸出元本の0.3%までしか認められなかった。残りは「繰延税金資産」として、18年間にもわたって繰り延べられるなど、税制上のデメリットが大きかった(ECB)。これが、2013年には5年償却が認められ、昨年には全額償却が認められるようになった。

更に昨年、不良債権処理のために不動産を処分する場合の不動産の登記手数料を9%から200ユーロ固定に変更するなど、政府も、不良債権処理を促進させるためのさまざまな施策を打ち出してきている。

■ポイント4:イタリア政府や銀行は、現在不良債権処理にどのように取り組んでいるのか?

1)不良債権処理ファンド

今年4月、イタリアでは、官民共同で不良債権証券化の仕組みがスタートした。"Atlante Fund"というファンドで、国内銀行を中心とする機関投資家が出資し、一部に政府保証が付与されている。

なお、このように、不良債権を直接購入するのではなく、証券化ファンドを使うという間接的な支援をイタリア政府が選んだのは、後述するように、EU政府が個別銀行への支援は禁じているためである。

このような仕組みは、不良債権処理の一助にはなると思われるものの、不良債権買い取り可能額が限定的であること、あくまで時価で買い取るとしていることから銀行に損失が発生すること、今後ファンドの規模を拡大するにも、出資者であるイタリアの銀行の財務力が既に弱っていること、などから不十分である。

2)流動性供給

国内銀行に対する市場の不安を受け、6月30日に、EU委員会は、年末までの間、イタリア政府が国内金融業界に1,500億ユーロ(約17兆円)の流動性保証を付与する措置を承認した。これにより、イタリアの銀行は、万一、資金繰りに窮しても、他行からの借入を政府保証で行うことができることとなった。

ただし、これはあくまで資金繰りに窮するほどの深刻な事態に陥った場合の支援策であり、銀行の経営を改善するものではない。

3)銀行の自助努力

イタリアの協同組合銀行であるバンコ・ポポラーレとバンカ・ポポラーレ・ディ・ミラノは、4月に合併で合意した。このため、バンコ・ポポラーレは、6月に10億ユーロの増資も実施した。近々他行にも再編の動きがあるとみられている。多くの小規模銀行については、再編で破綻を回避することは十分可能だろう。

問題は大規模行だが、資産規模第3位のモンテ・パスキは、4日、ECBから2018年までに不良債権額を4割(96億ユーロ=約1兆円。引当金控除後ベース)削減するよう求められた。10月3日までに計画を提出する。

6月末には2.9億ユーロの不良債権売却予定も発表しているが、削減要請額に比べるとごく小規模である。基本的には削減の方向性を示すとみられるが、削減が必要な不良債権の規模は大きく、かつ、前述の通り、国の制度も不十分であるため、実行は難航するだろう。

4)預金保険機構からの支援

イタリアには、他国同様、預金保険制度があり、資本を注入することも可能な枠組みになっている。しかし、日本やアメリカのように、預金保険料を事前に積み立てる(ex-ante) 形式になっておらず、何か問題が発生した時に初めて銀行に負担を割り当てる(ex-post)という形になっていることから、現時点では、活用は想定されていない模様である。

■ポイント5:なぜイタリア政府は、かつてのように、銀行を直接支援できないのか?

イタリア政府としては、かつて行ったように、早めに銀行に資本を注入し、健全化をアピールしたいところである。しかし、2016年1月から、EUのルールが変わり、これが難しくなった。

EUで進める「銀行同盟」(注) の一環で、2014年11月に単一銀行監督制度(Single Supervisory Mechanism, SSM) が出来上がり、今年1月には単一破綻処理制度(Single Resolution Mechanism, SRM)が構築された。このSRMの取決めで、銀行が経営難に陥った場合は、各国が勝手に支援するのではなく、統一のルールの下で、EU政府が決定することとされた。

このルールによれば、各国政府が自国の銀行を支援する場合、銀行の債券や大口預金の元本が一部カットされることが前提となった("ベイルイン"と呼ばれる仕組み)。

これは、これまでのように各国政府が支援してしまうと、銀行の経営難と政府の財政難のリンクが断ち切れなくなってしまうことと、ある国が支援をすると、他国の銀行も支援されるだろう、という期待を市場に生んでしまい、結局、国の財政状況に関わらず支援せざるを得なくなってしまうためである。

イタリア政府は、銀行への支援をEU政府に認めてもらうよう折衝している。しかし、次項に述べるイタリアの特殊事情により、現時点では交渉は難航している。

(注)銀行同盟:欧州ソブリン危機後にスタートした、EU域内の様々な銀行制度の統一化の動き。3つの柱で成り立っており、単一銀行監督制度と単一破綻処理制度は成立したが、残された単一預金保険制度は、各国の思惑が一致していない。

■ポイント6:EUルールに基づく新たな銀行救済ルールの何が問題なのか?

EU政府は、銀行支援の為には、債権者や預金者の元本をカットするよう求めている。しかし、そのような損失を求めることは、特にイタリアでは難しい。これは、債券の所有者に占める個人の割合が大きいためである。

下記の通り、元本カット(ベイルイン)の対象となる金額は、銀行債だけで個人資産の5%超に上る。日本を含む他の主要国では、この値は殆どゼロに近い。更に預金として預けている部分も含めると、イタリアの家計資産の1割が元本カットの対象となりうる。

昨年末には、銀行に対する与信が失われたことで年金受給者の自殺が発生し、その後一部の銀行の取り付け騒動にまで及んでいることを考えても、これらの債券や預金をベイルインするのは政治的に極めて難しいだろう。

■ポイント7: 万一イタリアの銀行が破綻した場合、日本や世界の金融機関に対する影響は?

イタリアの銀行に対する与信額は、フランスが圧倒的に大きく、4兆円強となっている。これ以外にも、デリバティブ等のリスクも負っている可能性がある。

しかし、それ以外の国のイタリア銀行向け与信は、ごく小規模となっている。例えばドイツは、合計115億ドル=1.2兆円程度であり、一部の銀行に集中していたとしても壊滅的打撃を与えることはないだろう。日本に至っては、21億ドル=2,000億円程度とごく軽微である。

しかし、間接的な影響は無視できない。今回イタリアの銀行にベイルインが発生すれば、1月に制度が導入されてから初のEUの商業銀行によるベイルインとなる(注)。現状、必ずしもすべての債券投資家がベイルインリスクを織り込んでいるわけではないため、欧州の銀行の債券全体の価格下落に繋がりかねない。

邦銀の場合ベイルインの制度はEUとは異なる。しかし、市場全体の価格下落から無縁ではいられないだろう。今後も継続的に海外債券の発行を計画していることから、市場の環境悪化の場合は大きな影響を受けることになるだろう。

(注)今年4月にオーストリアの不良債権受け皿銀行ヘタ・アセット・レゾリューションで、優先債、劣後債、株式の元本カット(ベイルイン)が発生した。これがEUにおけるベイルインの初のケースとなった。しかしこれは不良債権の受け皿機関であり、一般の商業銀行ではなかったため、市場に大きな混乱は起きていない。

■ポイント8:銀行の経営難が政治的な影響を与える可能性はあるか?

前述の通り、イタリアの場合、万一ベイルインを行った場合の国民の金融資産に対する影響は大きい。このため、今後EU政府が全く妥協しないで銀行債券保有者などに損失を生じさせた場合、EU政府への怨嗟の念が拡大する可能性は否定できないだろう。

折しも、イタリアは急進派の5つ星運動が活発化しており、BREXITも追い風に、反EUの機運が高まる可能性もあるだろう。

■ポイント9:今後考えられるシナリオは?

上記のような特殊事情から、イタリアでは個人債権者を例外扱いとし、損をさせないことを、EU政府が認めるという可能性はあるだろう。しかし、始まったばかりの制度を早くも曲げることは、銀行同盟の後退をも意味する。そのような措置をEUが決定するには、まだ時間が必要とみられる。

なお、7月7日には欧州委員会は、スペインとポルトガルの財政健全化が遅れているとして、EU財務相理事会に対し、両国に罰金を含む制裁措置を行うよう勧告した。7月12日のEU財務相理事会で判断される。

決まれば最大GDPの0.2%の罰金が両国それぞれに課される可能性がある。景気後退が懸念される中で、これが決まるかどうかは、EUが規律をどの程度重視しているかを示す試金石となるだろう。

■ポイント10:今後の日程は?注目すべきイベントは?

今後の欧州での政治日程は以下の通りである。なかでも、7月29日のストレステストの結果については注視が必要であろう。

2014年10月に発表された前回のストレステストでは、25行の不合格行のうち9行をイタリアの銀行が占めた。これを受けて資本増強も行ったはずが、再び不合格となればより抜本的な施策を求められることになる。更に、ドイツ、アイルランドなどの銀行が注目される。

金融株は、水準的には相当割安な水準となっている。しかし、イタリアの銀行に関する政治的な決着が不透明な中、まだしばらくは落ち着かない展開が予想される。邦銀に対する長期投資については問題はないが、短期投資、および欧州の金融機関については、株式、債券ともに当面様子見が得策であると思われる。

大槻 奈那(おおつき・なな)
マネックス証券 チーフ・アナリスト

最終更新:7/12(火) 18:40

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