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【ザ・ピーナッツ妹】伊藤ユミさん死去 インタビューで息ピッタリの受け答え

東スポWeb 7月12日(火)16時39分配信

「恋のバカンス」などで知られる双子デュオ「ザ・ピーナッツ」の妹・伊藤ユミさんが5月18日に死去していたことが11日、分かった。75歳だった。葬儀・告別式、四十九日の法要は親族の意向で近親者のみで執り行われた。ユミさんは44年前、一卵性双生児の姉・伊藤エミさん(2012年に71歳で死去)と一緒に本紙のインタビューに応じたことがある。強い絆で結ばれていた2人らしく、息ピッタリの受け答えを見せていた。

 ユミさんは、姉のエミさんと名古屋市内のナイトクラブで歌っていたところをスカウトされた。1959年にザ・ピーナッツを結成し、「可愛い花」でデビューした。75年に引退するまで音楽バラエティー番組「シャボン玉ホリデー」の司会で人気を呼び、「情熱の花」「恋のバカンス」「恋のフーガ」など数々のヒット曲を残した。

 NHK紅白歌合戦には59年から74年まで16年連続で出場した。実の兄弟・姉妹で出場したのは史上初だった。さらに兄弟・姉妹での連続出場記録も持っている。抜群の歌唱力と絶妙なハーモニーで一世を風靡した2人は、映画「モスラ」に姉妹で妖精役で出演して挿入歌の「モスラの歌」を歌い、映画とともに大ヒットさせた。

 1972年2月1日、東京・文京区のキングレコードで本紙のインタビューに大いに語ったことがあった。当時30歳(写真=右がユミさん)

「転ばない二人三脚」といわれるほど強い絆で結ばれていた2人。「子供のころは私がエミで、エミが私と言っていたほど似ていたの」とユミさんが言えば、「ところが、大きくなるにしたがってだんだん似てなくなって、ついに他人みたいになりました。でもハートだけはソックリ。少しも変わらないの」とエミさん。お互いの目と目を見つめ合って優しく笑い合っていた。

「私たち、苦しいことがあると2人で溶かしてしまうの。お互いの温かい体のぬくもりで」「ちょっとしたことでケンカするけど、本当のケンカはしません。私たち形式的には姉妹ですけど、年の違う姉妹よりもっと強い何か、そうね濃い血を感じます。ありがたい。神に感謝しなくてはね」

 70年から、ポップスだけでなく「大阪の女」など歌謡曲も歌った。エミさんは「初めは、歌謡曲を歌うのが嫌だったの。だって、長い間歌い続けてきたポップスを折ってしまうような気がしたから」と明かした。

 それでも「最近分かりました。やっぱり歌の心は同じだということが」とユミさんが言えば、「人間の悲しみや喜びは歌の形式ではなく、それを歌う人間の心だということが」とエミさん。二人三脚の歩調は乱れず、コーヒーを飲むしぐさまで似ていた。

 75年2月に引退を発表。同年6月、エミさんは沢田研二(68)と結婚したが、87年1月に離婚。ユミさんは引退後ファッションデザイナーになった。

最終更新:7月12日(火)16時49分

東スポWeb