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「ワキ汗」ビジネスがこの1~2年で拡大している秘密

ITmedia ビジネスオンライン 7月12日(火)8時12分配信

 今年の夏は「ワキ汗」がえらいことになりそうだ。

 「お前の脇の状態など知ったことか」「いきなり気持ちの悪い話をするな」などと怒りの声があちこちから飛んできそうだが、なにもこの場を借りて個人的な悩みを相談しようというわけではない。

【1974年にニベア花王が「8×4」を発売】

 近年、制汗剤市場の中で急成長をしている「ワキ汗」のカテゴリーがここにきて一気に市場として拡大しそうな気配だと申し上げたいのだ。

 ブレイクのけん引役は、沢尻エリカさんがワキ汗の出口に蓋(ふた)をするというインパクト大のテレビCMでおなじみの「Ban汗ブロックロールオン プレミアムラベル」(ライオン)だ。

 今年2月に発売してから、あれよあれよという間に売り上げを伸ばし、5月の日経POSデータでは、制汗剤カテゴリーの第2位をマーク。「直ヌリ」の売り文句でワキの臭い対策では不動の地位を築いた「デオナチュレ ソフトストーンW」(シービック)に迫る勢いだ。さらに翌6月には、発売4カ月で累計出荷個数100万個を突破するなど、まさに破竹の勢いなのだ。

 ライオンによると、「ワキ汗対策カテゴリー」を含む直塗り制汗剤市場は、2016年1~3月で前年同期比130%(2億9000万円)と伸長しているらしい。この勢いがこれから夏本番を迎えてさらに加速していくことに加え、今年は猛暑になると言われている。ジメジメした暑さの下、「ワキ汗対策」をうたう商品が大ブレイクをするのは間違いない、と個人的に思う。

 市場のトレンドからも、その兆候ははっきりとみてとれる。市場調査会社のインテージによると、2015年の制汗剤の市場規模は前年比3%増の389億円。1990年の市場規模は、167億円と試算されていたので、この25年でおよそ2倍に成長をしてきた。

 これを引っ張ったのが、「8×4」に代表されるパウダースプレー型制汗剤だ。男性はあまりピンとくる話ではないが、制汗剤といえばパウダースプレー型の「8×4」という時代が長く続いた。

●パラダイムシフトが起きつつある

 1951年、ドイツのバイヤスドルフ社がつくった「8×4」は1974年にニベア花王が日本で発売。当時は既に1967年に発売したライオンのロールオン型の「Ban」が先行していたが、後発の「8×4」に敗れてしまう。

 『「8×4」は良い香りを放つという明るいイメージをテレビコマーシャルでうたい、発売当初からシェアトップに躍り出た。それまで制汗剤は腋(わき)臭を隠すという暗いイメージが強く雑誌などの宣伝が主力だっただけに功を奏した』(1990年11月20日 日経流通新聞)

 そんな風に成長をしてきた制汗剤市場だが、実はここにきて大きなパラダイムシフトが起きつつある。

 『かつてシェアの大半を占めていたスプレー型の比率が年々低下し、ジェル型やロールオン型が伸びている。特にロールオン型は汗をしっかり防ぎたいという消費者ニーズに合致したことでここ1~2年で急増した』(2016年4月26日 日本経済新聞)

 これまでの制汗剤といえば、「ニオイ鑑定人」がワキの下をクンクンやるCMでおなじみの資生堂「AG+」のように、「ワキの臭い」の対策がメイン。だが、この1~2年でそれに加えて、「ワキ汗」をいかに防ぐかということにも世の女性たちの関心が集まっているのだ。実際、ライオンでも、『脇の制汗に的を絞った制汗剤の売れ行きは2015年に前年の2倍以上に急伸』(2016年4月26日 日本経済新聞)しているという。

 なぜこの1~2年で急に制汗剤で「ワキ汗」がフィーチャーされるようになったのか。もしや、地球温暖化の影響で世の女性たちも急激に汗かきに――なんてことはまったくなく、ひとえにメーカー側の「努力」に尽きる。

 実は遡(さかのぼ)ること2年半前、ライオンは新たな汗抑制技術の開発に成功している。ポリマーとナノイオン制汗成分が肌に密着し、ワキから汗が出てくるのをブロックするというもので、従来品と比較してワキ汗の制汗効果は2.5倍となり、汗ジミを防ぐ効果が飛躍的に向上した。

 それと並行して、制汗剤実態調査を実施。女性の社会進出に伴いストレスによる発汗シーンの増加や、シフォン系薄手服飾素材の流行などにより、女性の8割以上が「ワキ汗および汗ジミ」を気にしているという結果を公表したのだ。

●新技術開発のきっかけは、NHKの有働アナ

 こうして生み出されたのが、2014年2月に発売された「Ban 汗ブロックロールオン」だ。つまり、ライオンは新技術を開発することと、実態調査を行うことで「ワキ汗」という新たなカテゴリーを創出することに成功したというわけだ。

 2015年にはライバル「8×4」も、「ワキ汗EX」というシリーズを出して追撃。新カテゴリー創出でにわかに活気付く制汗剤市場だが、メーカーのみなさんが足を向けて寝られない「大恩人」がいるのをご存じだろうか。

 NHKの有働由美子アナウンサーだ。

 覚えている方も多いかもしれないが、出演する『あさイチ』の中で本番中にワキ汗をかいていることに対して、視聴者から100通以上の苦情が届き、2011年5月には有働アナ自身が番組で謝罪をすることにまで発展。さらに、その反響を受けて、番組では「なぜか気になる ワキ汗」という特集も放映し、「ワキ汗は隠さなくてはいけない恥ずかしいものなのか」というワキ汗論争を世に巻き起こした。

 この「騒動」を受けて、ライオンではワキ汗対策の新技術を開発することになったというのは、有名な話だ。

 もちろん、ここまで注目を集めたのは有働アナだけの功績ではない。例えば、アパレル業界でも近年、新たな金脈として「ワキ汗」を打ち出している。ユニクロ、千趣会、GUNZEなどが汗取り機能付のインナーを発売。ライオン同様に「カテゴリー化」につとめている。

 ユニクロは今春、社会人1000人を対象にインナー着用に関する調査を実施し、汗で気になることとして、「におい」(59%)「服が汗で湿る」(46%)「わき汗が目立つ」(41%)の順だったとして、「社会人の汗の3大悩みの1つ」と位置付けている。また、新社会人の男女200人を対象に、「女性の先輩・上司がしていたら嫌なこと」を尋ねたところ、「わき汗をかいている」が22%に上ったという。

 さらに、忘れてはいけないのは「ワキ汗ブームの仕掛け人」ともいえる企業の存在である。

 製薬会社グラクソ・スミスクライン(GSK)だ。

 「Ban汗ブロックロールオン」が注目を集めていたまさにそのとき、GSKも20~40歳代の女性1万8479人に「身体で悩んでいること」を尋ねた結果、約1割を占める9.7%が「わきの下の汗が多い」と回答したという調査を公表している。

●製薬会社が手助けする理由

 いったいなぜライオンの「ワキ汗」カテゴリー創出の手助けになるようなことを製薬会社がやるのか、と首を傾げるかもしれないが、彼らには彼らで「疾患啓発」の目的があった。簡単に言うと、「ワキ汗は病気」ということを世に知らしめていたのだ。

 え? 脇に汗をかくのが病気なのと驚くかもしれないが、日常生活に支障があるような脇汗は、「腋窩多汗症(えきかたかんしょう)」と呼ばれる。GSKが運営する「ワキ汗情報サイト」の説明を以下に引用させていただこう。

 『明らかな原因が存在しないワキの多汗症を「原発性腋窩多汗症」といいます。日本人の有病率は5.8%で、日常生活に頻繁に支障をきたす重度の患者さんは全国に220万人以上いると推定されています』

 「患者」ということになれば当然、この国では保険が適用される。2012年11月からは、発汗を促す交感神経からの伝達物質をブロックし、ワキ汗を4~9カ月間抑制する「ボトックス注射」という治療法が保険適用されるようになった。

 3割負担でも3万円程度というわりと高額な「ボトックス注射」を日本で独占販売しているのがGSK。2010年5月に厚労省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会議」による開発要請を受け、国内で臨床試験を進めていた。

 それがまさに絶妙のタイミングなのだが、有働アナのワキ汗に苦情が寄せられ、注目が集まってほどなくして、効能追加の申請を行っている。保険適用された2012年に入ってからは、さまざまなメディアを駆使して、ボトックスのマーケティ……いや、「腋窩多汗症」の啓発に力を入れている。

 最近、女性がワキを隠しているイラストとともに、「そのワキ汗、お医者さんの相談できます」と記された電車内広告をよく見かけないだろうか。

●「ワキ汗市場」ブレイクの機は熟した

 このように「ワキ汗は病気」という啓発活動、インナー市場の汗吸収機能のトレンドが定着しているところに加え、「Ban汗ブロックロールオン プレミアムラベル」の好調さである。「ワキ汗市場」が大ブレイクの機は完全に熟したといえる。

 「ふーん、女の人もいろいろ気にしなくちゃで大変だね」と男性諸君はあまり興味のないテーマかもしれないが、実はこれは「対岸の火事」ではない。

 国から「病気」に認定されたものは、遅かれ早かれ我々の「身体の悩み」として否応なしに向き合わなくてはいけなくなる。現代社会はそういうシステムになっているのだ。

 かつて喫煙者と呼ばれた人は「ニコチン依存症」、ハゲは「男性型脱毛症」という病気になった。あがり症は「SAD(社交不安障害)」、おしっこが近いのは「過活動膀胱」、胸焼けは「逆流性食道炎」という。中年太りは「メタボリックシンドローム」と診断される。このような「病気」を放置しないのが、立派な大人である、というのがいまの風潮だ。

 「病気」ではなくても放置をすれば、「ハラスメント」だと糾弾されるものもある。その代表が、ジアセチルという成分の発見によって注目を集めた「ミドル脂臭」だ。この臭いをマンダムが啓発をしたことで、40~50代のおじさんたちは、電車やオフィスで女性が不快に感じるという自分の体臭のケアをしなければいけなくなった。

 テラテラした顔のおじさんたちは「脂性」と言われて、シートや洗顔剤、化粧水などでケアもしなくてはいけない。いまの日本おいて、「健康なおじさん」でいることはかなり難しいのだ。

 世の男性たちがワキ汗の悩みを相談するため病院へ殺到する未来もそう遠くないのかもしれない。

(窪田順生)

最終更新:7月13日(水)18時3分

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