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マツダ、フォード離れ着々。いすゞからピックアップトラックOEM調達

ニュースイッチ 7月12日(火)7時20分配信

台湾では委託生産取りやめ

 マツダは、いすゞ自動車が米ゼネラル・モーターズと共同開発する次世代ピックアップトラックをOEM(相手先ブランド)調達することで合意した。OEM調達の時期は未定。マツダはタイにある米フォードとの合弁会社で、ピックアップトラックを年約4万台生産。いすゞからのOEM調達で空いた生産能力を、乗用車や多目的スポーツ車(SUV)の生産にあてる。

 マツダはいすゞのタイの生産拠点からピックアップトラックをOEM調達し、北米を除く世界各国に販売する。調達規模は年約4万台を見込む。両社は今後、OEM調達に関する詳細を協議する。

 マツダは米フォードとの合弁会社「オートアライアンス・タイランド」で、米フォードが主導して開発したピックアップトラック「BT―50」を生産して販売する。2015年の生産量は約4万台だった。

 マツダは04年から日本国内でいすゞの小型トラック「エルフ」をOEM調達して販売する。今回のピックアップトラックでの合意は、これまでの協力関係もベースになった。

<台湾は日本からの輸出に切り替え>

 マツダは米フォードの台湾子会社へのノックダウン生産の委託を取りやめた。生産していたミニバン「プレマシー」は、現地生産と併せ現地での販売も取りやめる。

 マツダはかつて大株主だったフォードとの関係を見直しており、2015年にはフォードが所有するマツダ株すべてを売却している。生産委託の中止にはこうした背景もあると見られる。

 生産委託をやめた福特六和汽車は米フォードが70%、残り30%は台湾資本が出資する。マツダは87年からノックダウン生産を委託しており、07年には1万4097台を生産するなど、年間1万台以上を組み立てていた時期もあった。最近では組み立てる車種もプレマシーのみになり、15年度は2234台に減っていた。

 かつてフォードの販社を通じて自動車を販売していたところ、14年には全額出資の販社を設立し販売網の整備を進めてきており、今後は日本などから輸出した車を販売することになる。

<提携の評価、難しく>

 フォードがマツダに出資したのは79年。ロータリーエンジンへの集中策が裏目に出て経営難に陥っていたマツダの25%の株式を取得した。96年にはさらに33・47%まで買い増してグループ化。同年から02年まで4代にわたって社長を送り込んだ。99年から02年まで社長を務めたマーク・フィールズ現フォード最高経営責任者(CEO)のように、送り込んだ役員には優秀な人が多かったと言われている。

 フォードによるマツダの改革には一定の成果があった。広島の盟主として大企業意識が抜けない風土の改革や、現在につながる「ブランド価値経営」を掲げ、走りやデザインの競争力強化に経営資源を集中させてきたことなどだ。

 一方で、スウェーデンのボルボを含めた3社間での、小型車向け車台(プラットフォーム)の共通化では、狙ったようなコストダウンの成果は出なかった。マツダが米国市場での販売力に後れを取っているのも、フォードの世界戦略の中で役割分担させられていた後遺症と言える。マツダのフォードグループ入りが果たして成功だったか失敗だったかは、両面あって評価が難しい。

 その後、リーマン・ショックによる経営悪化を受けて、フォードは08年以降段階的にマツダ株を売却。マツダの増資などもあって持ち株比率は2・08%まで低下していたが、15年4―9月期にすべて売却した。

 現在両社はタイでの車体生産と中国でのエンジン生産での合弁事業や、小型ピックアップトラックの共同開発など一部に共同事業を残している両社は一部に共同事業を残しているが主力事業は完全に別の道を歩んでいる。

最終更新:7月12日(火)7時20分

ニュースイッチ