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プラス金利の「常識」が通用しない世界

ニュースソクラ 7月12日(火)12時0分配信

勉強不足露呈 日銀のマイナス金利政策

 日銀が未踏の金融政策としてマイナス金利の導入に踏み切ってから5ヶ月が過ぎようとしている。

 当初日銀が期待した円安、物価上昇、消費・設備投資刺激による景気拡大路線は見事に外れてしまった。逆に円高、株安、景気低迷に陥っているのが5ヶ月後の姿である。英国のEU(欧州連合)離脱に伴う世界経済の混乱によって、マイナス金利の負の弊害がさらに日本経済の足かせになりかねない危険性さえはらんでいる。

 なぜこんな事態に陥ってしまったかといえば、マイナス金利が消費者や企業、銀行などに与える影響をプラス金利の世界と同様と考え、安易に実施してしまったことにあるといえるだろう。

 戦後、日本を含む先進工業国ではプラス金利の世界で経済活動を営んできた。

 プラス金利の世界では景気後退局面では金利引き下げの効果が期待できる。金利が低くなれば消費者は可処分所得のうち貯蓄よりも消費支出を増やす行動に魅力を感ずるため消費が増える。一方、企業は低金利の融資が得られるため、設備投資に積極的に取り組むようになる。銀行も適正な預貸金利差が得られる。

 このように、各経済主体の行動が相乗効果を発揮し、景気は回復に向かう。景気が過熱してくれば逆に利上げを実施する。消費者は金利が高くなれば消費よりも貯蓄に励むようになるし、企業は設備投資などを手控えるようになり、景気加熱は沈静化する。安定した経済成長を維持するためには金利政策の効果は大きかった。

 このことからマイナス金利の世界でもプラス金利の世界と同じように消費者、企業、銀行などが行動すると判断し、日銀や欧州の一部の中央銀行がマイナス金利の導入に踏み切ったと言えよう。だがマイナス金利の世界とプラス金利の世界では金利が各経済主体に及ぼす影響はかなり違っている。日銀はこの点の分析を軽視し、欧州中央銀行(ECB)他いくつかの国の中銀が実施していることから「右にならえ」で導入に踏み切ったと思われる。

 だがマイナス金利の世界とプラス金利の世界とでは、経済の置かれている環境が大きく異なる。プラス金利が有効に機能する世界は経済活動が正常に営まれている世界である。これに対しマイナス金利が実施される世界は、経済活動が不振で低迷している経済である。

 90年中頃からの日本経済を振り返ると、デフレの影響で20年近く名目経済成長率はゼロ成長だった。この傾向は今日もあまり変わっていない。このような停滞した経済環境下で、マイナス金利が実施されれば、それぞれの経済主体はどのような行動にでるだろうか。

 消費者はマイナス金利を実施しなければならないほど現状の経済状況が悪いと認識し、将来に悲観的になるだろう。このためマイナス金利の導入前に、銀行から現金を引き出す動きを強めるだろう。将来不安が大きいため、引き出した現金は直接消費に回さず、たんす預金として保有するか、金や株式などの換金性の高い資産に換えて保有するかもしれない。

 住宅ローン金利が安くなるため、住宅を購入しようとする一部の若者層にはメリットがあるが、経済全体が不振の中で、賃金の伸びも期待できないため、個人の住宅投資の盛り上がりには当然限界があるだろう。

 一方、企業行動はどうだろうか。積極的に低利融資を受けて設備投資に取り組む動きが強まればよいが、現実はそうなっていない。設備投資に見合う需要があればよいがその期待が持てない。現在、政府や日銀見通しによると、日本の潜在成長率は年率0~0.5%程度に過ぎない。

 多くの企業にとってリスクを伴う設備投資をするよりも突発的な金融不安や大災害の発生に備えて内部留保を厚くする守りの経営を強めている。マイナス金利になっても設備投資はそれほど盛り上がらないのはそのためだ。

 銀行などの金融機関も窮地に立たされている。多くの市場金利がマイナス金利になれば、銀行の経営は難しくなる。消費者の預金を原資とする銀行にとって、預金にマイナス金利を適用すれば預金が集まらなくなる。利ざやも大幅に圧縮され、金融仲介機能も失われる恐れもある。一部の証券会社では、マイナス金利のあおりで安定した利回りを確保できなくなったため、MMF(マネー・マネジメント・ファンド)の運用を止め、資産を投資家に返すなどの動きを強めている。

 既存の国債市場でも、マイナス利回りが記録され,投機目的の売買も見られた。マイナス金利で新規国債の利回りが低下すれば、国債の大量発行への歯止めがなくなる心配もある。

 日銀は各経済主体がマイナス金利に慣れてくれば、混乱は静まってくると楽観しているが、現実はそんな甘いものではない。マイナス金利が各経済主体に及ぼすメリット、デメリットを慎重に検討せず、欧州の中銀が実施しているだから大丈夫だろう、といった程度の認識で実施したとすれば軽卒のそしりを免れまい。

 今最も求められていることは、安易に導入されたマイナス金利の悪影響をこれ以上深刻かさせないためにも、即刻廃止することだろう。

■三橋規宏(経済・環境ジャーナリスト、千葉商科大学名誉教授)
1940年生まれ。64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞社入社。ロンドン支局長、日経ビジネス編集長、科学技術部長、論説副主幹、千葉商科大学政策情報学部教授、中央環境審議会委員、環境を考える経済人の会21(B-LIFE21)事務局長等を歴任。現在千葉商大学名誉教授、環境・経済ジャーナリスト。主著は「新・日本経済入門」(日本経済新聞出版社)、「ゼミナール日本経済入門」(同)、「環境経済入門4版」(日経文庫)、「環境再生と日本経済」(岩波新書)、「日本経済復活、最後のチャンス」(朝日新書)、「サステナビリティ経営」(講談社)など多数。

最終更新:7月12日(火)12時0分

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